第16話 救援
瓦礫に埋もれていた旧時代の金庫から新しい武器、
『お? この反応は……違うな。誰かこの先で戦ってるみたいだ』
ロアの感知圏内に、複数の人間らしき存在とモンスターらしき存在が戦闘している情報が入り込んできた。両者は互いに複数であり、人とモンスター、全部を合わせた反応は軽く二十を超えている。いらぬトラブルに巻き込まれても面倒なので、ロアはその戦闘範囲を迂回することにした。
なるべく大きく距離を取り、戦闘地帯を避ける。存在感知で戦闘の推移を見守っていたロアは、その戦いに少し違和感を覚えた。
『んん……? これは……』
『どうやら苦戦しているようですね』
ペロの言った通り、この先で戦っているらしき人物たちは苦戦しているように見受けられた。数人がかりで攻撃を続けているが、それでもモンスターはなかなか減る様子がない。それどころか、少しずつ数が増えているようだった。
遠くないうちに両者の均衡は崩れ、人間側が数的有利を得たモンスターに蹂躙される。その結末が訪れるのは時間の問題に思えた。
『おや、一人やられましたね。ここまででしょうか』
観戦者気分のペロが無情に言う。実際戦っているうちの一人が攻撃を受けて倒れた。運が良いのか悪いのか即死せず、まだ息はあるようだったが、戦いの趨勢はそれでほぼ決まってしまった。
明確に形成不利となったことで、戦闘している者たちはようやく撤退へ舵を切った。まだ無傷な三人が殿のような形で敵を引きつけ、一人が負傷者を抱えて守られながら退避する。戦闘に関する戦況判断はお粗末に思えたが、逃げるのに関してはそれなりだとロアは感じた。
『撤退を決めたのは懸命ですが、こちらに来るのは問題ですね』
その探索者たちが撤退の進路に選んだのは、ロアがいる方向だった。離れた位置から成り行きを見守っていたが、こうなった以上高みの見物とはいかない。数十秒後には接触する事実に、戦う覚悟か逃げる準備を済ませる必要が出てきた。
その決断を、ロアはこうなる前に決めていた。相棒の決意を感じ取ったペロは、不思議そうな声音で尋ねた。
『もしかして、助けるんですか?』
ペロにとっては純粋な疑問であったが、その言葉に決断への責めが含まれていると感じたロアは、少し体を硬くした。
『……お前は反対なのか?』
『ロアの決めた選択に反対はしません。ですが、そうするだけの利点があるのか疑問なだけです』
それを聞き、非難の意思が込められていないことを知ったロアは、体の硬さを和らげる。そして、ふっと口元に笑みを浮かべてみせた。
『なら、あいつらから何か貰えるか、ペロの方で祈っといてくれ』
そう言って、すぐそこまで迫っている探索者とモンスターの位置を把握したロアは、手元の武器を確認してそこへ向かって飛び込んでいった。
「クソッ! こいつら倒しても倒しても全然数が減らない!」
「そろそろ弾が切れるぞ!」
「魔術符は一枚くらい残ってないのか!?」
「もうとっくに全部使い切ってるよ!」
殿を務める三人は手に持つ銃の引き金を引きながら、戦闘音にかき消されないよう必死に声を荒げていた。その後方では守られるようにして、一人の人物が負傷者を背負って懸命に歩を進めている。しかし努力の甲斐虚しく、モンスターの接近に比べてその歩みは非常に遅いと言わざるを得ない。状況は悪化の一途を辿っている。
前方の戦闘状況を瞬時に把握したロアは、走ったまま息を吸い短く叫んだ。
「助けに来たぞ!」
張り上げたその声に、最も後方にいた人物が顔を上げる。ロアはそれには全く取り合わず、そのすぐ横を強化された身体能力で駆け抜ける。
後方で困惑の悲鳴が上がるのも気にせず、モンスターと対峙している三人に接近した。
「助けが来たのか! ……ってガキじゃねえか!?」
「そいうのは後にしてくれ」
文句も異論も聞く気はないと、ロアは三人の横に並び立った。そして魔力を込めながら両手で魔力収束砲を持ち、前方へと構えた。
魔力が吸われるという独特の感覚を味わいつつ、丁寧に照準を合わせる。そして最も近い位置にいるモンスターに向けてトリガーを引く。引いた瞬間に発射された魔力弾は、試し撃ちした際よりも明らかに色濃い気配を漂わせ、狙い違わず標的へ着弾する。当たった瞬間に、モンスターは強い衝撃を受けたように吹き飛ぶ。機械型のボディを構成していた部品が、バラバラとなって周囲に散乱する。
一撃で機械型モンスターを半壊させた威力に、ロアは驚きを感じる暇もなく、ペロの指示に従い次の標的へ狙いを合わせる。発射と発射の間隔に数秒のリロードを挟むものの、リロードの間に照準を定めて、次々とモンスターを倒していく。その光景に他の三人の探索者は呆気にとられるも、残り少ない銃弾を使って自分たちも必死に応戦する。ロアが参戦してからものの数十秒で、見事に戦況はひっくり返っていた。
それでもロアを含めたこの場の人物には、戦況に対する明るさは全く生まれなかった。
「クソっ! こんだけ倒してんのになんで減らないんだよ! どんだけいやがるんだ!」
既にロアがこの戦いに参戦してから、倒したモンスターの数は二十に迫ろうとしている。にもかかわらず、奥からモンスターの群れが湧き出ることが収まる様子はない。明らかに異常な事態だった。
『なあペロ。なんか敵の数多すぎないか? それに全部同じような形してるし、これってどうなってるんだ?』
必死な形相で応戦する三人とは異なり、ロアにはモンスターを倒しながら雑談に興じる余裕があった。異常ではあるが、言うなればそれだけでしかない。別に形成が不利でもないため、ロアは特に悲壮感を漂わせず、相棒へこの不可解に対する疑問を投げかけていた。
『そうですね。この状況に合致するケースとしては、元々の数が多いか、奥で順次新たな生産活動を行なっているか、または倒されたものを再利用しているかのどれかですね。おそらくは三番目のタイプでしょう』
『へー、色んなのがいるんだな。ならこいつはどうやって倒すんだ?』
相も変わらず物知りのペロに感心しながら、対敵しているモンスターの攻略法を聞いた。
『このタイプは上限の総数は決まっています。なので再生産が追いつかないスピードで殲滅するか、司令塔となっている親機を直接攻撃して破壊するのが有効ですね』
『司令塔?』
モンスターにも指示を出す存在がいると聞いて、ロアは怪訝な面持ちになる。しかし実際に群れを作っているのだからそういうこともあるだろうと、その事実を認めて己の意識を切り替えた。
『奥に行って、その司令塔を叩けばいいってことか?』
『はい。感知を広げてみれば判ると思いますが、ここから約120mの位置にそれらしき存在がいます。それに他の者たちが倒した分を放出し切ったのか、いよいよ私たちが倒したものも回収し始めましたね』
『……マジだ。なんだアレ。地面を走る円盤……?』
ロアの視界の先では、倒した機械型のモンスターの残骸に近づいて、それを自らの上部に乗せている奇妙な物体が存在していた。その円盤は辺りに散らばった部品までも、伸びたアームで器用に回収して体内に格納している。部品を回収した円盤は、そのまま荒れた地面の上を滑るように移動して奥へ消えていった。
感心するような気抜けするようなモンスターの姿に、ロアは口を半開きにさせてなんとも言えない顔を作った。
『……なんか変な奴だな。モンスターなのに』
ペロに言わせれば兵器なのだが、人を襲うことに変わりはない。その怪物らしからぬ姿に、ロアは困惑と戸惑いの混じった感想を抱いた。
「弾が切れた! 予備はもうないのか!?」
「あったら使ってる! こっちもとっくに弾切れだから!」
「チッ! ようやく終わりが見えてきたのに……!」
前に出ようとしていたロアは横で戦う三人の会話を聞いて、いろんな意味で頃合いかと判断する。誤射される心配が消えた戦場で、収束砲のトリガーを引く手を止めた。
「……お前も魔力が切れたのか? だったらちょっとそれ貸してくれ。こっちはもう弾切れで、戦う手段がナイフくらいしかない。お前のその武器があれば……って、何してんだ?」
ロアが収束砲を撃つ手を止めたことで、魔力が切れて使えなくなったと判断した一人が、武器を渡すように要求した。しかしロアはそれを聞き流して、腰に差した鞘からブレードを抜いた。
突然のロアの行動に、話しかけた人物は困惑を声に出す。それには取り合わず、右手に強化ブレードを握って左手に魔力収束砲を持ったロアは、その人物と残りの二人に向かって言い残すように告げた。
「これから奥にいる親玉を倒してくるから、お前らはここで自分の身を守っててくれ」
それだけを伝えて肉体強化を行うと、左手に握る収束砲へ魔力を込め始めた。それと同時に地面を蹴り出したロアは、十数メートル先にいる敵に接近し、右手のブレードを振るった。魔力で強化された肉体と刃の相乗効果は、硬い金属質のボディをあっさりと切断する。刃を振り抜いたロアは、その体勢のまま感知で敵の位置を捕捉すると、魔力が溜まった収束砲のみをそちらへ向けてトリガーを引いた。発射された魔力弾が、空気の抵抗も意に介さず真っ直ぐに飛翔する。魔力弾が直撃したモンスターは、これまでの例に漏れず、ボディを損壊させて動きを停止させた。結果を目視で確認することもせず、ロアはさらに先へと走り抜ける。
途中、数の減った少ない生き残りを確実に屠りつつ、ロアは百メートルを超える距離を二十秒足らずで走破した。そしていよいよ、敵の親玉となるモンスターの姿を至近に捉えた。
『割とでかいな……』
相手の姿を間近で確認したロアは、その大きさに少し気後れする。単純な高さだけでも、自身を超えるほどの大きさがあった。重量に関しては、間違いなく自分の体重を超えている。
縦に長い丸まったボディからいくつものアームを伸ばして、目の前のモンスターは破壊された機械の残骸を回収している。そして修復が完了した機械を、新たに後方部分から吐き出していた。
相手の大きさから近付くのは嫌だと考えたロアは、収束砲を使って遠距離から倒すことを決めた。
『どうせなら、負担をかけない最大威力で攻撃しましょう。長引いても魔力を無駄にするだけです』
相棒から提言を受けたロアは、再生産されたモンスターを右手のブレードで薙ぎ払いながら、遠慮なく左手に持った収束砲へ魔力を込めていく。やがて最大チャージされ、これ以上は込めきれないと判断したところで、今なおモンスターを生み出す目の前の敵に狙いを合わせ、トリガーを引いた。
収束砲から飛び出した青白い魔力の塊は、淡い輝きを保ったまま高速で敵へと飛来し、相手のボディを撃ち抜いた。純粋な魔力の塊は、着弾した瞬間に内包したエネルギーを一気に解放すると、直撃した対象へ容赦なく衝撃と破壊を与えた。大きな音を立てて、頑丈なボディを凹ませた。
内部機構の部品を露出させたモンスターが、受けた衝撃により大きく仰け反る。ただ高度な自立機能により、倒れることだけは回避していた。
最大威力とはいえ、ただの一撃で丈夫な金属の装甲を破壊した新武器の威力に、ロアは素直に驚愕した。
『うおー……すっげえ威力。これほんと凄いな』
『感心するには早いです。まだ敵は倒れていませんよ。確実に破壊しましょう』
生体型より機械型のモンスターの方が、その特徴からずっとしぶとい。そう教えられたロアは、相手が完全に動作を停止させるまで、念入りに破壊することを試みる。魔力の再充填のため、数秒の間隔を空けて、最大まで溜まった瞬間に再びトリガーを引いた。
放たれた魔力弾は、未だ攻撃を受けた衝撃から立ち直れていないようにも見えるモンスターに、狂いなく着弾する。一度目の攻撃で装甲が破壊され無防備になった箇所に、二発目が当たる。それによりモンスターのボディは完全にひしゃげて、後方へと吹き飛んだ。そして派手に音を立てて、今度こそ地面に倒れ込む。それを視覚で捉えて、さらに魔力による存在感知でも確認したロアは、目の前のモンスターが完全に停止するのを見守った。
程なくして、ロアの存在感知でも、モンスターの確実な死を確認できた。
『ふぅ……なんとか倒せた。でも思ったよりも楽に倒せたな』
子機との戦闘や消費した魔力の量を考えれば、今までで最も苦戦した相手になる。だがロアの感覚では、狙いを定めてトリガーを引くだけという、最も楽な戦闘であった。相手の数や大きさが見掛け倒しだったのも、抱いた感覚に関係していた。
『攻撃手段も大したことなかったし、厄介さを除けば普通に弱いか?』
自分や他の探索者はバンバン魔力や銃を使って攻撃していたのに、相手のモンスターは一切飛び道具を使わず、刃物ですら使用してこなかった。数の多さと修復機能は厄介であったが、取り付かれさえしなければ大した問題はなく、攻撃性能自体は非常に低いとロアには感じられた。
旧時代の兵器もあまり大したことがないのかと、ロアがそう思いかけたところで、ペロがその判断をあっさりと否定する。
『それはそうですよ。これは別に戦闘型というわけではありませんから』
一瞬意味を理解できなかったロアが、発言の意味をなんとなく咀嚼して問い返す。
『それってどういうことだ?』
『どうもこうもそのままの意味です。今のは対人制圧を目的とした警備用の機械であり、私の時代では非致死性兵器に分類されていました。治安維持用の武力です。ちなみにロアが今まで倒した旧時代のものはみんなそうです』
『……』
今度こそ完全にペロの発言の意味を理解して、ロアは呆然としたまま沈黙する。やがて得た情報を正確に処理することに成功したロアは、再起動してから今しがた聞いた内容に対して疑問をぶつける。
『めっちゃ攻撃的だったけど?』
『プログラムが無差別殺傷モードに書き換えられていたんでしょう。こんなご時世ですから』
『……倒しても復活していたのは?』
『自動メンテナンス機能ですね。それが悪い方向に作用したのでしょう。全自動玉砕アタックです』
聞かされた内容に唖然として物も言えないにロアへ、何かを確信したペロが明瞭とした口調で告げる。
『私は今の戦闘と警備機械を見て、ある事を確信しました』
『……一体何を?』
『はい。それは当時作られた様々な設備が、現在において今なお稼働中であるということです。そうであるなら諸々のことに納得がいきます』
ボケーっと聞いていたロアは、発言の意味を理解して不思議そうにする。
『いや、それは当然じゃないか? だってこうしてモンスター……じゃなくて兵器? がたくさんいるんだから』
『そういうことですが、私の言いたいのはそういうことではありません』
意味のわからない発言をする相棒に、いよいよ頭がおかしくなったのかとロアは思う。
気にせず続けたペロが、話の核心を述べる。
『千年以上前の施設が現在でも稼働して、今なお機能を新しく更新しているという意味です』
『はあ……?』
変わらず理解が及ばないロアは気の抜けた返事をする。それに構わずペロは続ける。
『私は疑問だったのです。確かに耐久性に優れ、千年もの長期間動作を可能としても、それはあくまで一部のものに限られます。そして以前言った通り、そんな一部の強力な兵器のみが残っているならば、探索者なるものが成立する筈がありません。ですから生産施設が今も生きているだろうことに関して疑いはありませんでした。それはロアがこれまで倒したような、弱い自動守護存在が今日まで当たり前に存在していることからも、確定していると言っていい事実です』
『……』
『問題は、先日ロアが抱いた疑問でもある、拡錬石についてです。出会った頃に伝えた通り、私はそれについての知識を有していません。だから拡錬石とはロアが言ったように、この時代でモンスターと呼ばれる存在固有のものである。そう疑いませんでした。実際に実物を見てみてもそれは変わりませんでした。しかし、私の時代の兵器にもそれが内蔵されているというのなら話は別です。拡錬石とは、私が存在も知らないモンスターが持つものなどではなく、当時の兵器だったものが、千年という期間で新たに獲得した機構の一種ではないか。そう考えるようになりました』
ペロが話す間、ロアは黙したまま真剣な表情で聞いていた。この話をしっかり聞いていなければ、この先なにか致命的なことになるかもしれない。それを無意識に感じ取っていた。
『先ほど倒したモンスター。私はそれを兵器ではなく警備機械と呼びましたね。しかし本来の警備機械には、あのような無差別な殺傷攻撃状態はプログラムされていません。先に言った通り、そうなった原因は元々のプログラムが書き換えられたからです。それも生産時点にです。それの意味するところは、その機械を生産した施設が自己進化を果たしたか、外部からの介入を受けたか以外にあり得ません。そして私は、それを前者だと考えています』
そう結論付けたペロは、この話をそこで終わらせた。
そして、醸し出す雰囲気を真剣なものに正すと、憂慮と懸念を込めた口調で重々しく告げた。
『気をつけてくださいロア。この時代に存在する旧時代を由来とする兵器は、私の知識と想像を遥かに超えてくるかもしれません』
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