旅行代理店「異世界」 ~不思議な景色を観てみませんか?~
前森コウセイ
第1話
――俺はくたびれ果てているらしい。
趣味の旅行が仕事でできると思い、出張が多い今の会社を選んだのが間違いだったのだろうか。
確かに毎週のように、日本中のあちこちに飛び回されている。
ご当地の名物を堪能できるのは、数少ない癒やしだ。
だが、やはり仕事であるため、観光する暇などなく。
……いや、観光する時間があっても、こうも頻繁にあちこちを巡っていると、正直、飽きてしまったんだよな……
学生時代のような、見た事のないものを見てみたいという情熱もなくなり。
入社から三年。
いつしか俺は惰性のように出張しては、そのまま帰社するという毎日を繰り返すようになっていた。
「――はー、急に休めって言われてもなぁ……」
今日、上司に溜まっている有給を消化するよう促されたのだ。
身体は確かに疲れているのを実感できた。
上司もそれに気づいていての気遣いだったのかもしれない。
けれど、一度休むと、溜まっている仕事に追いつくのが面倒になるんだ。
そういう思考が、疲れている証拠なんだと、上司は言っていたけれど。
正直なところ、乗り気になれない。
以前の俺なら、長期休暇には旅行に行こうと考えたかもしれない。
けれど、今は……正直、どこかに行こうと思う気持ちが湧いてこないんだ。
アパートに帰り、ポストを覗く。
いくつかの出前配達や不用品買取のチラシに交じって。
「――異世界観光?」
目を引いたのは、そんな一文で。
すごく精巧な飛竜が舞う浮遊島のCG写真をバックに、そんな宣伝文句の書かれたチラシ。
てっきりアトラクション施設かなにかのチラシかと思ったのだが、どうやら旅行代理店の広告らしい。
「……よくできたCGだなぁ」
風呂に入り、夕食と共に缶チューハイを空ける。
TVを見ながらも、気になるのは先程の広告で。
休暇中は、溜まっているゲームやラノベを消化しようと思っていたんだが……
「どうせやる事もないんだ。
話だけでも聞きに行ってみるか」
そうして翌日――有給休暇初日。
俺は駅前にある、旅行代理店『異世界』の前に来ていた。
まさか店名が『異世界』なだけってオチはないよな?
いや、なにを期待してるんだ俺。
異世界なんて、本当にあるわけがないだろう。
……だが、万が一という事もあるかもしれない。
チラシの光景が、どうしても心を掴んで離さない。
CGというには、あまりにもリアルに見えた竜や浮遊島。
そう、特に浮遊島からこぼれ落ちた滝が立てる飛沫が、かつて旅行先で見た滝と重なって、作り物のように見えなかったんだ。
そんな事を考えて迷っている俺に。
「――あら、お客様ですか?」
店から出てきた女性が、そう声をかけてきた。
ワイシャツにタイトスカート姿。長い髪を後ろでシュシュでまとめた彼女の手には、ほうきとちり取り。
店の前の掃除をしようとして出てきたんだろうか。
「――な、なんで客だと?」
美人から声をかけられて、思わずたじろぐ俺に、彼女は微笑みながら俺の手元を指差した。
「当店のチラシですよね?」
指摘されて、俺は思わず照れ笑いする。
「ああ、そういえば……」
迷わないようにチラシの案内図に従って、ここまで来たんだ。
一瞬、彼女が心でも読めるんじゃないかと、そう考えてしまった自分が恥ずかしい。
どうも異世界という言葉に、引っ張られすぎている気がする。
「それでは、どうぞ店内へ」
カウンターに案内されて、俺は椅子に腰掛け、店内を見回す。
カウンターがあり、パンフレット棚があり。
学生時代によく利用した、普通の旅行代理店といった趣き。
他の店員さんも、別に猫耳だったり竜人だったりする事もなく。
俺がそうしてる間にも、先程の彼女はカウンターの中に回り込み、机からタブレットを手に俺の正面に着く。
「お待たせ致しました。ようこそ『異世界』へ。
担当させて頂きます、庭井と申します」
……ああ、やっぱりそういうオチなんだな。
差し出された名刺に書かれた彼女の名前は、庭井ありさ。
ちょっぴりがっかりする俺だったが、それでも家でゴロゴロしてるよりはマシだし、せっかくだから旅行を検討してみようかと気を取り直す。
だが、そんな俺の気持ちを打ち砕いたのは、彼女が差し出したタブレットの画面で。
「――それでは、お客様のご希望をお伺いしたいと思います。
どういったプランをご希望なさいますか?」
そこに映し出されていたのは、あのチラシ同様に現実としか思えない――けれど、現実にはありえないような風景の写真。
「――あ、あのっ! こ、これって!? 本物の写真!?」
戸惑いながら俺はタブレットの写真を指差す。
「ええ、すべて現実に存在する風景です」
事もなさげに応える庭井さんに、俺はクビを振る。
ネットが発達した現代。
家に居ながら世界中の風景を愉しむ事だってできる。
学生時代、俺は就職したらいつか行ってやろうと、海外も含めて、そんな風景を眺めまくっていたんだ。
だから、地球上の何処にも、タブレットの中にあるような景色など存在しないと知っている。
いや、そもそもタブレットの中の風景の中には、物理法則を無視しているとしか思えないものもあったんだ。
驚く俺に――俺のような反応に慣れているのか、庭井さんは。
「――当店はお客様に、異世界旅行を愉しんで頂く代理店ですので」
一礼してそう告げる。
「行ってみませんか?
――異世界」
★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★
うん、「また」なんだ。
思いつきだけで、見切り発車するコウセイの悪いクセが出たんだ^^;
せっかく異世界を舞台にするなら、もっと景色描写に拘りたいって常々思ってまして。
でも、実際のところ、読者のみなさんはお話メインで、描写はそれほど興味持って頂けないようで。
「じゃあ、景色を見るのがメインにすれば良いんじゃないか?」
そう思ったところで、「異世界ガイド」というワードが降りてきました^^;
そんなわけで、「異世界ガイド」っていうワードだけで、スタートさせる本作です。
でも、今回は2パターン考えてて、「現代日本に代理店があるパターン」と「異世界に迷い込んだニホン人をガイドする現地人パターン」があります。
とりあえず短編で一本づつ投稿してみて、ウケた方を長編化しようと考えてます。
本作は「代理店パターン」ですね。
およそ1万字(4,5話)程度で完結させようと考えています。
どうぞ前森コウセイが描く、異世界の不思議風景に、主人公と共にお付き合い頂ければ幸いです。
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