六月二十一日 鯖寿司





 一年で昼の時間が長くなり、夜が短くなる夏至。

 この日を過ぎれば、本格的な夏が襲来する。


 彼女が消えてしまう。





 車で少し遠出をしよう。

 行先も決めずにあっちがいいこっちがいいと言い合いながら見つけたのが、静謐な雰囲気が漂う物産店だった。

 まるでこの現世から切り離されたような幻想店で、彼女が私を元気づける為に買ってくれたのが、鯖寿司だった。

 

「食欲がない」

「毎年毎年同じ事を言う」

「だって」

「夏が過ぎて秋が過ぎて冬至が来ればまた会えるでしょう」

「嫌だ二季節も離れるなんて」

「しょうがないでしょう。私は雪女なんだから。それとも私が無理をして本当に消えてもいいの?」

「よくないです。断じて」

「なら、我慢してください」


 ほら。

 彼女が経木の包みを解いて、鯖寿司を一切れ、箸で掴んで口元に持って来てくれた。

 あーんだ。

 食べないわけにはいかない。

 年に一度しか味わえないならなおさら。

 

「鯖が肉厚で脂がのっていて、白ごま入りの酢飯と〆酢鯖と酢尽くしなのに、口の中が酸っぱくならないの不思議で美味しいです」

「はい。もう一切れ」

「うう」

「いらないの?」

「ほしいです」

「はい」

「うう、美味しいと感じる自分が憎い」

「はいはい。うん。美味しい。もうあとは全部私が食べていいかしら?私も英気を養わないといけないし」

「どうぞ。私はあなたが。あなたが消えた後に。また。買いますから」

「ええ。私がいない間もきちんと食べてくださいね。再会した時にガリガリヨボヨボだったら承知しませんよ」

「はい」


 彼女がまた一切れくれて全部食べ終わった後、そのまま車の中に留まって梅雨を眺めていた。

 梅雨の時期は陰鬱にしかならなかった。

 彼女が居なければ。

 彼女が居れば、心地が良くて、安定音になる。


「じゃあ、またね」

「はい、また」


 笑顔で見つめ合ったまま。

 不意に彼女は消えた。

 私は暫くしてから車から降りて、傘をさして物産店に向かい鯖寿司を買った。


 あと二つしか残っていなかったので、二つとも買った。











(2022.8.8)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る