第5話 所詮練習なんだから


 現状、学校での俺は肩身が狭い思いを強いられている。

 虐めのような陰湿なことはされないのだが、目で下を見るような態度が目立っていた。

 勿論、友達と言える存在はいない。

 そんな中で声をかけるのは幼馴染の白石侑李だけである。


「次の練習プランを計画するわよ」


「お前、その話を学校でするなよ。誰かに聞かれたらどうするんだ」


 俺は周囲の目を気にする反面、侑李は気にもしない様子だった。


「何、悪い? これもあんたのためなんだからね」


「別に悪くないけど、どうしてそこまで真剣にしてくれるの?」


「はぁ、あんたが西蓮寺さんに告白したいって言うからでしょ」


「それはそうだけど、そこまでしてくれる義理が俺には分からないって言うか」


「私は早くあんたに自立して欲しいだけ! そのためには全力でサポートしてあげるから覚悟しない!」


「……お、おう。で? 次は何をすればいいんだ?」


「言葉で私を好きにさせてみなさい」


「こ、言葉で?」


「放課後、早速練習してあげるから覚悟しなさい!」


 侑李は一方的に提案して俺はそれに従うことしか出来なかった。

 それでも真剣に取り組む侑李には感謝しかない。


「さぁ、言葉で私を好きにさせてみなさい」


 放課後、侑李と俺は誰もいない教室で秘密の練習が始まろうとしていた。

 侑李は仁王立ちでどこからでもかかってきなさいと言わんばかりに堂々としている。


「言葉って言っても何を言えば」


「別になんでもいいのよ。所詮練習なんだから思ってもいないことでもなんでも言ってきなさい。受け止めてあげるから」


 ここまで場を提供してくれた侑李に対して俺もその気持ちに応えなければならない。

 言葉で好きにさせてみろ? なら、どんどん攻めてやる。


「じゃ、いくぞ。好きだ。お前のことが好きだ。大好きだ!」


「は、はぁ? あんたに好きになられる義理ないし!」


「お前がなんでも言えって言ったんだろ。真面目に反応するなよ」


「わ、分かっているわよ。これは練習。つ、続けない」


「お前の髪、肌、口、目、手、足全てをとっても好きだ。好きで、好きで堪らない」


「はっ! いや、その……」


 ん? 照れている? 侑李の顔は真っ赤だ。

 こいつ。この程度の言葉に煮詰まっているところを見ればかなりちょろい?

 ならもう少し攻めてみるか。


「侑李が好きだ。その全てが愛おしくてほしい! その魅力ある身体がほしい! お前の全てがほしいんだ!」


「ちょっと。何を言っているのよ。名前を言うのは反則でしょ。練習だよね。これ。え、違う?」


「練習だけど。何を言っているんだ。お前」


「ぐっ! なんだか弄ばれた気分ね。練習とは分かっていても」


「辞めるか?」


「誰が辞めるものですか! さぁ、どうしたの。それでもうおしまい?」


 侑李は煽るように言い放つ。

 どこか負けず嫌いな様子が強い。


「侑李! 俺はこの世でお前が一番好きだ。だから一生俺の傍に居てくれ!」


「だ、だから名前を呼ぶな。本気に思っちゃうでしょうが!」


「これも作戦だ。練習はこれでいいのか?」


「だ、ダメよ。最後までやりなさい」


「最後ってどこまで?」


「私の心を完全に奪い切ってよ」


 奪い切るってそれ本番の度を超えているような気がする。

 だが、侑李がやれと言うのならやるしかない。


「え? じゃ、遠慮なく最後までいくぞ」


 俺は侑李との距離を詰めた。


「ちょ、近いって」


「お前、可愛い顔をしているな。とってもキュートだぜ」


「は? え、えぇぇぇぇぇ!?」


「なぁ。キスしていいか?」


「キ、キス?」


「いいだろ? 侑李」


 俺は侑李に顔を近づけた。


「ちょ、本気? え、ちょ。待て、待て。私の負け。私の心は完全に高嗣のものになりましたことを宣言します!」


 侑李は力が抜けたのか、その場に腰を下ろしてしまう。


「侑李。大丈夫か?」


「練習の成果が出たようね」


「そうか。それは良かった。これで本番に望めそうだな」


「ダメよ。あんたに本番はまだ早い」


「まだ早い? 俺に何が足りないんだ?」


「しばらく私の練習相手を続けなさい。私の許可なしで本番に行くのは許さないんだから」


「分かったよ。どうせ本番に望むなら失敗したくないし」


「よ、よろしい。悪いけど立たせてもらえない? 力が抜けきっちゃって」


「仕方がない奴だな」


 俺は手を差し出して侑李を引き上げた。その瞬間、侑李は俺に抱きつく。


「え?」


「…………これは練習なんだからね」と、侑李は俺の頬にキスをした。

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