第4話 合否は家族と

「九郎ー、手紙きてるー」


 面接からしばらくして合否通知が来た。

 あの日帰ってきた俺の顔を見て、母と妹は晩ご飯を豪華にするからと俺を慰めた。父は建設会社で働いているので、そこで事務員の募集をしていると教えてくれた。


「ど、どうすんのこれ」


 冬休み中で、頼りは妹しかいない。緊張からその手紙をリビングのテーブルに放ったまま、俺たちはカカシを避ける烏のように、それをソファから威嚇している。


「こっちが聞きたいよ。とりあえず母さんが帰ってくるまで待とう」


 母はパン屋で週三回ほどパートに出ている。高校時代の先輩の店で、部活みたいで楽しいとのことだ。


「待とうって……結果知りたくないの?」

「知りたいけど、怖いじゃん」

「びびり」

「じゃあお前が見てくれよ」

「やだよ。怖い」


 どうしようかと悩むうち、やはり烏はカカシに興味があるらしい、俺たちはそんな必要もないのに封筒をどうやって開けようかと真剣に悩んだり、間違っても汚さないようにテーブルを拭いたりした。


「……あんまり怖くなくなったな」

「うん。じゃあ開けてよ。ハサミ、置くからね」

「開けてくれ」

「やだよ。自分のことじゃん」

「お前の成績表は俺が見ただろ」

「それはお互い様でしょ。私だって九郎のやつ見たよ」


 こいつも来年は大学受験のくせに。どうせ泣きつくに決まってる。


「あ、黒辻さん呼ぼうよ」

「駄目だ」

「なんで」

「落ちてたら気まずいだろ」

「……あー」

「解散だ。俺は部屋に戻る」

「逃げんの?」

「それは禁句だと言っているだろう。これは逃げているんじゃなくて」


 その先は言わずに部屋に戻った。どういう言い訳もできない。

 胸騒ぎで眠りも浅く、布団の中で丸くなっているとまた妹が呼びに来た。


「お母さん帰ってきた!」

「今行く!」


 バタバタとリビングに行くと、母は呆れていた。


「あんたたちね、なんでこんな封筒一枚で大騒ぎしてんの。受かるにしても落ちるにしても早くにわかった方がいいでしょ。次にどうするかを考える時間だって必要なのに」

「九郎が待とうって」

「みんなで見た方がいいと思った」

愛宕あたご先輩に言われんのよ。九郎くんたちは変わらないねって。まじでその通りなのよ」

「九郎が悪い」

はじめが悪い」


 これも祖父が名付け親だ。九郎よりも可愛い、いや一番可愛いということでそう名付けられた。


「そういうところが変わってないのよ。でもまあ、せっかくだからお父さんが来るまで待ちましょうか」

「お母さんもじゃん!」

「俺らだけじゃないじゃん!」

「うるさい」


 そして夕飯が出来上がる頃、父も帰ってきた。


「え? なんでさっさと見ないの?」


 銀城家の特徴の太い眉を下げて心底からの疑問を投げかけてきた。一はこの眉を気に入っているらしい。


「九郎が待ってようって」

「一が悪い」

「ああ、いつものか」

「そう。いつものよ」


 とはいうものの、父が唯一そういう性格を持っていないわけではない。


「ご飯の後でいい?」

「父さんも後回しじゃん」

「いけ九郎、言っちゃえ言っちゃえ」

「あはは、普通はご飯の後だよ。さ、食べよ」


 夕飯が済んだ。いつもは速攻で風呂に入る一だが、椅子に座り、封筒を睨みつけ微動だにしない。


「く、九郎が開けなよ」

「そうしなさい」

「そうね。それがいいわ」


 家族の団結とは素晴らしいが、時には毒になる。この緊張感は面接よりも俺を苛める。


「……開けるぞ」


 ハサミを使い綺麗なテーブルに中の書類を滑らせた。三つ折りで、それをひらくのも俺で、責任なんてないのにどうも緊張する。


「九郎!」


 と妹が叫んだ。ただでさえ剣道部で力が強いのに、容赦無く俺の背を叩く。親父の微笑みも柔らかい。


「おー、受かったな」

「本当ね。いやあ、学費も嘘みたいに安かったし、よかったあ」

「やったじゃん九郎! すごい、めっちゃすごい!」


 ぐわんぐわんと揺さぶられる俺は、ヘラヘラ笑っていた。安堵するとともに、黒辻に報告しなきゃと思った。


「すげー! 大学受かってる人初めて見た!」

「お父さんも受かったぞ? なんなら卒業したぞ?」

「私もそうよ?」

「すげー! 九郎よりすげー!」


 俺より興奮しているのはなぜなのか。ともかく祝福を受け、寝る頃になってから黒辻に一報を入れた。


 すぐに返事があった。おめでとう。とその後に絵文字がある。中指を立てている犬が笑っている。


 どういうセンスだよ。しかし、中指こそ立てていないが、俺もにやついていた。

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