第24話 殺し合い

『魔力を操れる人間ってのは、自分の魔力を広げて探知機のような真似ができるそうだ。この空間把握ともいうべき三次元感知能力の前には、ただ隠れるだけじゃ姿を見せてるのと変わらない。誤魔化すために専用の欺瞞迷彩をしなきゃならん。だがそれは無理だ。その装備も道具もここらじゃ手に入らんし、買うための金も全く足りん。だから別の方法を考える必要がある。もっと原始的で単純な方法だ』


 オルディンが思いついた策はシンプルだった。ただ感知しても、そうと認識できない爆薬を設置する。それだけだ。建物の支柱に設置された反応物質の集合爆薬。これをタイミングよく爆破させることで、相手をビルの瓦礫で生き埋めにする。

 魔力による感知は本人の意識に大部分を依存する。仮にそれが危険物であっても、本人が認識できなければそうとは見做されない。その特性を逆手に取った。これが高性能な探知機なら勝手に内蔵情報との照合を行い、自動で危険物かどうかの判定を行う。だから相手が魔力感知を使うのならば、これは嵌る作戦であると考えた。

 そういった知識を全く持たないロアはともかく、ペロまでもがそれに気づけなかったのは、ペロもそれを知らなかっただけなのと、純粋にそれが脅威ではないと判断したためだ。

 ペロは対魔存在に特化した戦闘用のサポートシステムである。ペロの時代では科学技術も大いに発展していたが、そこに魔力が混成されないことは基本なかった。魔力が含まれない兵器は含まれるものと比較して、費用対効果の面で威力が大きく不足することが原因である。最低限の基礎知識は設計されても、専門性の高い内容までは組み込まれていなかった。そのためエネルギー増大による爆発の起点は読み取れても、それが起こるまでの過程を察知することは不可能だった。ペロもその可能性は完全に意識から除外していたので、事が起きて初めてそれを理解するに至った。

 それでも支援対象に危機が及ぶほどの爆薬なら、異物としての違和感から察知することは可能だった。しかし今回に関しては、用意された爆薬がペロ基準で低威力だった。それ故、無意識のうちに無害であると処理されてしまった。

 オルディンが考えた相手の盲点を突く作戦は、両者の認識の不一致によりこうして成功することとなった。


(まあ、成功するかどうかは五分五分だったがな……)


 オルディンにとってこの作戦最大の肝は、ロアが無人の建物に入るかどうか。それのみに終始した。ここまでお引き寄せられることに関しては、それほど心配してはいなかった。

 根拠はあった。対談の際、ロアは多くの武器を持った人間を目にしたにも関わらず、それに対して大きな動揺を見せなかった。オルディンはそれを胆力のなせる技と思ったが、魔力による感知で事前に知っていたのならそれも納得できた。

 つまり相手は部屋に入る前から室内の状況を把握していた。これがどこまで正確なものかは分からない。だが、かなり精度の高いものだとは予想できた。

 作戦を立てる上で、この能力が最大の障害になると彼は判断した。人員を配置した待ち伏せは相手に通用しない。であるなら、人を使わない待ち伏せにすればいい。物理的な罠を仕掛けるのだ。

 候補は幾つかあったが、奇をてらわない“らしい策”に決めた。それが最も成功する可能性が高いと考えた。


(おそらく奴の行動原理にとって重要なのは、直接武器を向けられるか相手の戦意の有無だ。それを確認できなきゃ、奴は明確に敵対とはみなさない)


 オルディンはロアとの対話で相手の行動分析を行い、そう結論を下していた。武器を持った者たちに囲まれても一人対談の席についたのがいい例である。普通は人払いや場の変更を要求するものだ。自分の力に自信があるからとも考えたが、そういうタイプには思えなかった。危機感の欠如とは違う、確固たる意志を持った者の行動。だからこそ、交渉の場までは付いてくる可能性が高かった。

 途中で罠を警戒され、帰られる可能性も想定していたが、そのときはそのときだ。ロアが近日都市を出立すると聞き、急増でこしらえた作戦である。その辺りの不確定要素や穴も大きかった。そうなったなら別の作戦を立てるよりも、巡り合わせの悪さから諦めることも考えていた。元々偶然に転がり込んできたチャンスである。無理に拘ることで、より大きなリスクを抱える意味はなかった。だから今回の作戦は五分の確率に賭けた。それだけのものだった。


(だが賭けには勝った。ツキは俺に回ってきている。……エルドには悪いことをしたがな)


 オルディンにしても、エルドを犠牲にする作戦は不本意だった。当初はロアを誘き出す役目はダーロにやらせるつもりだった。本人の意欲も高かったし、彼を失ったところで組織としての損失も小さい。まさに今回のような作戦には適役だった。

 オルディンはダーロに対して大した価値を感じていない。使い道はあるがそれだけの駒であり、失っても惜しくない程度の認識だった。

 今回はその認識が、エルドにとっては不運に働いた。ロアを誘うに際して心配されたのが、相手が使者を信用するかどうかだった。その役目はダーロでは無理だと思われた。無駄に敵意を誘発するだけで、相手が誘いに乗らない可能性が高かった。だからオルディンはエルドを選んだ。グループの中でも人一倍ロアに対抗心を燃やしていた彼なら、オルディンの求める役割は十分に期待できた。

 目的にも適っていた。今回の作戦をより確実に成功させるには、ロアに対して友好的でないかが重要だった。呼び出すだけならカラナやロディンの方が確実性は高い。そうしなかったのは、彼らではオルディンの思惑に事前に気づき、それをロアに伝えてしまう懸念が大きかったためだ。

 その点エルドは問題なかった。皆無とは言わないが、そうする可能性は十分に低い。まさにうってつけの人材だった。当然オルディンは、今回の作戦を何一つエルドには伝えていない。すべき事のみをお願いしただけだ。そのことも、エルドの行動からロアに違和感を感じさせないことに一役買った。ロアに確たる疑いを持たせず、騙し切ることに成功した。そのための犠牲は、必要経費と割り切っていた。


 オルディンは土煙を上げる建物の残骸へ視線を送り、短くエルドの犠牲を弔った。それが済むと、そこに集結した仲間たちに向けて、大声で指示を下した。


「対象は魔力活性者だ! 無傷とはいかん筈だが、これだけで死んでいる可能性は低い! あそこから這い出しても容赦なく息の根を止めろ! 解ったな!」


 オルディンの命令に、彼らは返事代わりに武器を構えた。瓦礫の周りに十人以上が陣取り、そこを見下ろせる周囲の建物内にも数人が配置されている。瓦礫の下から対象が出てこようと、絶対に逃さず殺し切る布陣を敷いていた。

 それを後方で眺めるオルディンに、同じく隣に立つヤルダンが話しかける。


「いいのか? こんな殺意高く人員を配置したら、相手を殺せても肝心のものは取り損ねるかもしれないぞ」

「良くはないが……そういうのは言っても仕方ねえだろ。相手の実力は未知数なわけだしな。余計な被害を出さんためにも用心は欠かせんよ。まっ、先史文明のお宝が頑丈であることを願ってようぜ」


 計画から実行まで博打要素に満ちた作戦を許容する男の言葉に、ヤルダンは苦笑して瓦礫の山を見守るのだった。




『時代遅れの普通品を使われるとは私も予想外でしたよ。あれは魔力も存在密度もそこらの瓦礫と大差ないですから、私の能力じゃ気付くのは難しいんですよね。例えそんなのが直撃しても、無問題という理由もありますが』

『言い訳はいいから……これをなんとかする良い策はないのか?』


 瓦礫の山に下敷きとなったロアは、その中で四つん這いの姿勢をとって、この状況を打開する方法を相棒へと尋ねた。四つん這いのロアの下では、彼に守られるような形でエルドが倒れている。ロアは魔力強化を使い無傷であったが、エルドは頭部から血を流し、片方の足は瓦礫の下に埋まっていた。光源はないため確認できないが、そこからは赤い液体が染み出していた。


『肉体強化を続けるのも限界がありますしね。それよりその者は見捨てないのですか? 彼を助けても現状からの好転には何の影響もありません。負担が無駄に増えるだけです。そもそもとして、彼はあなたを殺そうとした一味の仲間ですよ。それだけで生かす理由はないと思われますが』

『……こいつも知らなかったっぽいし、助けないと可哀想だろ』


 部屋が崩れ出したとき、反射的に自分の身を守ろうとしたロアは、視界の端でエルドが慌てる姿を捉えた。それを認識した瞬間、ロアは彼を庇うような行動を取っていた。理由は特にない。ただそうしなければと思い、そう行動しただけである。助けた後、つまりは瓦礫を背負った現在においても、その行動は変わっていない。明確に自分を罠に嵌めて殺そうとしたなら別だったが、ロアの思う限り、エルドにそういった兆候は一切見られなかった。だから見捨てるには個人的にきまりが悪かったし、実利とは無関係にそうしたくないと思っていた。


『まあ、言っても今更なのでそれは良いです。それより事態の改善ですね。大まかな方針は決めておきましょう。外にいる人間は皆殺しでいいんですね?』

『……ああ』


 ペロからの確認に、ロアは少し溜めてから首肯した。何も知らないエルドは助けたが、知っててこちらを殺そうとする者たちに与える情はロアも持ち合わせてはいない。危惧されるのはレイアやロディンたちとの関係であるが、そうなるならそれは仕方ないと割り切った。

 どのみち後戻りする選択はない。ことここに至っては、自分か相手か、一方が死ぬまで殺し合う以外に道はない。選んだのは自分ではない。切欠を作り引き金を引いたのは、どちらも相手の方だ。躊躇う理由は何一つない。


『ならさっさと息苦しいここから脱出しましょうか。私の住処よりも比べることなく窮屈ですから』


 ペロの指示を受けたロアは、瓦礫が崩れないよう慎重に身動ぎしながら、腰に装着してある魔力収束砲を取り外す。そしてそれを手に持つ前に、服のポケットから再生剤を取り出した。


『貴重な薬品をまた他人に使って……あなたならそうするとは思いましたがね』


 ペロの苦言も無視して、ロアはそれをエルドの口の中にねじ込んだ。気絶しているエルドがそれを口に入れられ苦しそうに呻くが、高い薬を吐き出されたくないので、強引にそれを口の奥に突っ込んだ。エルドの唾液で手が汚れるが、顔をしかめて我慢した。

 相手が再生剤を飲み込んだのを確認すると、ロアは口から手を引っこ抜き唾液を服で拭った。そしてその手で収束砲を掴むと、一方向に砲口を向けた。


『中一日で限定解除ですか。これはこの武器が壊れるのも早そうですね』

『……今はそれ言うのやめてくれ』


 殺し合いをする前に、やる気が削がれることを言う相棒に苦笑して、ロアは収束砲に魔力を込め始めた。すぐに内蔵されている吸畜器の許容量を超え、更なる魔力が注ぎ込まれる。装備の限界を超えた魔力は発光現象を引き起こし、狭くて暗い空間を眩く照らした。

 ロアは数瞬目を閉じて、意識をそれへと切り替える。これから起こることに、することに対して、己の覚悟をしかと定める。

 大きく息を吐き出し、やがて瞼を開いたロアは、手に持つ収束砲のトリガーを引いた。瞬間、解放された膨大なエネルギーが暗く閉ざされた空間を吹き飛ばした。瓦礫が舞い上がるのと同時に、ロアはその場から飛び出した。

 殺し合いが始まった。




 与えられた自室。見慣れた天井を見上げて、レイアは目を覚ました。

 時刻はすでに朝というには遅れている。普段はそれほど遅起きということもないレイアだが、今日に限っては違っていた。自室のベッドから体を起こしたレイアは、近くの時計に目をやり時刻を確認すると、また体を寝台へと横たえた。


「あと四時間か……」


 ポツリとそう呟く。その時間が意味する理由こそが、レイアが朝寝をしていた原因だった。一昨日グループの一員であるロディンから、ロアが自分に会いたがっているという話を聞かされた。話しを聞いたレイアは、一にも二にもなくそれを了承した。挙句にロアと連絡を取れるロディンの端末を奪い取ろうともしたが、流石にそれは本人とカラナに止められた。少しだけ不満はあったが、直接会って自分の端末と連絡先を交換すればいいかと納得した。

 ロアが自分と何を話したいのか。その内容までは教えてもらうことはなかった。だからそれも含めて、レイアはロアと会う時間が楽しみだった。レイアという少女にとって、彼は今でもヒーローだった。


 いつまでもそうしていても仕方ないので、レイアは体を起こしてベッドから降りた。そのまま自室を出て、食堂に行くことを選択する。

 オルディンのグループでは、男女の暮らす領域は完全に分かれている。唯一恋人同士なら同室も許されるが、その場合も男女の領域から離れた部屋が充てがわれる。これはこのグループに所属する上で、守らなければならないルールの一つだった。しかし男女共用の施設自体は多い。食堂もその一つだ。グループの幹部や手を離せない仕事がある者なら、自分の部屋や作業部屋に食事を持ち込むことも可能だが、基本的に全員が同じ空間で食事を摂らせるように決められている。これには身内の結束感を高める以外に、面々の顔合わせや情報交換の場としての意味も込められている。探索者を生業とするメンバーにおいて、死は日常に取り巻いている。遺跡に赴きモンスターと戦う以上、絶対の生還が約束されることはあり得ない。ある日突然見知った顔を見なくなることも珍しくはない。それを食堂という共用空間で各々が共有する。そのため食事中であっても、積極的な会話が推奨されている。誰かが会話しているなら、別の者がそれにそば耳を立てるのもしょっちゅうとなっている。

 遅れて食堂に来たレイアは、盆に自分の食事を乗せて空いてる席に座った。現在の食堂は閑散としていてほとんど人はいない。レイア以外には三人いるだけだ。この時間に来ることはないレイアは、こんなに人が少ない空間で食事をするのは初めてだなと考えながら、出来立てのように暖かい朝食を口にした。

 食事をするレイアの耳に、会話する男女の会話が聞こえてくる。


「本当だって。いつもより多い人数でリーダーもいて、それに装備も揃えて行ったんだぜ。あれは絶対何か大物を狩りに行ったんだよ。あれはかなり奥まで行く気だ。もしかしたら中級ランク帯のを狙ってるか、いよいよ壁を越えるための実績稼ぎに出たのかもしれない」

「えぇー、だってそんな話全然聞いてないよ? 普通そういうのって、グループ全体に周知するもんじゃん。私それ聞いてないよ」

「でも俺は確かにそれ見たぞ。今朝のことだから絶対間違いない」

「うーん……あっ、ねぇレイア。レイアは何か聞いてない?」


 自分もそれは初耳だと聞いていたレイアは、振られた話題に困惑を露わにして答えた。


「私もそれは聞いてないかな。それって本当なの?」

「ほら、レイアだってそう言ってるじゃん。あんたの見間違いなんじゃないの?」

「本当だって! というかそんな人数どうやって見間違えるんだよ!」


 大声で自分の発言の正しさを主張する少年に、「俺もそれを見た」と残りの一人が会話に参加した。

 ただ、その青年の主張は少年のものとは違っていた。


「おそらくだが、リーダーたちは遺跡には行っていない」

「なんでそう思うんだ?」

「車両だ。お前が見たという人数が外出したのに、俺はそれを小型のしか見ていない。遺跡に行ったならそれは不自然だ」


 少年が見た人数は軽く十は超えていた。仮に遺跡に行くなら、装備や人員、モンスターの遺骸を運ぶためにも、中型含め複数の車両が出ていないとおかしい。

 そう指摘されて青年の主張に呻く少年だったが、すぐに反論を見つけた。


「他の連中は乗り合いで行ったんじゃないか?」


 それにも青年は首を振って否定する。


「他にも不自然な点はある。リーダーを含め幹部連中だけならともかく、今いない面子の中にはEランクやFランクの奴らまでいる。そいつらも帯同したとして、いくらなんでもそんなメンバーを集めて遺跡に行くのは明らかにおかしい。大仰に装備を整えたというのもそうだ。俺にはリーダーたちが、この都市の有力者と会談か、武力交渉に出向いたとしか思えない」


 武力交渉という言葉を聞いて、レイアの鼓動が少しだけ跳ね上がる。オルディングループは成り上がりのため、友好的な組織は決して多くない。それなりに有名なグループと敵対しているという話もたまに聞く。もしそのような組織との抗争になれば、このグループの拠点にも相手側からの襲撃がかかるかもしれない。自分も場合によっては参戦することになるかもしれない。

 レイアや他の二人までもが抱いた想像を、青年は苦笑しながら否定する。


「だがそれもないだろう。それにしては付いて行ったと思われる奴に緊張感が薄い気がした。俺はその中の一人と前日に会っていたが、そいつにはまるで気負った様子がなかった。それどころか、今回の仕事が終われば自分は幹部になるとか息巻いてたくらいだ。あの馬鹿がグループ幹部なら俺は都市長だと笑ったがね」


 それで話は終わりだと、その青年は自分の盆を片付けて食堂から出て行った。レイアもそれに続いて食堂を出た。出払ってるメンバーが多いと聞いて、通りで人気が少ないなと感じたレイアは、次に共用の雑談スペースへやって来た。そこで運良く見つけた人物に話しかけた。


「ねぇサラ。今日のことで少しロアと話したいから、あなたの端末を少し貸してもらえない?」


 自室ではなく雑談スペースで自分の情報端末を弄るサラに、レイアは話し掛けにそう頼んだ。


「えー、それは無理だよー」


 しかし、顔を上げたサラはその頼みをあっさり断った。相手の対応にレイアの眉間に少し皺が寄る。


「いやいや、そういうんじゃないってほんとに。普通に繋がらないんだよ」


 レイアのムッとした表情を見て、サラは慌てて言い訳を口にする。サラは一昨日、レイアにロアと連絡先を交換したのを自慢して、彼女から怒りを買ったという事情があった。そういうわけで、レイアの前でロア関係の弄りは禁句だと学んでいた。

 サラの言い訳に、レイアの感情が不機嫌から怪訝なものに変化する。


「繋がらないってどういうこと?」

「どうもこうもそのまんまだよ。昨日はちょくちょく出てくれたのに、今日はまだ一回も繋がらないの。さっきからメッセージも送ってるのに、それに対しても返信ないんだよ」

「……」


 サラから聞いた内容に、レイアは無意識に顎に手をやり考え込んだ。ロアと連絡を取ってるサラに思うことがないでもなかったが、生じた違和感に比べれば些細なことである。


「お風呂にしては長いし、持ち歩かないで出かけてるとか? それとも何かトラブルに遭遇してるのかな。実は誰かに襲われてたり……って流石にそれはないか。レイアはなんだと思う?……ってあれ? レイア?」


 いつのまにか自分の側からいなくなってる少女に、サラは首を傾げてから手元の端末に視線を戻した。




 同じ頃、拠点内の通路を険しい顔をして歩くカラナの姿があった。彼女はいつになく難しい顔を作り、拠点内の通路を進んでいた。

 カラナは苛ついていた。自分がどうしてそこまで苛つくのか、それも理解できないほど苛ついていた。理由はあった。それでもここまで苛立ちが募る理由が見当たらなかった。いや、見つけたくはなかった。それを直視すれば、向き合えば、自分はそれを認めたことになる。自身の意地のためにも、唯一の親友のためにも、それを認めることだけはできなかった。それだけがカラナのプライドだった。

 カラナはレイアの自室を目指した。一度自分が食堂へ行った時には、まだレイアの姿は確認できなかった。それからカラナは所用のためにあることを調べ、それが済んでからレイアを探していた。探さなければならなかった。少なくとも今日一日だけは、彼女が下手な行動を起こさないよう、自分が張り付いていなければならなかった。

 レイアの居室へと着いたカラナは、そこの扉をノックする。それから数秒経って、中から反応がないのを確認すると、ドアノブに手をかけた。意外なことに鍵はかけられてなかった。カラナは迷わず寝台のある方へ向かった。だが、そこに求める人物の姿はなかった。

 既に起きて食堂の方へ向かったのかと思い、カラナもそこへ移動することを決める。部屋から出た彼女は、食堂の方へ行こうとして、ちょうどそこに一人が通りかかったので念のために聞いた。


「レイアを見なかったか? 今部屋を覗いたらいなかったが、どこかで見かけたなら教えてほしい」


 ダメ元で聞いたカラナだったが、相手は彼女の求める答えを知っていた。


「レイアならさっき見かけたよ。なんかすごい急いでる様子だったけど」

「なんだと?」


 その発言が示唆する内容に、カラナの表情が僅かに強張る。


「それはいつのことだ?」

「うーん……多分、十分くらい前じゃないかな」


 それを教えてくれた者に手早く礼を述べて、カラナはそこから足早に移動した。その表情は、数分前より険しいものに変化していた。




 瓦礫から飛び出したロアは、自身を囲んでいるうちの一人に接敵すると、素早くブレードを抜いてその者へ斬りかかった。ロアは瓦礫の中で埋もれている最中に、自分が完全に包囲されていることを把握していた。相手が二十人以上で取り囲み、全員が武器を構えていることも。

 いくら魔力強化を使え、ペロのサポートを受けているロアであっても、それだけの銃器や魔導装備の集中砲火を浴びて、無事でいられるとは思えなかった。だから早い段階で敵の懐に踏み込み、相手に同士討ちを誘発かつ攻撃を躊躇させつつ、その数を減らそうと考えた。

 運悪く最初の犠牲者に選ばれたその者は、ロアが振るったブレードにより、攻撃する間もなくあっさりと首を断ち切られた。首が落ちるのも確認せずに、ロアは即座に地を蹴った。そのまま最も近くにいる次の標的へと疾駆する。一瞬で仲間を一人殺される。動揺から、次の標的も満足に動くことはできなかった。

 相手に戦意がなかろうと、今更振るう手を止めはしない。抵抗の機会を与えず、迷わず殺しにかかった。

 二人目をブレードによる刃先で突き殺す。心臓を貫いた刃を抜くと同時に、ロアは今いる場所から飛び退いた。一瞬前までいた場所に大量の銃弾と魔術が炸裂する。ロアの攻撃で即死した者の体は、それでバラバラになって吹き飛ばされた。

 ロアは引き伸ばされた時間の中で、攻撃が飛んできた方向へ視線を向ける。その中に、少し前に会話をした男の姿を確認した。それを視て目を細めると、素早い動きで付近の建物の影へと隠れた。




「……やられたな。まさか建物の下敷きになってあそこまで動けるとは。誤算だった」


 生じた自分の計算外に、失態を犯したとオルディンは唇を噛んだ。当初の予定はこれで完全に崩れ去った。策は失敗。相手は万全。数の有利もアテにはならない。もはやこれ以上続けるべきか、それを考え直すほどの状況となった。


「ここで引くとして、謝ったらあっちも許してくれねえかな?」

「それは無理だろ。問答無用で引き金を引いたのはこっちの方だ。逆の立場ならお前はどうする?」

「そんなの皆殺しにするね。許す理由がない」


 オルディンからの簡潔な答えに、ヤルダンは「そういうことだ」と笑って言った。二人はこの状況でも別に悲観などしていなかった。仲間が早々に二人殺されたのは予想外だったが、言うなればそれだけのことである。この計画を企て実行すると決めたときから、それはもう織り込み済みのことだ。犠牲なしに何かが手に入るとは全く思っていなかった。


「想像以上に被害は大きくなりそうだが、それはつまり戦果もそれだけ大きくなるってことだ。犠牲とその補填に関しては、全部終わってから考えようか。今は奴を確実に仕留めることに集中しようぜ」

「ああ」


 計画は失敗に終わっても、引くことは選択に入らない。なぜなら賽は投げられた。あとはもう何かを得るか、全てを失うか。それ以外に道はない。グループとして成り上がると決めた瞬間から、これがオルディンたちの生き方となっていた。

 ヤルダンが同意した瞬間、一人の悲鳴がその空間に響き渡った。直後に爆発音が轟く。仲間を配置した建物の一つから火の手が上がる。それを目にして、二人は雑談を終わらせ戦意を強くした。

 本格的な殺し合いは、こうして始まりを迎えた。

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