第111話 魔方陣

「ぐぶっふ……」


 トリストが口から血溜まりを噴き上げて、床にどさっと倒れ込んだ。


 こいつには色々と聞きたいことがある。


 ちょっとやり過ぎたかな?


 死んでしまっては元も子もない。


 俺は回復魔法を掛けるかどうか、大いに迷った。


「ぐほっ……ぐぶっ……がふっ……」


 トリストは床に這いつくばるようにして、何やら芋虫のようにうごめいていた。


 俺はそのあまりにもな姿に、哀れをもよおした。


 仕方がない。回復魔法を……。


 だがそこで突然、トリストが腰を異常に折り曲げて、上半身を起こした。


 おい、人間だったら背骨折れて即死だぞ。


 どうやら悪魔は人間とは骨格構造が違うらしい。


 するとトリストが、口からいまだ血をダラダラと垂れ流しながらも、至極冷静に口を開いた。


「ふう……ここまで追い詰められたのは久しぶりだぞ……」


 うん?まだやれると言わんばかりの口ぶりだな。


 いや、さすがにそれはない。ただの強がりだろう。


 どう見たってこいつは、瀕死の重傷だ。


 ここから挽回なんて、いくら悪魔でも出来ないだろう。


「決着は付いた。大人しくしたほうが身のためだぞ」


 するとトリストが口の端を異常に裂いて言った。


「ククククク、もう勝ったつもりか、小僧」


 トリストは長い舌をチロチロと出して、唇を舐めている。


 ちょっと不気味だな。


「逆に聞くけど、まだ負けてないつもり?」


 すると、ぱっくりと開いた肩口の傷から、何かがぼとりと零れ落ちた。


 げ。


 何だあれ?


 肩口だから内臓じゃないし。


 するとその零れ落ちた物体が、血溜まりの中で何やら不気味にうごめいた。


 気味が悪い。


 もう、色々と終えたい。


 さっさと地下室にも行きたいし。


 俺がそんなこんなを思っていると、うごめく物体が突然爆発した。


 俺は咄嗟に後ろに一歩後ずさった。


 見ると、床一面におびただしい血が流れ出ていて、その血溜まりの面積をかなりの勢いで増やしている。


 俺は眉根を寄せて足下を見た。


 完全に血の海の上に立っている。


 するとトリストが高らかに笑い出した。


「さて、準備は完了。お前の準備はいいか?」


「なんだって?準備完了?へえ、何の準備をしていたんだよ。お前の血でお絵かきでもしようってのか?」


 すると再びトリストが高らかに笑った。


「良くわかったな。その通りだ」


「はあ?本気か?床に血をぶちまけて、それでお絵かきしてどうしようっていうんだよ?」


 俺はトリストの言う言葉の意味がわからず、眉根を寄せていぶかしんだ。


 するとトリストが俺に構わず、さらに言った。


「それは、見ていればわかることさ」


 トリストがそう言い終えた瞬間、突如として血の海が輝きだした。


 だが全面的に輝いたわけではない。一部分が輝いている。


 その輝きは、ところによっては円を描き、ところによっては線であった。


 それらはところどころで交差し、何かの文様を描き出した。


 その瞬間、俺の頭の中に或る言葉が閃いた。


「魔方陣か!」


 俺は咄嗟に瞬間移動でダンスホールの端まで逃げた。


 ここはまだ血に染まっていない。


 俺が姿を現わし、部屋の端から遠巻きにトリストを見ると、両腕を大きく開き、天井を見上げて何やらブツブツと呟いていた。


 するとその時、魔方陣が凄まじく輝いた。


 魔方陣はオーロラのように床の上に浮かび上がり、眩しくて目が開けられないほどの輝きを放った。


「ちっ!何が出て来るんだ!?」


 俺は左手で顔を翳して目もくらまんばかりの輝きを防ぐと、その指の隙間からトリストの様子をしっかりと眺めた。


 すると、突如としてゴゴゴゴゴと大きな地鳴りを上げて何かがせり上がってきた。


「……なんかやばそう……」

 

 俺は思わず呟いた。


 するとそのせり上がってきた何かが、トリストを大口開けてばっくりと飲み込んだ。


 げ。


 トリストを食いやがった。


 俺が唖然としてその光景を眺めていると、その何かが全貌を現わした。


 二足歩行の牛ってところかな?


 手足の先だけ黒くなっているが、それ以外は焦げ茶色している。


 それにしてもデカい。四メートルはある。


 手足の太さなんて尋常じゃない。


 どうみてもパワー系って感じだけど、どうかな。


 俺が敵の様子をつぶさに観察していると、突然その胸のあたりが縦にビリッと裂けた。


 俺が驚いて凝視していると、なんとそこからトリストの顔がニュルッと出てきた。


 まじ?


 もしかして食われたっていうか、食わせたって感じ?


 すると怪物の胸から顔を出したトリストが、にやりと嗤って言ったのだった。


「さあ、始めようじゃないか。第二ラウンドを」

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