第5話 外交問題?
二時限目に入る前に教室へ戻ると、留学生と思われる二人とマーシャとクララが話をしていた。おそらく、学園長に二人のサポートを頼まれたのだろう。学園長にしてみれば順当な采配だ。
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二時限目が終わりマーシャとクララが立ち上がる。
「わたくしたちは留学生に食堂の案内と説明のためお二人とお食事をしてまいりますわね」
「「「「りょうかーい!」」」」
僕はクララに小さく手を振るとクララも微笑みとともに手を振り返してくれた。
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僕たち男四人は昼休みにまた生徒会室へ集まった。メイドに昼食の準備をしてもらう。
と、そこへアレクシス兄上がやってきた。
兄上は一人がけのソファー椅子に座った。長い足を組んで両肘を肘掛けに乗せ両手指を組んでいる。自分の兄上ながらカッコいい。
「あ、兄上。ちょうどよかった。実は侯爵令嬢がお二人いらっしゃるんですよ」
「ああ、パティリアーナ嬢が王女殿下だ。接触はあったか?」
メイドが紅茶を淹れ兄上の前に置いた。兄上はお礼のつもりだろう。メイドに笑顔を向けた。普段、僕たちのような子供を相手にしているメイドは少しだけよろけた。兄上の笑顔はヤバい。
「すまないね。少し席を外してほしい」
メイドは小さく頷いてフラフラしながら下がっていった。
そして、兄上は紅茶を優雅に口へ運ぶ。僕は話を戻した。
「いえ、まだ接触していません。でも、マーシャとクララはすでにサポート役に任命されているようです」
僕はすでにサンドイッチを口に運んでいる三人を尻目に兄上と話をした。
「それは当然だろうな。他に適任者もいないだろう。マーシャ嬢の優秀さは、王妃教育の頃から知られている。確か、ケバム語(ケーバルュム王国の言葉)にも精通していたはずだ。留学生たちがパニックを起こしたとしても対応できるだけの力を持っている」
さっと話されたマーシャの凄さに僕とセオドアは目を見開いた。コンラッドとウォルは頷いているので、王妃教育とは、かくあるものなのか。八歳からそんな教育をされていたなんて、僕には到底できることではない。兄の知っているマーシャの力って、確か十二歳くらいまでの事のはずだ。
ちなみに、今の僕は、もうすぐ十八歳になるし、国立図書館館長を目指しているので、大陸共通語はバッチリだし、ケバム語は話すのは問題なしだ。他には隣接している北国の言葉も喋れます。クララにもらった辞書で勉強したのさぁ。エヘヘッ
と、僕の自慢はともかく。
「というわけで、マーシャ嬢の未来の活躍は我々も期待しているところなのだ。だからこそ、パティリアーナ嬢対策はこの四人でやってもらいたい」
「「「え?」」」
僕は朝、女性同士の難しさについて少しだけ兄上からアドバイスを受けていたので驚きはなかったが、三人は両手に食べ物を持ったまま兄上を凝視していた。
「パティリアーナ嬢の誘いを上手く躱して、何事もないかのようにしていてもらいたいのだ。はっきりと言えば、誘われたような事実はないとしてほしい。そうすれば、こちら、パールブライト王国としても、問題にしなくて済むからね」
策士のウォルが一番しかめっ面をした。難しい課題を与えられたのだ。
「王国として、ですか?」
「そうだよ。もし、コンラッド王子殿下を惑わすだけならともかく、国王になれというような事を言っていたとなれば、外交問題になる。それは、面ど……いや、両国関係として、好ましくない」
今、兄上の本音がチラリと出た。僕たちは兄上を目を細くして見た。
「コッホン!
とにかく、今はいい関係を築けているのでそれを壊したくないのだ」
兄上の誤魔化しを今は認めてあげた。ウォルは兄上の話に眉をピクリとさせた。
「本当にいい関係を築けているのですか?
でしたら、こちらの王位を狙うなど考えられないでしょう?」
ウォルの意見に兄上もコンラッドも頷いている。僕とセオドアは今は聞くしかできない。
「そうなんだよ。だから、正直、不思議ではある。あちらからブランドンへの婚姻願いも来てないしな」
兄上は腕を前に組んで真剣に考えていた。
「兄上(ブランドン)は話があってものらないだろう?」
コンラッドがアレクシス兄上に強く聞いた。コンラッドにとって全てにおいてブランドン王子殿下は憧れの存在なのだ。そんな存在の人が現在の婚約者を蔑ろにするなど聞きたくないだろう。
「もちろん、そうなったら、断るさ。ブランドンもチェリー嬢に二人以上子供を産んでもらいたいとはっきりと言っているしな」
アレクシス兄上はコンラッドに敬語は使わない。年上であることが理由ではなく政務高官として、ブランドン王子殿下の側近の仕事では、アレクシス兄上がコンラッドより上だからだ。
「二人以上って問題なの?」
僕は王族についてよく知らないので質問した。
「それはそうだろう。王家を継ぐ者が一人では、何かあったときに困る。だから、現国王は側妃様を持たれた。これは有名な話だ」
コンラッドの母上は側妃様だ。でも、王妃様と側妃様はとても仲がよく、コンラッドも王妃様に可愛がられていると聞いている。
なので、こんな話が出てもコンラッドは平気そうだ。
「とにかく、男女間の問題は何かと噂にもなりやすいし禍根も残りやすい。何事もなかったことにするのが一番いいんだ」
僕たちはそれにはとても納得した。
「クララにも相談できないのですか?」
女性への対策に女性の意見が聞けないのは子供の僕たちには厳しい。
ウォルの質問に兄上は少し考えた。
「クララに『マーシャ嬢には秘密だ』というのは酷じゃないか?」
兄上はすでにクララのことは愛称呼びしている。命令や指示ではなくウォルの考えを促す余裕のある兄上。
「っ! その通りですね」
兄上はウォルをすぐに論破だ。
「女性の手がほしいときはティナを使ってくれ。ティナとマーシャ嬢なら特別に接点があるわけではないし、問題も起こりにくいだろう。とにかく、マーシャ嬢はコンラッド殿下と婚姻の後も、国王側近の妻として外交に携わることもある。だからこのようないざこざに巻き込ませたくはない。女同士が一番怖いからな」
僕は冬の日のシンシア嬢とコンラッドの馬車事件の時のマーシャの視線を思い出した。セオドアと目を合わせて二人でブルリと震えた。
マーシャの心情を逆なでするようにコンラッドの後ろで赤らめていたシンシア嬢の顔と、その顔であらぬことまで考えたマーシャの顔。扇で隠されていたため、正面にいたコンラッドには見えなかったようだが、脇にいた僕とセオドアには……あの時のマーシャの顔は…………忘れられそうにない。
コンラッドも少し青い顔をしていたがこちらはマーシャの怒った顔は思い当たることが多すぎて青くもなるだろう。
今朝の話から察すればコンラッドはとにかくマーシャの機微には敏感だ。
こうして、兄上が爆弾を投下していったので僕たちは食欲が減退しいつもよりはたくさん食べることができなかった。
〰️
放課後、生徒会室には僕たち男四人だった。先程の話の続きをした。
「これは対策できそうじゃないか?」
ウォルが指差したのは朝の作戦会議でウォルがメモをした僕の夢でのパティリアーナ嬢の台詞だ。
『わたくしたちの繋がりが国と国との繋がりになりますのよ』
と書いてある。
「この後も王妃になりたい台詞が多いな。つまりは、嫁に来たいってことだな。僕以外に行ってほしいけど」
コンラッドは小さなため息をついたが、僕たちはキランとした。
「「「それだよ!」」」
三人の揃った声にコンラッドが仰け反った。
「ちょうどいい相手を紹介すればいいんだ。あちらは『侯爵令嬢』だと言っているんだ。何も王族に限る必要もない」
ウォルの説明にセオドアが親指をたてて賛成の意思を表した。
「今夜、兄上に相談して名簿を作ってもらうよ。年齢は五つほど上までだったらいいと思うんだよね」
僕は解決の糸口が見えて少しだけワクワクした。
「爵位は低いし年齢はもう少し上だが、隊長副隊長ならどうだ?」
「なるほど、それは高位貴族で相手が見つからなかったときの第二弾としてはありだな」
ウォルはどんどんメモをしていく。
「それなら、高官の中でも優秀だと言われる者たちもいるだろう」
コンラッドはさすがにブランドン第一王子の側近を手伝っているだけあって、高官に知り合いが多い。
「バージル。アレクシスさんにご令嬢にご紹介するお相手の爵位について確認をしておいてくれ」
「了解っ!」
僕は向かいに座るウォルにお茶目に敬礼した。セオドアが『下手っ!』と言って笑っていた。
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