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私には唯一無二の友がいました。




大きな口を開けて豪快に笑う奴で、足もとびきり速かった。


物心ついたときから一緒で、毎日のように日が暮れるまで2人で遊び回っていました。


図書室にあった古びた外国の児童書に感化されて秘密基地を作ってみたり、子供2人で隣町まで足を伸ばして親たちに怒られたり…。


何歳になってもアイツが一緒でさえあれば、決まって幼児のようにはしゃいでしまってねぇ。


私も友もお互いのことを「親友」と言ってはばからなかったんです。


今でもそう、思います。


そんな私たちの繋がりは小学校に通いだしてからも、中学に上がっても変わらず続きました。




親友は、中学になってぐんと身長が伸びた私の成長期をひどく羨みました。


私は、体育の授業で毎回活躍する親友の運動神経を羨みました。


お互いに嫉妬し、お互いを尊敬し、私たちの青春は順調に進んでいきました。




中学も3年になって。お互い一人っ子でしたから、親の勧めもあって2人揃って近所の高校に進学することにしました。お恥ずかしいことにどちらも頭は良いほうじゃなかったもので、どちらかの家や年々レベルアップした2人の秘密基地に集まってよく勉強をしていました。


その頃からです。

ずっと2人きりだった、私たちの空間に美代子が加わるようになったのは。




最初に彼女を連れてきたのは親友でした。


親友のクラスに新年度からやってきた転校生だったんです。


私はまあ驚いたのなんの。


全くとは言いませんが親友は女子とはあまり関わりをもちませんでしたから。私も女子生徒ととも親しくやれるクラスの中心にいるような奴ではありませんでしたが、アイツは私以上でしたなあ。


女子に話しかけられれば俯いてしまうのが常で、避けてる、とさえ言えるくらいでした。




親友が、これまで誰にも言ったことがなかった秘密基地に招きたいと相談してくるほど心を動かすなんて、美代子は一体何をしたんだと不思議でなりませんでしたよ。


でも3人で過ごすうちに何となく分かってきました。


明るくて気遣い屋さんで可愛らしい女の子。


本当に素朴で普通の子なんですが、他の子のようにズケズケ踏み込んでくることもなければ、酷い陰口を言ったりもしない。


心地よかったんでしょうなあ。あの子の隣が。




それから半年も経たないうちに私たちの関係性は少しずつ変わっていきました。


色恋沙汰ってのは外野からの方がよく見えると相場が決まっております。


実際私にはよく分かりました。


親友と美代子が密かに想いあっていることが。


気付けばどちらかが相手を見つめているし、視線には明らかに熱が籠っていました。


本人たちは気持ちを隠しているつもりのようでしたが、知らぬのはお互いだけというやつです。




その後2人の間に何があったのか。それを私は詳しく知りません。友人のままだったのか、知らぬうちにもしかしたらどちらが告白して恋人関係になっていたのかもしれません。私はそのことに関しては部外者以外の何者にもなれませんでした。


3人同じ高校に進んだものの、私と美代子は同じクラスでしたが親友とは分かれてしまい、さらに首を突っ込むことも雰囲気を読むことも難しくなってしまいました。




ただ、16になった冬の寒い日に突然親友はひとつ私に頼み事をしてきました。




美代子に、こう伝えてくれ、と。


「この間の話を受け入れてくれるなら、あの日と同じ場所に_秘密基地の裏にきて」




私は「この間の話」が何なのか、「あの日」とは、「あの日の場所」で何があったのか、


何も、知りませんでした。


親友はこう続けました。




「美代子の気持ちが決まるまでいつまででも待つよ。毎日放課後あそこにいるから、いっぱい悩んでくれていいから」




やはり私にはさっぱりでした。


親友は言うだけ言うと、自慢の脚でぴゅぅっと去っていってしまってそれきりでした。




私は悩みました。


美代子にその伝言を伝えるか否か。


そんなの悩むまでもないと思うでしょう。


だのに何故、って


…私も、美代子が好きだったからですよ。




いつからか気付けば親友へ向けるのとは違う愛情を美代子に抱いていました。


彼女の笑顔を見れば心踊ったし、逆に親友から貰ったという手紙を心底嬉しそうに宝箱にしまっている彼女の姿を見た時は心がねじ切れそうでした。




とはいえ勘違いして欲しくはないのですが、


私は決して親友からの伝言を無視することで2人の仲を引き裂こう、なんて思っていた訳では無いのです。


彼らの間に私が入る余地はないのは明確で、私の想いが成就する可能性はこれっぽっちもありませんでした。


もし、親友からの伝言が美代子への明確な告白とかだったら、自分の気持ちは押し殺して何をおいても美代子にすぐに伝えに行っていたことでしょう。




しかし、…その時の親友の伝言は何か嫌な予感がしたんです。


それを伝えれば最後、2人が私の前から消えてしまうような。私だけを置いていってしまうような、そんな予感がしたんです。


美代子のことが好きです。好意の種類は違えど親友のことも大好きです。


そんな彼らがいなくなるなんて考えただけでもゾッとしました。




たかが勘、根拠もなにもありませんでしたが、私は不安でなりませんでした。


そうして私が悩んで迷って生来の優柔不断さを嫌というほど発揮しているうちに、美代子はなにも知らぬまま、親友は私を信じて美代子を待ったまま、時は3日4日…と過ぎていってしまいました。




その日は


突然でした。




キン、と痛いほどに寒い早朝に叩き起され、涙や鼻水でぐちゃぐちゃの母の顔を見てざぁっと血の気が引いたのを覚えています。






 親友は、その前日の夜遅くに死にました。




風邪を変にこじらせたそうです。


週末の学校で体調が少し悪そうなのは気づいていましたが、急激に悪化したのはちょうど土日の間で、どうすることも顔を合わせることも出来ないまま


あまりに呆気なく、親友は16歳でその生涯を閉じました。




あの子の悪い風邪が、寒空の下、毎日毎日何日も何日も風にさらされ雨に濡れ雪をかぶっていたせいだと、私だけが知っていました。その事実はあまりにも重く私にのしかかりました。


前が見えないほど瞼をパンパンに腫らして泣く美代子に、私はなにも言えなかった。


臆病で情けない私は、結果的に唯一無二の友を裏切ったと変わりなく、加えてあろうことかその死まで引き寄せたのです。


いっそ私も死んでしまいたかった。…心に重く重く積み上がる罪の意識から逃れたかったのです。

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