第19話 重なる予想外
配信活動を初めて4日後。
『ルインズ・アトリエ:登録者数4万人』
その数字を見て私は頭を悩ませた。
「……どうしてこんなに伸びているんだ?」
いやまあ、理由は分かっている。これまでの経緯を思い出してみよう。
まず、初配信は正直言ってそこまで伸びなかった。一番多かった時で20人だった。
これはひとえにルインさんの宣伝不足が響いたのだろう。なにせSNSのアカウントを作っていなかったのだから。
次の日からPCでSNSのアカウントを作って宣伝を始めたが、案の定鳴かず飛ばず。多少は登録者数も増えたが「有名」とか「流行りの」と言うには少なすぎる数字だった。
ルインさんの活動内容はゲーム実況。
今やっているのは最近流行りのバトロワ系FPSである。
三人でチームを組み、キャラの特殊能力を活用し、敵を倒しながら円の中心に向かい、最後の1チームになるまで戦う系のFPSだ。
どういう訳かルインさんはFPSが非常に上手かった。理由は「魔法を当てるのより簡単だから」らしい。元の世界の経験がそのままFPSの力に直結していた。
しかしそれだけだとただの「FPSが上手いケモミミ美少女ストリーマー」だ。
……ただの、というには少々おかしい気もするが、それ程度じゃ今は目立ちもしない、没個性だ。
伸びたのはここからだ。
一日10時間、勉強と食事と睡眠と風呂以外の時間を全てFPSへと費やしている内にいつの間にか上から3番目のランクになっていたルインさんは配信中、とある人とたまたまチームを組んだ。
登録者数30万越えの有名FPSストリーマー「
TIVAは顔出しをしておらず、配信の時は左下にアバター代わりの鶏の画像が置かれている。チャンネルのアイコンも鶏なので、何かしら思い入れがあるらしい。
TIVAとルインさんはお互い同時に配信をしていたものの当然面識は無く、両方とも最初は相手のことを話題にせず、アカウント名を見て「あっこの人も配信者なんだ」とかその程度の認識だった。
いつも通りつつがなくキャラ選択画面に移行し、たまたま出会った知らない人は「サーチャー」を即選択、TIVAは「バンシー」、ルインさんは「パニッシャー」を選択した。
ここで少しキャラについて説明を挟もう。
ルインさんのプレイするそのFPSが気になり、用語や名前などを少々インターネットで調べてきた。
サーチャー:アイテム探知が得意。アイテムに乏しい序盤を支える重要なキャラ。また、透明化能力(弱点アリ)を持っているため奇襲にも向いている。
バンシー:音による支援・妨害が得意。特に周辺の全ての音を2秒遅らせるウルト(いわゆる必殺技)「ディレイ・ソング」がいぶし銀の活躍を果たすらしい。
パニッシャー:超玄人向けキャラ。能力の全てが火力に全振りされており、自己防衛能力に乏しい。ウルトは当てにくい代わりに超強力。
このまま、いつも通りに試合が始まる。
そう思われた矢先にトラブルが発生した。
知らない人が試合開始直後に抜けた。
つまり、3人1組のはずが2人1組で戦わされることになったのだ。
『えー……パニッシャーと一緒かよ、きっつ。まあ頑張るかぁ』
TIVAがそう不平不満を漏らしたのも仕方が無い。パニッシャーは前述のとおり自己防衛能力に乏しいため他のキャラよりもプレイヤースキル、特にエイムや立ち回りなどの基本的なスキルを求められるのが理由だ。
たまたまチームを組むなら、もう少し安定したキャラを使ってほしいと思うのが人間心。パニッシャーは使用者の上振れと下振れが激しいキャラなため、運が悪いと全滅の起点になりかねない。
お互いの視聴者も最初はお通夜ムードだった。「パニッシャーとか終わったな」とか「二人はきつそう」とか「ルインたん可愛い」とか「ルインたんハァハァ」とか……後ろのはただの変態か。気にしないで良し。
飛空艇から飛び降り、地上に落ちている箱から武器を手に入れ、別部隊と遭遇。幸い相手はまだ武器を見つけておらず、TIVAが二人、ルインさんが一人倒した。
『このパニッシャーうっま、あの右曲がりでロングショット決めるの、俺には無理だな~』
ちなみにこの「右曲がり」とはゲーム内に登場するハンドガンのことだ。
火力は高いのだが弾速が遅く重力の影響を受けやすいためロングショットには向かない。それどころかバグでスコープを覗くと命中の判定が微妙に右にズレるため、頭を狙うと腕に当たる始末。故に「右曲がり」と呼ばれている。無論、近接で使う場合はその限りではない。
ルインさんはエイム能力が常人よりも非常に優れているため、右曲がりでも命中させることが出来る。実に変態的な命中精度でTIVAの視聴者を唸らせた。
そして、次に唸らせたのは、パニッシャーのウルトが溜まった時だった。
パニッシャーのウルト、「エクスキューション」は――特製のスナイパーでヘッドショットした相手を強制的にキルする、非常に強力なウルトである。
このゲームはHPがゼロになるとダウン状態に入る。しかしエクスキューションはダウン状態を飛ばし、すぐさまキルする。
これだけ聞くとパニッシャーというキャラが最強のように思えるが、このウルト、問題点が多すぎる。
凹型のアイアンサイト。
発動時に視界内の敵を選択する必要がある。
選択した相手からバレる。
構えてる間は動けない。
構えてから10秒以内に撃たなければならない。
即着弾じゃない。
一応、即死以外にも強いところはある。
障害物を貫通するところ、頭以外に当たった場合は防具を破壊するところ、真っ直ぐ飛ぶところ……あとスナイパーのデザインがカッコいい。それくらいだ。
当たれば最強。つまるところ「パニッシャーのウルトはロマン砲」とネットには書かれていた。
「こんなものを常用できるのはパニッシャーの専門家か変態エイムの持ち主のどちらかだけだ」と、ネットではそう言われている……
ルインさんは、両方だった。
専門家であり変態エイム。
試合開始から一発目のエクスキューションを、構えて2秒後のクイックショットで頭に命中させる。
『うっわ! このパニッシャー、エグすぎだろ! 処刑スナなんて俺でもヘッショ無理だぞ……すげぇー』
試合中盤、二発目のエクスキューションも頭に命中し、即死。
『マジかよ、二発目もっ!? プロでもヘッショ率3割ぐらいだってのに……ガチガチの変態パニッシャー専発見したわ。めっちゃやべぇな』
5分後、三発目のエクスキューションも頭に命中したところでTIVAは完全にドン引きしていた。
『これ、チーターじゃないの?』
終盤、四発目のエクスキューションでゲームセットとなり、TIVAの配信は別の意味でお通夜ムードになっていた。
TIVA側の視聴者数は5,000人ほどで、チートを疑った層が配信終了後、ルインさんのSNSアカウントと配信のコメント欄を引くほど荒らした。
「どうなっているんだぁ~……」とルインさんが涙目になっていたのはつい二日前のこと。
そうして昨日、ルインさんは「【釈明】」とタイトルに付け、生配信を始めた……格好のエサに跳びついた正義系視聴者約800人であったが、しかし、ぐうの音も出ないほどにチート説は否定された。
手元とPCのディスプレイを直で映しながら配信したのだ。
エイムボット説も、ルインさんの手元の機械染みた緻密な操作精度を見れば陰謀論者でもない限りその腕前を信じるほか無い。
ちなみにルインさんのエイムは一切ブレない。「なんでそんなに手ブレが無いんですか?」と質問が来ていたが、その答えは単純だった。
「吾輩、意識すれば手ブレを無くせるのだ」
本来人間は意識しても手ブレは抑えられない。心臓の鼓動で指先が微妙にブレるのだ。
しかし試しに催眠術をするような感じで紐に吊るした五円玉を親指と人差し指で挟んだが、一切ブレない。回転すらしない。静止画のようにピタリと固定されていた。
ドン引きするぐらいにリアルチートだ。
しかもルインさんのリアルチートはそれだけにとどまらず、「読み」も上手い、「連携」も上手い、「反射神経」にも優れている、「周辺把握」も得意。FPSをする上でおおよそ必要な才能は全て所持していると言っても過言ではない。
釈明配信は予想外なことにネット上で異常なほどに拡散され、高い好評を得た状態、いわゆる「バズった」状態となった。
二試合ほど戦った30分の配信は50万再生を超え、その勢いはまだ留まりを見せず、そしてSNSに無断で上げられた配信のクリップは2万人に「いいね!」され、多くの人に注目されている。
ここまで高い評価を得られた原因の内、考えられるものをリストアップしてみよう。
・ルインさんの一挙一動が可愛いから。
・ルインさんが薄着だから。
・リアルチートな腕前だから。
・ネコミミ美少女だから。
……ううむ、どれも甲乙つけがたい。
ただ、これだけは言える。現在ルインさんはFPSストリーマー界の期待の新人として多くの人間に目を掛けられた。SNSのフォロワーも四桁に突入し、間違いなく流れに乗り始めている。
さて、どうするべきか……“アレ”について考えなければならない時が来るかもしれないな。
◆◆◆
「……考え事中か?」
「ああいえ、大したことではありませんよ」
日中、普通の白ワンピースを着た私はジギナさんと一緒に繁華街の方にやってきた。今日はジギナさんの最後の休暇日だ。ここを逃すと五月中にもう休みは一日も無いらしい。
警察も大概ブラックだな。公務員は全部そうか。
「けど、本当に良かったのですか? 二つ返事で了承してくれましたけど。その……休日ですからお父さんと過ごしたりとかは?」
「父さんは既に警察に復帰した。医者からは『二か月は安静にしてろ』と言われたんだが、大きなヤマだからな……相変わらず仕事熱心な人だ、父さんは」
苦労している風だが内心嬉しそうだ。子どものころからずっと見続けてきた父親の背中を再び目の当たりに出来るのだから、憧れていた身としてはこれ以上の喜びは無いだろうな。
さて、わざわざジギナさんの貴重な休日を使わせてまで繁華街に出向いた理由は、この前考えていた通りスマートフォンの契約だ。そろそろルインさんに渡してもいい頃合いだと思ったものの戸籍無しの私だけでは不可能なため、公務員様のお手を煩わせる必要があるのだ。
ジギナさん名義で契約し、支払いはこちらの口座で行う予定となっており、今はショップ内のソファで前の客が終わるまで待機中だ。
「……ふふっ」
待機中、ジギナさんは右耳にワイヤレスイヤホンを挿して何かの動画を見ていた。クールでダウナーな彼女の頬が綻んでいて普段とのギャップが凄い。
何を見てそんなに微笑んでいるのだろうとぼんやり彼女を眺めていると、こちらの視線が気になったのかチラッと私の方を見た。
「……気になるのか?」
「ええまあ、はい。何を見てるんですか?」
「配信のアーカイブだ。昨日、SNSで『猫』と調べてたまたま出てきた配信者なんだが、その、ああ、なんというか、ええと……すごく、かわいいんだ……」
「へぇ、どういう配信をしてるんですか?」
「FPSだったか? 最近、動画広告でよく見るゲームだ」
ふむ、ルインさんと似た感じの配信者なのだな。
「見てみるか?」
「いいんですか? それならお言葉に甘えさせてもらいます」
もう片割れのワイヤレスイヤホンをこちらの耳に挿し、スマートフォンの画面をこちらの方に寄せてくれた。
『吾輩の目から逃れられると思うなよっ! ……やったー! グッドゲーム!』
……そこには、大変見覚え、聞き覚えのある配信者が映っていた。
『ルインズ・アトリエ:登録者数11万人』
朝見たときからさらに登録者数を増やしている。
配信活動を初めて4日目。
「流行りの」と言わないわけにはいかないラインにまで、彼女の配信活動の知名度は上がってしまった。配信活動を始める前、私が危惧していたことが現実となりそうだ。
そう“収益化”だ。配信活動で収益を得てしまったら彼女は個人事業主ということになり、税務署に目を付けられる……
そのことに頭を悩ませていると、目の前に誰かが立っていた。
「おっ、この前の少女」
その男は、テンガロンハットを被った大男だった。
ああ、そうだった。
私は彼と会っていたんだ。
彼の顔とその隣に立った紺色の美女の顔を見た瞬間、頭の中に渦巻いていたこそばゆい感覚はすっかり晴れ、代わりに息の詰まるような感覚がした。
似顔絵通りの面構えの人間が二人、私の目の前に立っていた。
ルインさんは絵も上手いのだな。写実派の画家としてもやっていけるだろう、だなんて考えていても現実は変わってくれない。
脂汗を掻きながら、私は予想外の出来事に対し落ち着いて対処することにした。
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