第42話 風雲急

「派手に散財したからな。今日からまた稼ぐぞ」


 意気込みを吐いて、ロアは遺跡へ向かうために宿を出た。


 あれからもロアは迷宮の二層に挑み続けた。存在変換を控えたため貯蔵魔力は減少したが、収入自体は変わっていない。負傷することもなかったため、順調に貯金は溜まり続けた。そうしてこれまでの稼ぎも合わせ、また結構な散財を行なった。再生剤や情報記録装置を手に入れ、リュックなんかの道具も含め装備を一新した。また残金は七桁を下回ってしまったが、それなりに満足できる買い物となった。


 道すがら頭の中の相棒へと雑談を振る。


『次はようやく車両が買えそうだな。どんなの買おうかな。やっぱ自動で走るやつがいいよな』

『自動でないのなんか買っても仕方ないですけどね。それとして、展望を持つのはいいですが、能天気だと思わぬ失敗に躓きますよ。こういう順調な時こそ気を引き締めるべきです』

『まあ、そうかもしれないけどさ。具体的な目標がある方がやる気出るだろ』

『目標があるのは良いことです』


 相棒と他愛ない会話をしながら、街中を徒歩で進んでいった。



 いつものように輸送車両に乗り込み、車内で手慰みに端末を弄っていたロアは、新着でメッセージが届いていることに気づいた。自分の連絡先を知っている者たち。その相手を予想して、僅かに心拍音の上昇を感じながら、迷う手つきでメッセージを開いた。


『……リシェルからだ』


 発信人を確認したロアは、ホッと息を吐き、内容に目を通した。


『遺跡探索の誘いか』


 そこには共同探索をしないかとの旨が、軽い文体で数行程度に綴られていた。


『どうしようかな。っていうか、なんでCランクの二人が誘ってくるんだろ』


 実力的にDDランク近い実力があると自負するロアであるが、流石にCランクと肩を並べられるほど強いと自惚れてもいない。彼女たちの意図は不明にしろ、足手まといとなるかもしれない誘いには、後ろ向きな考えを持った。


『まあでも、会うだけ会ってみるか。向こうにも考えがあるかもしれないし』


 相棒に話しかけているようで、実質独り言を言うだけに終わったロアは、返信のメッセージを打ち込もうとして首を傾げた。


『あれ……?』


 文字を打ち込もうとしたら、急に協会ページが表示されなくなった。


『現在、サルラードシティとの通信状況が悪くなっております。安全確保のため、この車両は都市へは帰還せず、このままセイラク遺跡前線基地へと向かいます。何卒ご理解のほどよろしくお願いいたします』


 車内には唐突に女性の声でアナウンスが入った。それを聞いた搭乗者たちは眉をひそめながら困惑の声をあげる。それは時間が経ち、各々が状況を理解するうちに大きくなっていった。


『なんだ? 一体なにが』

『衝撃に備えて』


 相棒に状況の説明を求めようとした途端、突然に車内が大きく揺れた。起きた衝撃でロアの体は車体の内壁に押し付けられる。安全ベルトを装着していたため席から飛ばされることはなかったが、それを怠った一部の者たちは、宙に飛ぶなどして席から弾き出された。

 数秒前に起きた困惑の声が、一気に悲鳴や怒号へと変わった。


『現在当車両はモンスターからの攻撃を受けています。搭乗員の皆様は直ちに』


 再び起こる衝撃と爆発音。一度目よりも大きなそれは、アナウンスの音をかき消して、重力がひっくり返ったように車内をかき混ぜた。慣性により各々の体は強制的に力の方向へ引っ張られ、硬い壁面や床に強く圧力をかける。ペロの警告がギリギリ間に合ったロアも、突然の事態に、ただ歯を食いしばって耐えるしかなかった。

 やがて揺れが収まった車内には、座席から放り出された者たちのうめき声が響いていた。


『止まりましたか。出ますよ』


 ペロに促され、ロアは即座に安全ベルトを外した。事態の把握には未だ情報が足りていないが、何が起きたかはなんとなく理解できた。迷いなく行動に移した。

 そのまま扉のある後方へと行き、そこを開けて、ある方向へ顔を向けた。


『……攻撃してきたのはあいつか』


 道なりのやや後方の建物の間。隘路から姿を覗かせたモンスターが一体いた。

 ロアが攻撃者を認識したように、モンスターも倒すべき敵の姿を視認する。車両を走行不可能にするほどの威力を持った砲口が、一人の人間を正確に捕捉する。

 相手の攻撃意識が切り替わると同時に、ロアも臨戦態勢へと移行した。素早くブレードを抜き放ち、車両から飛び降りる。互いの間合いを詰めた。

 モンスターの砲口が再び吹き上がる。強化銃の威力をはるかに上回る火力。輸送車の装甲すら破壊する一撃を、ロアは車両を射線に巻き込まないように回避する。対象を捉え損なった攻撃は、後方にそびえるビルの外壁に直撃する。衝撃と大音量が辺りへ撒き散らされる。

 大気を震わす轟音。それに一切動じず、ロアは接近とともに攻撃を振り放った。砲身を含めずとも、全長が二メートルを超えるモンスターのボディ。それが、ロアの攻撃で文字通り真っ二つとなる。両断されたモンスターは支えを失い横倒れる。転倒音を立てながら二つに分かたれ、綺麗な断面が露わになった。

 断面の様子を見ながら、ロアは振るった新ブレードの感触を確かめるように軽く手首を翻した。


『これの使い方って、こんな感じでいいんだよな?』

『はい。この武器ならより大型の敵にも対応可能となります』


 ロアが新しく買ったのは、刀身の長さを超えた拡張斬撃を放つことができるタイプのブレードだった。魔力を込めると切っ先から擬似的な刃が生成され、武器強化の要領で硬化性を持たせることで、実質的に刀身を延長をさせられる。刃の伸長は一時的なものでしかないが、これにより以前の倍以上の間合いと、攻撃範囲の拡大を図ることが可能となった。

 新装備の使い心地を確かめ終わったロアは、いつものように解体を行おうとする。しかし、未だ広げ続けていた存在感知に新たなモンスターの反応を捉えたことで、それを中断した。同時に嫌そうに顔をしかめた。


「げっ、この反応は」

『飛行型の自律兵器ですね』


 地上から離れた位置を移動するモンスターが、存在感知にはっきりと映っていた。


『どうしよう。遠距離用の武器なんて買ってないぞ』


 飛行型のモンスターと会敵するのはこれが初めてのことではない。お宝探しと称した遺跡探索をしていた際に、一度だけ遭遇したことがあった。

 当時のロアは遠距離攻撃の手段を有していなかったため、飛行する相手には大いに苦戦を強いられた。ブレードによる斬撃は一切届かず、空から一方的に攻撃された。最終的にその辺の小石を投げて打ち落とすことで、なんとか倒すことはできたが、それからは飛行型のモンスターを相手にするのは避けるようになった。

 装備更新の際、ロアはその辺りの対策を講じることも考えた。しかし稼ぎの面から外の遺跡を探索する予定は無かった。そのため迷宮での戦いを優先する買い物をした。だから飛行する相手には、変わらずなんの対抗策も持ち合わせていなかった。


 やがて視界にも空を飛ぶモンスターの姿が映る。機械型が羽音のように空気を振動させてこちらへ向かってくる。存在感知で知ってはいたが、敵の数は一体でなく複数だ。

 向こうも攻撃の対象を捉える。銃身が照準を合わせるように一方向へ向けられる。対応に頭を捻らせる時間はもうない。逃げるにしろ戦うにしろロアは覚悟を決めた。

 そのとき、突然にモンスターが爆発した。それとほとんど同じタイミングで、ロアは背後から迫って来る存在に気づいた。続けざまに二体、三体と撃破されている中で、それを為した人物を視界に収めた。


 現れたのは屋根部分が開いた装甲車両だった。フロントまでもが重厚に守られ、内部の乗員は見通せないが、開いた天井部からは、人の上半身とその者が手にする銃に似た大型の武器が確認できた。

 モンスターを倒したのは彼女だと判断したロアは、武器は構えずとも、最低限の警戒を維持したまま視線を送り続けた。やがてその車両が近くで止まり、座席に立ったまま女の探索者が話しかけてきた。


「助けが必要だと思ってやったが、余計なお世話だったかい?」

「え、あ、いや、そんなことない。助かった。ありがとう」


 いきなりフランクに声をかけられて少々動揺するが、ロアはすぐに切り替え感謝の言葉を口にする。それで警戒が解けたのか、どこか相手の印象も和らいだ。


「そうかい。礼なら後でもらうとして、さっさとここから移動するよ。人手は一人でも多く欲しいからね」

「人手ってなんの……」


 疑問を繰り出そうとして、ロアはそこで言い淀む。感知圏内にはまた複数のモンスターが映り始めた。そしてその密度は、今の短い時間の中でも、加速度的に増加していた。


「なんだこれ……」

『モンスターの大行進ですね』

『ふざけてる場合じゃないんだが』

『それなら逃げましょうか』


 茶化してくる相棒にほぼ反射でツッコミを入れたロアは、これからの行動を即座に決定する。

 そのロアへ武器を構え直した女が言う。


「気づいたかい。とにかくそういうことだ。こんな所でチンタラ話してる時間はないよ」


 言うと同時に彼女は視線を前方へ送る。増加するモンスターたちは、行き場を求めるようにロアたちがいる通りにも現れ始めていた。

 走行不能となった輸送車両から降りてきて、現在起きている状況を理解し慌てる者たちに向けて、女は大きく声を張り上げた。


「道くらいは切り開いてやる! 生き残りたきゃ後は自分でどうにかしな!」


 その発言を残して、車両は先へと進んでいく。ロアを含め輸送車両に乗員していた者たちは、血相を変えて後を追った。



 進路の先に湧き出したモンスターの群れ。それらが次々と現れては爆発に飲まれて粉砕されていく。前方と左右、建物の隙間から続々と姿を見せるが、攻撃する間も無くやられていく。襲いかかる敵を物の数とせず、くまなく撃破していく光景は、それを見る者に確かな実力を窺わせた。

 後ろを追いかけるロアは、たまに撃ち漏らしたモンスターを走りながら倒しつつ、目の前の戦闘とも言えない圧倒的な戦い振りを見て舌を巻いていた。


『すごいな。あんだけの量を一人で相手してるぞ。しかもあいつの攻撃って敵を追尾してるよな。あれって前言ってた能動制御ってやつか?』

『いえ、あれは魔術です。一発一発の小型擲弾とも言うべき集束弾頭に、高性能精密機器と同等の性質付与を行なっています。探知機を併用した自力での多重自動誘導といったところでしょうか』


 使用する弾丸や弾頭の一発一発に高い追尾性を組み込むのは、費用対効果の面で有効とは言えない。そのため魔術を用いて探知機とリンクさせた誘導方式の性質を弾薬に付与し、低コストで同様のことを可能としている。魔術を用いた弾丸には誰でも使える装填弾が存在するが、こちらは魔術の保持性に優れる分だけ高くつく。対照的にに一時的な効力しか持たない魔術は、安価で済む分、術者の技量に大きく依存する。ペロは隣に座る者がその作業を一任していることまで教えた。


『あんな戦い方もあるんだな』


 おそらく上位の探索者と思われる者たち。その実力に感心しながら、ロアはモンスターの残骸で舗装された道を進んでいった。




 途中、他の者がモンスターに捕まるのを助けたりもして、ロアは無事前線基地の内部に逃げ込むことに成功した。最後の者が駆け込むと同時に、基地の入り口を閉ざした。半透明な壁の向こうにいるモンスターたちは、それで敵の姿を見失ったせいか、右往左往したあと三々五々に散っていった。

 モンスターのよくわからない挙動を不思議に思いながら、ロアは逃げ込んだ前線基地の内部に視線を向けた。そして、視線の先の光景を目にするのと同時に、大きく目を見開いて絶句した。


「なんだよこれ……」


 誰が口にしたのか。それを確かめる必要もないほど、全員の抱いた感想は一致していた。

 そこにはまるで、虐殺があったかのような惨状が広がっていた。多数の探索者と思われる者たちの死体が無造作に転がり、辺りに血の花を咲かせている。破壊された兵器や車両の残骸が、原型を残しつつもバラバラに粉砕され散らばっている。地面には所々ひび割れや窪みができ、前線基地の建物の一部は半壊して瓦礫の山と化している。

 起きた惨状は、この場へたどり着いた者たちへ、圧倒的な暴力による蹂躙をまざまざと見せつけていた。


「あたしらが異変を察知しても都市へ戻らずこっちへ来たのは、多数の探索者や防衛用の兵器が設置されてるからだったんだがね。本当にどういうことなんだか」


 車両から降りてきながら、先程ロアを助けた女の探索者はボヤいた。


「まあ、モンスターからの隠れ蓑としては問題なさそうだけど」


 それを聞いたロアが疑問を呈する。


「モンスターが入ってきたりはしないのか? 空を飛べる奴なら、この程度の壁なんか意味ないと思うんだけど」

「この基地の壁には、モンスターの視覚システムや探知能力を誤魔化す仕掛けがされてるんだよ。だからよほど高性能でない限り、こん中に入ってきたりはしないよ」


 そういうことかと、ついさっき感じたモンスターの不可解な行動に納得がいった。


「じゃ、じゃあ、ここの壁の欺瞞能力が効かないほど強力なモンスターがいるってことか!?」

「いや、仮にモンスターならここの壁が無事なのはおかしい。やったのはおそらく人だろうね」


 可能性として挙げられた事実に、この場にいる面々は息を呑んだ。都市が保有する施設への攻撃と、そこにいる探索者の虐殺。それを成し得た者が一体何者なのか。答えにたどり着いた者もつかなかった者も、恐れを知らない蛮行に戦慄を覚えた。


「だがまあ、襲撃者は目的を達成したのか未だ遂行中なのかは知らんが、鉢合わせる事がなさそうなのは幸いだったね」


 女は気楽そうに言いつつ、迷宮の入り口がある方へ鋭く視線を細めた。


『もしかして、ここってめちゃくちゃ危険か? 移動した方がいいかな』

『どうでしょう。ここが安全地帯としての役割を果たす限りは、外とどっこいどっこいの危険度だと思います。迷宮の中なら話はまた異なりますがね』

『?』


 その発言の意図を問うより先に、一人の探索者が声を上げた。それに釣られて、一同は同じ方向へ振り向いた。そこにあるのは今しがた話題の中心となっていた基地の防護壁である。前線基地を取り囲みモンスターの侵入を妨げている壁が、だんだんと透過性を失っていき、やがてグレーの色合いへと変化した。


「まさか、この壁の迷彩効果が消えてる!? 動力設備まで破壊されてんのかい!」


 いち早く状況の変化を察した女が、事態の悪さに思わず叫んだ。


「野郎ども尻を叩きな! モンスターが入り込んでくるよ!」


 それを聞いたこの場の面々に、恐怖と緊張が走る。ここにいるのはロアを含め、自前で車両一つ用意できない低ランクの者たちばかりだ。高くてもDランクの者しかいない。弱めのモンスターなら倒すことはできても、DDランク帯には歯が立たない。そうでなくとも、一度に数十を超えるモンスターを相手取るなど自殺行為も同然である。モンスターの群れなど相手にできる筈もない。


「め、迷宮の中に逃げ込んだ方が安全じゃないのか!? あいつらも地下までは追ってこないだろ!」


 焦りを感じた一人がある方向を指差しながら言う。女も呆れ気味にそちらを向いた。

 迷宮へ続く建物の入り口には、探索者の死体が後を引くように転がっていた。


「そうしたい奴はそうすりゃいいさ。まっ、この現場を見て中が安全だって思えるならの話だけどな」

「ここを出て別の場所に隠れるとかは……」

「効果が切れたとはいえまだここの防壁は健在だ。それを捨ててモンスターの群れに身を晒す覚悟があんのなら好きにしなよ」


 思いついた案を次々と否定され、一同は黙りこくった。


「ぐちぐち言うんじゃないよ! それでも玉ついてんのかい! 戦う以外に生き残る方法なんかありゃしないよ! 探索者だろ! 覚悟決めな!」


 萎縮した面々を一喝すると、女は車両に積み込んだ装備を整え、モンスターとの戦いに備え始めた。それを見て、他の者も生き残るために自分ができることをしようと行動する。死んだ探索者の遺体から使えそうな装備を回収したり、役に立ちそうな物資をかき集めたりと、それぞれが交戦のための準備を進めた。

 そんな中で、ロアはふとあることを思った。


『なあ、中ってまだ探索者いるのかな』

『いるかいないかで言えばいるかもしれませんね。数秒後に生きてるかまでは定かでありませんが』


 振られた疑問に、ペロは平然と推測を述べた。地上の探索者を皆殺しにした者たちが、中にいる探索者たちを見逃すとは考えにくい。現在迷宮内では熾烈な戦闘行為が行われているだろうことは想像に容易い。

 それを聞いたロアは、少し考えた素振りを見せると、宣言するように言葉を発した。


「俺、中へ入って生きてる奴がいるか探してくるよ」

「はあ!? おいおい今は一人でも人手が欲しいんだ。勝手なこと言うなよ」


 突然の意思表明をするロアに向かって、周囲にいた者から批難の声が浴びせられる。それに対してロアが何かを言うより先に、この場を仕切る者から鶴の一声が発せられた。


「好きにしな。そいつが何をするもそいつの自由さ。私らが止める権利は持ち合わせちゃいないよ」


 最も強い者からの発言に、それ以上不満の声は上がらなかった。


「悪いな」

「できればあんたに一番残って欲しかったんだがね」


 もう言うことは無いと、雑に手を振って抗戦の準備を進める女。その背中に短く謝罪して、ロアは迷宮へと駆け足で向かった。

 走りながら頭の中の相棒へ話しかける。


『正直意外だ。お前も止めるかと思ったけど』

『地上が安全だという保証はありませんからね。これを為した下手人がふらっと現れる可能性もあり得ます。それと比べたら、複雑で閉鎖的な地下空間は逃げ延びるには格好の場所です。感知能力に優れる私ならば先手も取れます。こちらの方があなたの安全を確保しやすいのです』

『そんな理由か』


 不測の事態が続いても、いつも通りに冷静な判断を下す相棒にロアは苦笑した。

 地上施設の中へと入ったロアは、そこにも転がる探索者たちの死体を軽快に避けて、受付カウンターの方へ向かった。当然と言うべきか、そこにはいつものような人影はない。仕方なくと、資格デバイスを取るためカウンターの中に入った。ロアはそこであるものを目にした。

 その場には、無機質に転がる自動人形の残骸が転がっていた。複数あるそれは、どれも頭部のみが正確に破壊されており、首のない状態が無残な姿を際立たせている。中身を構成していた部品が床に散らばり、そうでなければ人の死体と見紛う光景だった。


『自動人形は視界に収めたものを頭部の記録媒体に保管しています。それを警戒して念のためこのような措置を講じたのでしょう』


 状況を説明するペロの言葉を頭の隅に置きながら、ロアは視線を巡らせた。

 その中には当然のように、幾度か会話を交わしたものもいた。それを目にしたロアは、人の死体を見たときよりも、眉間に寄る皺を深くした。


『彼女たちは機械です。破壊されたからといって、あなたが気にする必要はありませんよ』

『……そうか』


 そう言われても、ロアの顔から険しさは取れなかった。

 例え機械であったとしても、戦闘能力を持たない存在を容赦なく蹂躙する。その行いに、自分でも判然としない不快感が胸の内に広がった。

 それから少しして資格デバイスを一つ発見した。受付の内部も破壊されていたため、探すのに苦労するかと思われたが、ペロの存在感知により隠れるように残っていた一つを見つけた。

 資格デバイスを装着したロアは、迷宮の入り口に向かった。


『……ゲートは破壊してないんだな』


 無傷で聳える迷宮への入り口を見て、ロアはそんな感想を抱いた。


『ここはもう施設の一部ですからね。破壊行為に当たるのでそれを避けたのでしょう』


 ペロからの予想を聞いて、ロアは弾かれることなくゲートをくぐる。そして迷宮の入り口を眼前に置いた。

 この先には大勢の探索者を惨殺した者たちがいる。その実力はほぼ間違いなく自分より上の筈である。遭遇すれば死ぬ可能性は高い。ペロから安全を保障されても、その危険性が完全になくなるわけではない。

 これから投じるかもしれない戦いに、ロアは今一度覚悟を定める。

 そして、濃い闇を漂わせた地下への階段を下りていった。

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