Ø4 DEMON HUNT(2)

 たかそうせいはどこにでもいる普通の高校生になりたかった。

 悪魔の手を持つウインドブレーカーの男、血みどろの壊し屋に向かって短機関銃ルガーMP9をぶっ放すような暮らしは、生まれてこのかた一度も望んだことがない。

「おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、おっ……!」

 壊し屋こと望月とうすけが、毎分五百五十発以上の速度で発射される9㎜パラベラム弾を、素手でどんどんどんどん掴みとってゆく。そんな光景を見せつけられて、想星は心底、嫌気がさしていた。

壊し屋相手に、自動拳銃じゃ太刀打ちできそうにないから、わざわざ短機関銃まで用意してきたってのに……)

 四秒足らずで三十二発ぶっ放し、弾倉が空になった。そうせいは素早く予備の弾倉に交換する。ふたたび撃ちはじめたときには、もちづき寿だの天ぷらだのを満載したテーブルに跳び上がっていた。

「ヌァハハァーッ……!」

 想星は下がりたい気持ちを抑えて踏みとどまり、射撃を続ける。

 悪魔の手。想星も話には聞いていた。だが、聞くのと実際に見るのとでは大違いだ。望月の両腕が高速で動いているのは、かろうじてわかる。でも、どのように動作しているのか。正直、さっぱりわからない。とにかく、望月の頭や胸、腹などをいくら撃っても無意味だ。すべて防がれてしまう。どうやら悪魔の手が銃弾をキャッチしているらしい。

 想星は二つ目の弾倉三十二発、その最初の数発を胸あたりに放つと、銃口を下げて残りの弾で膝から下を狙うことにした。望月は標準体型で、腕の長さも普通だ。悪魔の手が届かないところなら、弾が当たるかもしれない。

(──って、あの腕、伸びるのか……!?)

 結論から言えば、数発がテーブルや寿司桶を撃ち抜いただけで、望月は一発も被弾しなかった。

 想星はMP9の弾倉を交換しようとした。その途中で望月が飛びかかってきた。視界がほとんどふさがれた。望月の右手だ。顔面をわしづかみにされた。

「アッ──」

 そうせいは頭蓋から脳まで握り潰され、即死した。



(──……あっさりマイナス1……)

 生き返っても、想星はすぐには目を開けずにじっとしていた。耳を澄ましてみる。状況を把握しなければならない。どうなっているのか。

 想星は床に横たわっている。手には何も持っていない。短機関銃MP9は殺されたときに落としてしまったようだ。

 もちづきはどこにいるのか。静かだ。ここは応接室。おそらく戸口付近だ。死んだままなら。望月が想星の死体を引きずって移動させていなければ。望月がそんなことをする可能性はあるだろうか。

 想星は目を開けた。

 七三分けの男が目をぎょろつかせて見下ろしていた。

「──っ……!」

 想星はタクティカルベストから自動拳銃を抜こうとした。MP9以外にもルガーLC9を持ってきている。

 しかし、想星が銃を抜く前に望月が動いた。望月は左右の手で想星の両腕をつかんだ。悪魔の手にかかれば、想星の腕など煮崩れる寸前の大根と変わらない。二の腕のあたりだった。望月は想星の両腕を握り潰した。

「──あ、ぐっ……」

「これは驚いた!」

 望月はすかさず右手を想星の首にかけた。

「すごい! すごいなぁ、これは! 初めて見た! 殺したのに! 死んだのに、元に戻った! すごい! もう一回やったらどうなる!? やってみよう!」

「かぁっ……」

 想星が声を出したのではない。声のような音が勝手に出た。喉というか、首を握り潰されたらしい。つまり、想星は胴体から頭が切り離されるようなかつこうになった。切り離す、というほどきれいな状態ではなかったが。

 即死ではなかった。一秒かそこらは意識があった。

(……これ、最悪……──)



「おおっ!」

 もちづきの声が聞こえて、そうせいは生き返っていることを知った。次の瞬間には、たぶん頭を握り潰された。

 想星は即死した。


 連続死。本来ならありえないが、想星は似たような経験がないわけではない。生き返ったという実感はまだなかった。その時点でしゃにむに跳び起きようとした。

 起き上がろうとしたところで、望月の左右の手が想星の頭をサンドイッチした。

「ハハァーッ……!」

 望月は笑っていた。想星はやはり即死した。


 次はとにかく何かをつかもうとした。想星は生き返り、両手を動かすことはできたが、望月の悪魔の手によって頭を粉砕された。今度も望月は笑っていたような気がするが、よくわからない。即死だった。


「これスゲェェェーッ……!」

 望月の裏返った歓声が聞こえて、想星は頭をたたつぶされた。また即死した。


「──面白いなぁ」

 生き返った途端、想星は左右の肩、それから右もも、左腿の順番で望月に握り潰された。

「ぬ……ぁっ……っっ……」

「面白いねぇ、きみ! すごい体を持っているねぇ! これいったい、どうなってるんだい、きみぃ……!」

 望月は想星に馬乗りになった。両手で首を絞める。いや、絞めてはいない。悪魔の手は加減が利くようだ。想星は喉を圧迫され、いくらか息苦しいだけだった。

(……息は、できても……両腕、両脚、壊されちゃってるし……)

「ねぇ! 教えなさいよ! きみは同業者だよね!? あれかい!? 私の仕事を嗅ぎつけて、現場で襲撃してやろうと!? ワハハッ! いいねぇ、いいよ、きみぃ! こんなつまらん金だけの仕事でも、こういうおまけがあるなら悪くない! うれしいサプライズだねぇ! きみ、名前は!? きみの名を知りたいものだよ! これはどういうなんだい!? いっそのこと、きみと友だちになりたいものだねぇ! きみのような相手となら友情を育めそうに思うよ! 若干年の差はあるかもしれないが、私は気にしないからさぁ! この素敵な出会いにカンパーイ! まずはお友だちから始めようじゃないかぁ!?」

「……ま、まずは、て、手を、放せ……よ」

「おうっ! これは失礼した!」

 もちづきそうせいの首から両手を離した。ただし、一瞬だった。すぐさま手を戻した。

「ウワハハッ! うそ、嘘、冗談だよぉ! 私はきみを過小評価していないからねぇ、妙なをしたら遠慮なく殺させてもらうよ! でも、私はきみと話したい! すまないが、このまま話してくれたまえ!」

(……くそ。甘くないな。……しょうがない。使うか)

 想星は右側の奥歯、上の第二臼歯と下の第二臼歯を、思いきりこすり合わせた。上の奥歯を下の奥歯にねじこむようなイメージだ。

 歯の中に埋めこんだものは想星の一部ではない。異物だ。生き返った際、どうしてそのまま残っているのか。想星にもわからないが、とにかくそうなることは実証済みだ。使えばなくなる。一回きりだ。それも判明している。

 下の第二臼歯に埋めこんだ小型の爆薬が起爆した。頭が吹き飛び、想星は即死した。



(──……こんな、仕事……!)

 生き返ると、応接室には煙とふんじんが立ちこめていた。電気が消えている。廊下は明るい。望月は廊下だろうか。足音が聞こえる。想星は起き上がった。タクティカルベストは収納していた武器ごと消し飛んで、衣類もとくに上半身はほとんど残っていない。

 床に日本刀が落ちている。サイドボードの上に飾られていたものだ。想星は日本刀を拾って廊下に飛びだした。

 望月がよろめきつつ非常階段のほうへ向かっている。振り向いた。七三分けは乱れているが、顔は無事だ。とっさに悪魔の手でかばったのか。しかし、腹からはらわたがこぼれている。

「助かる傷じゃないだろ……!」

 想星は望月を追いかける。途中、首のない暴力団員の死体がベルトに挟んでいた拳銃を抜きとった。望月は非常階段に転がりこむと、ドアを閉めた。

「往生際が……!」

 想星はドアを開けた。望月は階段を下りていなかった。すぐそこで待ち構えていた。

「ハハァーッ……!」

(──だと思ったよ!)

 想星は自動拳銃をぶっ放した。由緒あるコルトガバメント。装弾数は七発だ。

「おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、おっ……!」

 悪魔の手が七発の銃弾をすべてつかみ防ぐ。腸がはみ出ているのに、望月はとしていた。凶気じみている。

 想星は日本刀のさやを払った。鞘を捨てて望月との距離を詰め、鋭く斜めに日本刀を振り下ろす。

「フンッ……!」

 もちづきの右手が日本刀を握り潰した。かまわずそうせいは望月めがけて突っこんでゆく。

「──馬鹿めぇ……!」

 望月は両手で想星の頭を挟み潰した。想星は即死した。


(──……一応、織りこみ済みではあるんだけど……!)

 生き返ると、想星は望月と絡み合うようにして階段を転げ落ちていた。

「うぉうぉうぉうぉう……!?」

 わめく望月のはらわたを、想星は必死につかむ。

「ガガガッデームゥ……!」

(なんで英語──)

 そう思ったときには、悪魔の手が想星の頭を粉砕していた。


(──……ひどい仕事だ)

 想星は生き返った。両手は望月の腸を掴んだままだった。というか、想星の手指に望月の腸が巻きついている。簡単には離れそうにない。階段の踊り場で、望月が想星の下敷きになっていた。想星はこんしんの力をこめて望月の腸を引っぱった。

「死ねよ……!」

「うぅぅ……おあぁぁ……うぉおおぉ……っ……!」

 望月は息も絶え絶えだ。それでも、悪魔の手が震えながら想星に迫ってくる。

「あぁ、くそ……!」

 想星は腸を引きずり出すのをやめた。両手を望月の体内にぶちこむ。どれがどの臓器だかよくわからないが、めちゃくちゃにしてやる。

 その瞬間、望月の右手が想星の顎を引きちぎった。同時に、望月の左手が想星の右肩を握り潰す。

「っっっっっっ……!」

 想星は言葉にならない声を放ちながら、望月の体内を引っかき回した。

「おぼぉっ、やぼっ、とぉっ……そぉぉ……──」

 程なく、想星の体の中心あたりで、とくん……という、独特の音が響くような感覚があって、望月とうすけは動かなくなった。壊し屋の恐るべき悪魔の手も、ぴくりともしない。

 念のため、想星は望月の心臓が止まっていることを確認した。それから立ち上がった。

「……っぉ……ぉっ……」

 下顎がごっそりむしりとられているので、言語を発することができない。右肩が潰されたせいで、右腕はかろうじて皮一枚でつながっている。それも、ぼとりと落ちてしまった。

ってぇ……)

 そうせいもちづきの死体をじっと見つめた。

(悪魔の手──悪魔と契約して、魂と引き換えに手に入れたとか……望月が、悪魔から無理やり奪いとった腕で……望月本人が死んだら、悪魔が取り返しに現れる、とか……うわさは色々あったけど……)

 どうやら、変わったことは何も起こりそうにない。

 激痛で気が遠くなりそうだ。想星はあたりを見回した。踊り場の端のほうにマサカリが転がっている。望月に殺された暴力団員が持っていたものだ。

 想星は左手でマサカリを拾った。もう立っていられない。階段に座って、マサカリの刃を一度、額に押しあてる。

(……九回も、死んだ)

 想星はマサカリを額から離した。ありったけの力で、マサカリを自分に向かって振る。そうしながらマサカリめがけて頭を突きだした。

(これで十回──……)

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