第6話 スピネル様という人
「どうしたもんかな……」
初日に思ったことを、いままた思っている。
でも、今回は先が見えないことに困って漏れた言葉じゃない。なんとなく先が見えてはきたものの、なんというか、こう、とあることへの対処に困っているのだ。
「どうした?」
「いえ、ちょっと近いかなーと思いまして」
「あぁ、ようやくこの距離まで近づけるようになった。これもサファイヤのおかげだな」
「はい、それは大変よかったと思います」
アハハと笑いながら、ほんのちょっとスピネル様から距離をとる。すると離れた分だけスピネル様が近づいてきて、気がつけば、またぴたりと寄り添うようにソファに座っていた。
キーカドル公爵家のパーティから帰るとき、僕の腕を掴んだスピネル様は「独占欲は嫌悪感を上回るのだな」と、よくわからないことを言っていた。そんな冷静なスピネル様と違って驚き慌てふためいたのは僕のほうで、馬車の中でも一人アワアワしていたのを思い出すといまでも恥ずかしい。
(医者の僕のほうがあんなに慌てるなんて、最悪だ)
あんな姿を親父に見られでもしたら、また見習いからやり直しだと説教されそうだ。
でも、そんな状態になってしまうくらい驚いたのだ。直前まで二人分ほどの距離がないと駄目だった人が急に腕を掴んできたら、僕じゃなくても驚くだろう。
何かとんでもないことが起きたのかもしれないと思った。念のため用意していた鎮静剤や気付け薬を出そうとした僕に、「少し落ち着いたらどうだ?」と冷静に声をかけたのはスピネル様のほうだった。
今度はその言葉に呆けてしまい、屋敷に戻ったあともどうやって部屋に入って寝たのかまったく覚えていない。シャワーを浴びた痕跡はあったから、いつもどおりに行動して寝たのだろう。
翌朝もいつもどおり目が覚め、スピネル様の朝の診察をした。そこでハッと前日のことを思い出して「昨日の!」と叫んだ僕に、スピネル様は「サファイヤは朝から元気だな」なんて笑っていた。
その穏やかな表情から、もしかして本当に接触できるようになったのではと期待した。しかし、スピネル様の潔癖気味は収まったわけじゃなかった。僕が服の上からスピネル様の腕を掴もうと試みたものの、表情が険しくなって駄目だったのだ。
それでも、服の上から腕を少しだけ触ることはできた。そのことだけでも大きな一歩には変わりない。
これなら、もう少し踏み込んだ目標があったほうがいいかもしれない、そう考えた僕は「僕の隣に座る以外に、何かやってみたいことはありませんか?」と尋ねることにした。
「そうだな、早くサファイヤの手を握りたい」
(……僕の手を、握りたい……?)
スピネル様の新たな目標は、僕を大いに悩ませてくれた。だって、僕の隣に座りたいという目標の次が手を握りたいなんて、まったくもって意味がわからないじゃないか。
これで僕がかわいい女の子だったなら、「子どもの初恋みたいでいいですねぇ」なんて微笑ましく思ったことだろう。しかし、医者であり平凡な男の僕の手を握りたいというのはどういうことなんだろうか。いや、一度は腕を掴むことができたんだ、また掴めるようになりたいということならわかる。
それがどうして「手を握りたい」になるんだ……?
念のため、スピネル様にはしっかり確認もした。
「あのぅ、腕を掴みたいではなく、手を握りたい、ですか?」
「あぁ。できれば指を絡めて手を握ってみたい」
あー、それはですね、“手を握る”ではなく“手を繋ぐ”が正解ですね。それも指を絡めてっていうのは“恋人繋ぎ”って言うんですよ? ご存知ありませんでしたか?
(……なんて言うと思ったかー!)
できれば全力で突っ込みたかったけれど、できなかった。
(だって、あんな美しすぎる笑顔なんて見せられたら、何も言えなくなるに決まってるじゃないか)
二人分より近い距離に座れるようになったスピネル様は、誰もが見惚れる笑顔で僕と恋人繋ぎをしたいと新たな目標を口にした。
そうして再びソファに座るところから再開した治療は、それから十日後には腕が触れ合う距離で座れるまでになった。
で、冒頭の「どうしたもんかな」というつぶやきに戻る。
(……近い、近すぎる)
これだけ近づいても大丈夫だとわかったのだから、いい加減ずっとこの距離でなくてもいいはずだ。それなのにぴたりとくっついたままで、少しでも離れようものならスピネル様のほうからくっついてくる。しかも、延々とだ。
そうなると、これまでとは違った部分が気になり始めたわけで。
たとえばスピネル様はいい匂いがするなぁとか、意外と体温が高そうだとか、本当にどうでもいいことが気になって落ち着かなくなる。香水が苦手なスピネル様だから、このいい匂いは石鹸か何かだろう。それが高めの体温に温められて香っているに違いない、そんな考察までしてしまった。
それに、やたら整った顔立ちを間近で見るというのは本当に心臓に悪いんだ。これまで結構な日数を間近で見てきたのに、いまさらながらそんなことを実感した。
(でも、本当にすっごく綺麗なんだよな)
これじゃあパーティに行くたびに、この前のように人が寄って来るのもよーくわかる。それなのに本人は潔癖気味なのだから、いろいろ苦労をしてきたに違いない。それに精力増強料理やムチムチおっぱい侍女たちのせいで、家でも心穏やかに休める場所がなかったはずだ。
(でも、きっと大丈夫)
こんなに早く大きな一歩を次々と踏み出せるなら、あっという間に最後までいけるはず。これなら僕の役目も早く終わりそうだ……って、最後にとんでもなくろくでもない役目が残っていた……。
(それこそ、僕じゃなくてもいいんじゃないかなぁ)
ここまで来たら、僕相手じゃなくても大丈夫になる日も近いだろう。そうなればこの美貌だ、最終目標達成のためのお相手は選り取り見取りじゃないだろうか。
(そもそも、ああいうことは医者がやることじゃないし、僕みたいな男を最初の相手にしなくてもさ)
自慢じゃないが、僕は平凡な外見をしている。大兄もちぃ兄も整った顔だし、親父も若い頃は結構人気があったという話なのに、どうしてか僕だけ平凡な顔立ちに育ってしまった。
死んだ母さんに似たというならわかるけれど、母さんも美人だった。これじゃあ誰に似たんだかわからない。それに大食らいと言われるくらい食べるのに、激務のせいでちょっと小柄なままなのも残念なところだ。
(……いや、僕にもまだ伸びしろはあるかもしれない)
淡い期待は抱きつつも、内心そろそろ諦め気味にはなっている。
それに外見だけじゃない。医長の家柄という医家として有名な家の出というだけで、僕自身はたくさんいる王宮医の一人ににすぎない。後継者じゃないし独り立ちもできそうにないから、おそらくこのままヒラの王宮医で終わるだろう。
パーティで子爵が話していたとおり、僕には王宮医としての威厳もないみたいだし、そんな僕が初めての相手になるなんて、スピネル様がかわいそうすぎやしないだろうか。記念すべき最初なんだからそれなりの家柄か、もしくはスピネル様に見合った容姿の人と迎えるほうがいいと思う。
「なんでも最初が肝心って言うしなぁ」
「そうだな、こうして早くに近づけるようになったのはサファイヤだったからだ。初めての相手というのは大事だな」
別のことでの初めてを考えていたんだけれど、下世話な内容なだけに訂正するのははばかられる。僕は曖昧に笑いながら、どうしたもんかなと天井を見上げた。
「すべてサファイヤのおかげだ。これまで人に近づけなかったのが嘘のように思う。……当初はひどい態度を取ってしまい、申し訳なかった」
物理的な距離が縮まってきたからか、スピネル様は日に日に人柄が丸くなってきた。パーティの帰り道なんて、馬車のなかで何度も声を出して笑ったくらいだ。
(おかげでスピネル様の笑顔が心臓に悪いって、よーくわかったけど)
あんなの何度も見せられたら、こっちの心臓が止まってしまう。美しい笑顔っていうのは一種の凶器だということを、二十四年生きてきて初めて知った。
「いえ、あれは僕の失態です。とくに初日なんていきなり近づいたりして、医者としての配慮が足りませんでした」
「そんなことはない。あのときは心構えをする前に近づかれて、つい反射的に手が出てしまった。……痛かっただろう?」
「大丈夫ですよ。治療するときに患者が暴れることなんてよくあることですし、それに比べれば全然大したことないです」
「手の痛みのことだけではない。ああいう態度は相手を傷つけるとわかっている。そういう意味でも申し訳なかったと思っている」
わずかに眉を下げた顔を見ると、本当にすっかり別人になったなぁと思う。これはきっとスピネル様にとってもよい傾向に違いない。最初の頃の取りつく島のない状態が潔癖気味からきていたのだとしたら、いまのように穏やかに見えるのは、随分と気持ちが楽になってきているということだ。
「長い間触られるのが駄目だったんでしょう? じゃあ仕方ありませんよ」
「そうだな、……二十年くらいはまともに触られたりしていないか」
「は!? 二十年!?」
「子どもの頃は頭を撫でられたり手を握られたりしたものだが、そのうち耐えられなくなって人に近づかないようになった。それが二十年ほど前のことだ」
「……二十年前って言ったら、スピネル様はまだ十歳ですよね?」
「その頃には母も亡くなっていたから、頭を撫でようとする人も数えるほどだったがな。わたしに触れようとするのはほとんどが女だったから、あの頃が一番苦痛だったかもしれない」
潔癖気味になったのは二十年ほど前、しかも、その頃にはすでに女性が駄目だったとは……。潔癖気味のほうはよい方向に向かっているけれど、女性のほうはまだまだ時間がかかりそうだ。
となると、やはり最終目標の相手は男性を選ぶべきか。「このまま女性嫌いも治るかも……」と期待していたけれど、無理かもしれない。それに男性であっても条件が厳しそうな気もする。
「だが、早くに対処法も見つかったのはよかった。先に微笑みかければ人は立ち止まるし、張りのある声を出せば一定の距離を保ったままでも会話はできる。あとは相手の表情や仕草から察すれば、近づくことなく大体のことは済ませられる」
なるほど、パーティでの様子はそういう努力の賜物だったわけだ。じつはスピネル様、相当な努力家なのかもしれない。
うーん、スピネル様の印象がどんどん変わっていく。
「しかし今回の父の命令は、さすがにわたしだけではどうにもならなかっただろう。サファイヤが話を受けてくれて本当によかったと思っている。これからも末長く頼む」
「はい、僕でお役に立つのなら」
「サファイヤにしかできないことだ」
「またまた、スピネル様は口がお上手なんだか、ら……」
笑いながら隣を見たら、もんのすごく近くにキラッキラの笑顔があってびっくりした。
うおぉ、至近距離での美しい笑顔、本当に勘弁してください! 思わず仰け反ってしまったじゃないですか!
「わたしはお世辞など言わない。心の底からサファイヤでよかったと思っているし、末長くとも思っている。これからもよろしく頼むよ」
とどめの笑顔を見せられた僕は、心臓のあたりを押さえながらコクコクと頷くことしかできなかった。
※ ※
「はぁぁぁぁ」
「なんだよ、久しぶりに店に来たっていうのに、そんなでっかいため息なんかついて」
「ちょっとな」
「仕事絡みか?」
「うーん、まぁそんなところ」
「そっかぁ。そりゃ相手は次期伯爵様だしなぁ。それにサンストーン伯爵家といえば、伯爵家ながら公爵家並みに有名だから、いろいろあるよなぁ」
久しぶりにファルクのところのお菓子が食べたくなった僕は、スピネル様が仕事で屋敷を留守にしている間にと店に行くことにした。
店はサンストーン伯爵家からもそれほど遠くないから、散歩がてら行くのにちょうどいい。伯爵家のデザートはおいしいけれど、そろそろ精力増強じゃないものが食べたくなった僕は、大好きなおばさんのケーキで心身共に癒やされたいと店の扉を開けた。そこには、なぜか焼き菓子を並べているファルクの姿があった。
なんでも今日は騎士団が休みらしく、じゃあ店を手伝えとおばさんに駆り出されたらしい。たしかにガタイのいいファルクなら、重い材料運びなんかによさそうだ。
「サンストーン家って、そんなに有名なんだ」
「いやいや、王宮医のおまえが知らないってどういうことだよ」
「第二夫人のことは知ってるよ。まぁ、それ以外は知らないっていうか、噂話には興味ないっていうか」
「ほんとにおまえって、兄貴たちとは大違いだよな」
「いいんだよ、僕はただの三男なんだから」
貴族の噂話に詳しくなくても王宮医として務められるから問題はない。
それにしてもファルクまで噂話に詳しくなったなんて、昔のことを思い出すと変な感じがする。それこそ昔は一緒に泥んこまみれで遊んでいた仲のに、やっぱり騎士団に入ると少しは変わるってことなのか。
なんだか少し寂しい気持ちになりながら、ふとこの前のパーティでのことを思い出した。
「なぁ、おまえって陛下の第二夫人のことも詳しい?」
「第二夫人って、エスメラード様のことか?」
「うん」
「詳しいってほどじゃないけど……。つーか、スピネル様はエスメラード様の弟なんだから、おまえのほうが詳しいだろ?」
「え? なんでだよ?」
「……そうだよな、たとえ陛下が患者だったとしても何も聞かないし求めないのが、おまえだよな。ま、そういうところも好きなんだけどさ」
「はいはい、ありがと。で、どうなんだよ、詳しいの?」
「何が知りたいんだ?」
僕はあのパーティで子爵が話していた言葉と、そのときの周囲の反応がずっと気になっていた。
もしスピネル様にとってよくないことなら、医者として気に留めておく必要がある。せっかく潔癖気味が改善しそうなのに、別のことで気に病んで元に戻ったり悪化したりはしてほしくない。そのための対策に情報が必要なら、いつもは興味のないことでも頭に入れておきたいと思っていた。
「この前、スピネル様のお伴でパーティに行ったんだけど、そのときエスメラード様がスピネル様の健康を気にしているって話が出てさ。そしたら急に周りの人たちの雰囲気が変わったのが気になって」
「あー、その話って本当だったのか」
「え? 噂になってるのか?」
「なってるな」
なりそうだとは思っていたけれど、本当に噂話になっていたとは。しかも騎士団にまで届いているなんて、本当に貴族は噂話が大好きだな。
「その顔じゃあ、なんで噂になってるのかわからないって感じだな」
「だってそうだろ? 伯爵様やエスメラード様が家族であるスピネル様の健康を気遣うって、普通のことだよな」
「はぁぁ、ほんとおまえってイイ奴のまま育ったな。心配にはなるけど、それがおまえのいいところでもある」
「なんだよ、僕が鈍いって言いたいのか?」
「褒めてんだよ」
そうは見えないぞ。そう思いながら少し睨んだら、「ちょっと外で話そうぜ」と店の外に連れ出された。向かったのは店から少し歩いたところにある池のほとりで、子どもの頃によく遊んでいた馴染みの場所だ。目の前は大通りだけれど池の周りは大きな広場になっているからか、庶民にとっては憩いの場になっている。
わざわざここまで来たということは、あまり人がいるところでは話せない内容ってことか。
「王妃様が随分前に亡くなってるのは当然知ってるよな」
「馬鹿にするなよ。この国の人ならみんな知ってるだろ」
「怒るなって。それで城では第二夫人の力が強まってるってのは知ってるか?」
「正式な王妃じゃないけど、いまや亡き王妃様と変わらない立場になってるからだろ?」
「うーん、まぁそうなんだけど」
ファルクが苦笑している。なんだよ、本気で僕を馬鹿にしているのか。
「ご本人にはそんなつもりないんだろうけど、周りが勝手に権力にすり寄ってんだよな。次期王太子の座は覆らないとして、王太子に宰相をつけようって話が出てるからだろうけど」
「宰相? それって、随分前に無くなった役職だよな?」
「まぁな。で、復活させるその宰相に、エスメラード様のところの王子様が就くんじゃないかって、もっぱらの噂なんだ」
……なるほど、そういうことか。権力闘争とかに興味がない僕でも、さすがに理解できた。
次の国王には亡き王妃様が生んだ王太子がなるけれど、そのとき実際に権力を握るのはエスメラード様の生んだ王子になりそうだってことだ。そのエスメラード様がスピネル様の健康を気遣うということは、宰相になる王子を支える存在として期待しているんじゃないかということに繋がる。
「それはまた、なんというか、……権力って怖いな」
「そういうところの近くにいるのが王宮医だろ?」
「え、関係ないよ。親父や大兄ならまだしも、僕はただの王宮医だし」
「うーん、その認識の甘さもおまえのいいところだとは思うけどさ」
「なんだよ、いまのは絶対に褒めてないだろ」
アハハと笑って誤魔化しているけれど、絶対に馬鹿にしている。
「まぁ家のことは別にしても、王宮医って貴族の間じゃ意外と人気者なんだぜ? その王宮医には当然おまえも含まれている」
「意味がわからない。情報がほしくて王宮医に近づく貴族がいることは知ってるけど、いくら僕でも簡単に口を割ったり情報提供したりはしないぞ」
「わかってるって。でもさ、情報目的以外で近づいてくる輩もいるってこと、少しは知っておいたほうがいいんじゃないか?」
「あぁ、あれだろ、優れた王宮医をお抱えにすれば格が上がるとかってやつ」
そういう妙な貴族が多いせいで、王宮医の争奪戦なんて馬鹿らしいことが起きるんだ。そう思うと呆れるやら腹立たしいやらという気持ちになる。
「あー、まぁ大きく括ればそういうことなんだろうけど、それだけじゃないんだよなぁ」
「どっちにしても取り合いのことだろ? 腕のいい王宮医、情報をくれそうな王宮医、格を上げてくれそうな王宮医、そういう王宮医を貴族たちが取り合うって、本当に馬鹿らしい」
僕の言葉に、なぜかファルクがニヤニヤし始めた。……なんだよその顔、ちょっとイラッとするぞ。
「おまえみたいに小柄で人畜無害で、王宮医にしちゃあ表情豊かなお坊ちゃんって、意外と貴族に人気なんだぜ? 顔だって、よく見りゃそこそこかわいいしな。幼馴染みとしてはいろいろ心配だけど、ま、意外とそういう危機意識は持っていそうだから大丈夫か」
イラッとしたついでにカチンときた。僕だって、そこまで言われればはっきり理解できる。
(理解できるけど、僕にはまったく無縁の話だろ!)
貴族の間では、男同士の関係も珍しいことじゃない。でも、そこに王宮医を巻き込むなって話だ。……いや、好きで巻き込まれている王宮医がいないとは言えないから微妙なところだけれど、少なくとも僕にはそういう意思も希望もない。
「おまえ、暗に僕の貞操の危機のこと言ってるだろ。ふざけんなよ、いくら体がちょっと小柄だからって、そう簡単に狙われてたまるか。それに力では負けても逃げる体力なら騎士団の奴らにだって負けないからな」
「おぉ、さすが大食らい」
「うるさい。それに表情が豊かって、顔に出やすいって言いたいんだろ。医者は常に冷静でいろって言われてるの、おまえだって知ってるよな」
「わかってるって」
またアハハと笑ったファルクの頬を、ぎゅうっとつねってやった。
「おい、痛いって! ま、どっちにしても、おまえはいろんな意味で噂の真ん中にいるってことだ。一応、気をつけろよ?」
「……わかったよ」
おかしな心配には腹が立つけれど、ファルクの言うことにも一理ある。それにスピネル様を取り囲む状況もわかった。
(これは最終目的のお相手も、よくよく吟味しないと駄目ってことだな)
いつそのときを迎えられるかわからないけれど、いまから探しておいたほうがいいかもしれない。そんなことを考えながら店に戻り、目的だったおばさんのお菓子を何種類か買って伯爵家へと戻った。
部屋に入って袋を開けると、買ったもの以外のお菓子が何個か入っていることに気がついた。もちろん、そんなことをした犯人はわかっている。「ファルクの奴め」なんてニヤニヤしながら摘んだお菓子は、やっぱりとてもおいしかった。
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