第10話 レシピ

今日の晩飯は?と徹が尋ねると


”シャンピニオンのサラダとエビとサーモンのゼリー寄せ。チキンボールのトマトソース和えにキノコとブロッコリーのグリル後はスープとバターライス。デザートは、洋ナシのコンポートの苺ソースね”


と答えが返ってきた。


まるでレストランに出かけたかのようなメニューだ。


以前、料理研究家のもとで働いていただけあって、舞の料理の腕はピカイチだ。


店で徹が”美味い”と言った料理は大抵家で再現できる。


結婚してからこちら、キッチングッズは増える一方だ。


冷蔵庫は常に食材で溢れている。


徹には理解不能な食材も多々あり、調味料やスパイスに至っては、名前も聞いた事がないようなものが殆どだ。


料理は全く専門外の為、舞の好きにさせているが、キッチンに入る度新しいアイテムを見つけては、何に使うのかと首を傾た事も一度や二度ではない。


エプロンを巻きつけて、戦闘モードに入った舞が腕まくりをして冷蔵庫の中身を確認する。


いつもはおっとりしていて、抜けているところがある妻が、唯一頼もしく見える瞬間だ。


「まーた、気合入ってるなぁ」


素直な感想を口にすると、舞が鶏肉を片手に振り返った。


「今日の気分はイタリアンなの。色々試したいレシピがたまってて・・・お夕飯頑張るから、お腹空かせててね!」


楽しそうにカウンターに置かれたレシピを捲るその姿を眺めながら、冷めたほうじ茶をすする。


徹の視線に気づいた舞が、慌てたように駆け寄ってきた。


「ごめんなさい。お茶冷めちゃったよね?淹れ直す?コーヒーにしたほうがいい?」


「いいよ、料理の邪魔するつもりはないから」


「でも・・・あ、この間徹さんが会社で貰って来てくれた、頂き物のメープルクッキーあるよ?ちょっと摘まむ?」


自分を気遣う妻の手を引いて、徹が悪戯っぽく笑う。


「こら、腹空かせとけって言ったの誰だ?」


「あ・・・そうだけど・・・なんか、あんまり待たすの申し訳ないし。ちょっとだけなら・・・」


「いいよ。子供じゃないんだから、待てるって」


「でも、徹さんがお夕飯まだかなー?って私の様子伺うと、慌てちゃうし・・・」


尻すぼみになっていくセリフを掬い取る様に徹が軽くキスをした。


啄んで離れた唇が笑みを作って、舞の淡いピンクの唇に徹の指が触れる。


「舞が料理してるの見てるの好きなんだよ」


「・・・見てても、面白くないでしょ?バタバタするし、調理中は散らかし放題だし」


料理をする人なら手順や、使用する調味料を見ていても楽しめるが、全く料理をしない徹にとって、キッチンは未知の世界だ。


興味が無いのにどこが楽しいのだろうと舞が首を傾げる。


舞は徹の好きなサッカーの話題に全くついていけない、選手の名前を聞いても、ちんぷんかんぷんだ。


相互理解は夫婦にとって必要不可欠だとは思うが、何もかも全部を共有する事は不可能だと、舞でも理解出来る。


けれど、徹は舞の唇を撫でた指を頬に移動させながら”面白い”と答えた。


「テキパキ動く舞が見られるまたとない機会だからな」


「あー!酷い!事実だけど」


「料理に対しては、迷わないもんな。メニュー決めるまでは時間かかるけど、コレって決めたら、あっという間に料理始めるし」


「・・・料理は手際が大事だから」


これは先生から教わった事だ。


限られた時間の中で、一番美味しい状態の料理を提供する。


出来立て、あつあつ、食べごろ。


料理は時間との勝負だ。


「話しかけても上の空だもんな」


「ご・・・ごめんなさい・・・次にやる事考えてて」


「だから、そういう舞を見ていたいから、いーんだよ」


「・・・落ち着かないんですけど・・・」


「俺に見られてたら緊張するか?」


「そりゃあ・・・もちろん、そうだけど」


「そのうち慣れるだろ」


「慣れないから!だって誰にご飯作るより一番緊張するんだから!」


「・・・なんで?」


夫婦なってそろそろ1年だ。


新婚生活も板について来たし、お互いのペースに合わせる癖もついた。


それでも緊張する理由が徹には分からない。


怪訝な顔をする夫に向かって、舞が唇を尖らせた。


「だ、だって・・・一番愛情込めたい人だから」


好きな人に作る料理は、一番美味しくて、綺麗なものにしたい。


だから、誰より気を遣うし緊張するのだ。


「・・・料理は愛情?」


「それが、一番大事な事なの。ありきたりだけど、愛情があるとそれだけで美味しくなる・・・はずだし」


口籠った舞の指先にキスをして、徹が満面の笑みを浮かべた。


爪の先に落ちた熱がじわじわと体の芯に向かって伸びていく。


舞の手を優しく包んで徹が言った。


「だから、舞の手料理はいっつもあんな美味いんだな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る