第26話入学式

 怒涛の試験が終わった翌日。新たな制服を身に纏い、まだ見ぬ新たな出会いに胸を躍らせて俺は家の扉を開けた。



「じゃあ行ってきます」


「気を付けるのよ? 週末は必ず帰ってきてね? 絶対よ?」


「クロム、沢山勉強してこい!」



 二人とまるで永遠の別れを想像させるくらいの熱い抱擁を交わして俺は学園に転移した。



 この魔剣学園は完全なる全寮制なので週末にしか自宅に帰ることはできないのだ。



まあ、そろそろ両親にも子離れしてもらいたかったし、丁度いい機会である。



 転移が終わり学園の前に現れた俺に声がかかった。



「おーい、クロムっち! おはよう。どう? 似合う?」



 俺に声をかけてきたのはワカツキだった。新しい制服を着て体をくるくる回転させながら、俺に感想を求めてきた。



「おはよう、ワカツキ。相変わらず元気だな。うん、似合っているよ」


「えへへ、ありがと」



 俺の言葉に可愛くはにかんで見せるワカツキ。その後ろからナグモの姿が目に映った。



「おはよう、ナグモ。どうやら遅刻はしなかったようだな」


「いやいや、かなり焦ったわ! イズミが起こしてくれなくて本当に危なかった」



 その言葉の信憑性を出すためか、早朝から汗だくのナグモだった。そのナグモも新しい制服を着て、髪もバッサリ短く切り、更に男らしくなっていた。



「皆さんおはようございます。本日からよろしくお願いします」



 三人で会話をしていると後ろから清らかで温かみのある声が聞こえてきた。この声の持ち主は俺の知る限りでは他に居ないだろうとあたりを付けて振り返ると、そこには皆と同じ制服なはずなのに特別輝いているように見えるシャルルが居た。



「おはよう。シャルル、そのなんだ、とても似合っているよ。すごく可愛いと思う」



 昨日の出来事からシャルルと妙な距離感を感じていた俺は今も無視されるのではないかという恐怖心に打ち勝ち、シャルルに感想を述べていたのだが、その言葉を聞いたシャルルはまるで、ボン! と音が聞こえるような勢いで顔が真っ赤になっていた。



「むー、クロムっち! 私の時と感想が違うじゃん」


「そんなこと無いぞ? お前も可愛いって」



 四人が集まり、他愛のない会話をしていると、そこにもう何故だか恒例になっているが俺の背後から殺気を感じて後ろに振り向くと、入学早々短剣を忍ばせたルイネがそこに居た。



「はぁ、お前は普通に挨拶できないのかよ!」


「私の目標は貴様に気付かれずに卒業までに貴様を暗殺することだ」



 挨拶ではなく、なんだか恐ろしい目標を宣言されてしまった。



「クロム、準備はできていますか?」


「ん? 何をだ?」


「はぁ、あなたは資料やこの学園の歴史を調べないんですか? この学園の入学式には伝統行事があるんですよ?」


「ほぉ? 全く知らん」



 俺の言葉に四人は盛大に溜め息を吐いていた。え? そんなに呆れられる?



 その伝統行事とやらの詳細が掴めないまま、入学式が始まった。



 入学式が進行していく中、ふと俺を呼ぶ声が聞こえてきた。呼ばれるままその場に行き着くと、何やら新入生代表として答辞を述べねばならないらしい。そんなことをいきなり言われてすんなり出てくるほど俺の頭は良くない。これが、魔法理論や歴史についての解説とかなら、たぶん一生話ができるんだが……。



 俺がその事実に戸惑っていると、そこにシャルルが現れ、一枚の封筒を渡してきた。



「もう、あなたはそんなことだろうと思って、今答辞の言葉を書いておきました。これを読めば大丈夫でしょう」


「シャルル……。いや、天使様。ありがとうございます! この恩は一生忘れません」



 いや、ほんとシャルルって本当に天使じゃないの?



「頑張って読み切ってくださいね! 今二年連続失敗しているみたいなので」



 失敗? 文字を読むのに? 馬鹿なの? よくそれでこの学園の主席が成り立つな、などとこの時はシャルルの言葉を簡単に受け取っていた。



「新入生代表答辞、新入生代表クロム・ジルキア前へ」



 入学式を司会している人に呼ばれて、前に出た俺の目に思わず目がギョッとする光景が広がっていた。



 それは、上級生らしき生徒たちが今にも俺に魔法を放とうとしていたからだ。その状況に困惑していると、初めてルイネから通信(テレパシー)が届いた。



「この入学式の伝統行事は、新入生代表の答辞を読んでいる間上級生からの攻撃に耐えきって、答辞を読み切ることだ。この結果で今期の新入生のレベルが決まるらしいぞ」



 ルイネのお陰で先程の皆の反応に納得がいった。成程な、じゃねーよ! なんなんだこの学園は、なんてアホみたいな伝統行事作ってんだよ。



 そして、俺がシャルルから渡された答辞を読みだした途端に一斉攻撃が始まった。



 最初こそ身構えていたものの、いざ始めてみればなんてことはない。今の俺からすればこの程度の攻撃屁でもなかった。俺が淡々と答辞を読み進めていき、次第に上級生の目の色が変わった。今まで放たれていたのはどれも、最下級魔法の類だったのだが、全く俺に効かないのがわかると、すぐさま中級魔法に変わっていった。



 だが、それでも俺には全く効かず、最後のページに差し変わったとき、周囲の魔力の濃度が変わっていくのに気付いた。



 二年生の後ろに控えていた三年生が集団儀式魔法を展開していた。嘘でしょ⁉ ここまでするの⁉



 流石に防御結界だけでは太刀打ちできないので、答辞を読みながら俺は創造のスキルで絶対防御(オベリスク)の盾を顕現させた。



「氷集団儀式魔法・氷塊爆撃(アイシー・バースト)」



 三年生から放たれた集団儀式魔法は威力こそあったが俺に危害を加えるレベルではなかった。その攻撃にも耐えて見せた俺を見る周囲の視線はドン引きだった。少々その視線に困りながらも、なんとか最後の一行に差し掛かった。



 最後の一行を読み切ろうとしたとき、俺の魔力探知が大きな魔力の収縮を検知した。その魔力の持ち主を探す前に未来予知の魔眼を発動して、未来を予知した。するとその判断が正しかったのか、魔眼に映し出されていた俺の未来は、その場に蹲っている未来だ。おそらくあの魔力の収縮した攻撃にやられたのだろう。俺は未来を変えるべく、その魔力を感じた方角に神経を研ぎ澄ませた。



 答辞の最後の言葉を言いかけた瞬間、その収縮した魔力が解き放たれた。それを察知した俺は即座に上空に転移してその攻撃を躱した。



 最後の言葉を言う刹那の間に繰り広げられた攻防戦、周囲にはその攻防を見れた者はほとんど居ない様子だった。あれは流石に防ぎきれそうになかったな。



 そして、俺は答辞を読み切ったのだ。その瞬間会場内が大いに歓声で溢れかえっていた。



 入学式が終わり、俺を含む五人は同じクラスに割り振られていた。このクラスの内訳は入学試験の成績が上位の順に上のクラスに配属される。俺たちのクラスは言うならばトップクラスだった。



 俺が描いていたしんみり平凡に暮らすという目標とは全く逆の出来事が今俺の目の前で起きていた。



 それは、同じクラスだけに足りず、大量の同学年の女子生徒に押し寄せられていた。



 それを見ている男子生徒の視線がかなり痛いのだが、俺一人ではどうにもできない状況だった。あれやこれやと、色んな質問が飛び交い俺はたちまち混乱していた。



「クロム君の爵位は?」



 一人の女子生徒がとある質問をしてきた。皆遠回しにそれが聞きたかったのだろうと瞬時に理解した。それと同時にこれはこの状況を打破できるかもしれない。何故なら俺は爵位など持たない平凡な平民なのだから。俺はその質問をしてきた女子生徒に真実を告げた。



「申し訳ございません。俺は爵位を持たないただの平民です」


「……」



 その言葉に周囲は静まり返り言葉を失っている様子だった。これでいい、そんな欲にまみれた関係など俺には不要なのだから。



「す、すごい! 爵位も無いのにあの強さなの⁉ 入学式のあれ、本当にかっこよかったよ!」



 完全に成功すると思っていた作戦がかなり裏目に出ていた。あっれー? おかしいなぁー? あれを言えば皆去って行くと思っていたのに……、お願い! 誰か助けて! 女の子怖い!



「皆さん、クロムさんが困っているわよ。いきなりそんなに大人数で囲っていてはクロムさんも疲れてしまいますわよ?」



 女子生徒に対して凛とした声音が届いていた。その声の持ち主は同じ十傑の序列八位のルミナス・バレンシアだった。



 彼女は凛とした佇まいをしていて、美しい銀色の髪、澄んだ綺麗な青色の瞳をした絶世の美女だった。



「大丈夫ですか? クロムさん」


「あ、ありがとうございます。えっと、確かバレンシアさんでしたね。同じ十傑の」


「あら、覚えていてくれたんですね。とても嬉しいです。それと、私のことは気軽にルミナスと呼んでください」


「わかった。ありがとう、ルミナス」



 まさかこんなタイミングで新たに美しい女生徒お知り合いになれるなんてと思っていた俺の正面から、何やら重圧を感じる。そちらに目を向けると、そこにはシャルルとルイネとワカツキが俺を思いっきり睨みつけていた。おいおい、こんな調子でこの先大丈夫なのか……?

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