第9話

 六年ぶりの親子の再開。このまま積もりつもった話をいろいろしたいところだが、まだ六年ぶりの夫婦の再開が果たせていない。

 母が落ち着きを取り戻したところで、こう言った。


「じゃあ、お父さんに会いにいこっか」

「……うん、そうだね。私も早く彼に会いたい。」


 母はわすかに微笑みながら、顔を赤らめる。恋する乙女みたいな反応だ。

 娘ながら、少しドキッとしてしまうのは、彼女が今、美しい少女の姿をしてるからだろう。

 壁時計を見ると、今ちょうど十二時を少しすぎたところ。

 この時間帯なら、彼は今、昼食の料理をしてるところだろう(休日の私達は、十二時半に昼の食事をとる。料理は交代でやってる)

 私達は廊下を出て、リビングに行くと、台所の方へ向かう。

 そこではやはり、父が食事の準備をしていて、まな板の上にあるキャベツを包丁で千切りにしていた。

 愛する人の姿を見た母は、静かに喜びに打ち震える。

 その様子に私は微笑みながら、父に声をかける。


「お父さん、ちょっといい?」


 料理の手を止め、父はこっちを見る。


「どうした?」


 私の目を見る。隣に母がいるというのに、私だけを見ていた。

 私と母は訝しげな顔をする。


「どうしたって、いや、見れば分かるでしょ? ほらここに……」


 私は母を指差す。母も、自分の存在を声高く主張する。


「海、私だよ。あなたの妻だった、涼城夜鈴だよ。突然現れて、びっくりするかもしれないけど、私幽霊になったんだ」


 しかし、彼の反応は期待を裏切り、非常に淡白なものだった。


「何もないけど、なんかの謎かけか?」


 不思議そうに首を傾けてくる、

 その言葉に、母はものすごくショックを受け、沈んだ表情をする。

 心が急速に冷めていく気がした。

 私は戸惑いげに、また質問する。


「本当に何も見えないの?」

「ああ……何も見えない」

「ツッ……」


 その答えに、私は言葉を失う。

 呆然とその場に立ち尽くしていると、父が「おい、大丈夫か?」と声をかけてくる。

 私はハッとなって、我に返る。何とか平静を取り繕い、大丈夫と返す。


「そうか、体調が悪いようだったら、しっかり休めよ」

「うん、わかってる」


 そう言った後、私は母のことで、また口を開きかける。

 何か言うべきなのに、適切な言葉が思い浮かばない。


「……もういいよ、朝凪」


 消え入りそうな悲しげな声。

 母が私の肩をつかみ、首を振ってくる。彼女は力のない張り付いた笑みを浮かべていた。

 私はたちまち、やるせない気分になった。


「これ以上、何か言ったら、朝凪が変な子だと思われちゃう。私はそれがすごく嫌だ。だから、お願い……」


 私の肩越しに朝凪の手が震える。

 そう言われたら、素直に言うことを聞くしかない。

 私達は台所を後にし、自室に戻る。私はベッドに力なく倒れ込むと、枕に顔をうずめながら、深くため息をついた。

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