五重塔の涙

烏川 ハル

第1話

   

 あれは、まだ私が小学生の低学年だった頃だと思う。だとしたら、今から40年以上昔の話になる。


 私は東京生まれ東京育ちの都会っ子だったが、毎年夏になると1ヶ月くらい、母親の帰省についていく形で、彼女の故郷である北陸で過ごす習慣になっていた。

 冬は雪が多い地域らしいけれど、私が訪れるのは夏ばかりなので、緑に囲まれた穏やかな田舎の村という印象だった。

 隣の民家とも離れているし、商店や食堂などに出かけるのであれば車が必須という辺鄙な環境だ。それでも、ただ何もない野山を歩き回るだけで、私は毎年ワクワクしていた。

 とても小さい頃は大人が一緒でないと外出させてもらえなかったが、小学生になる頃には、一人で出かけることも許されていた。ただし「あまり遠くへ行ってはいけません」とも言われており「30分で帰ってこられる範囲内」というのがルールになっていた。

 まだ腕時計もしていないような子供だから、普通ならば「30分」を計る手段もないはずだが……。ちょうど当時は、携帯できる大きさの液晶ゲーム機が発売されたばかりの時代であり、しかも「ゲームも出来るし、時計にもなる」というのが、その商品のアピールポイントになっていた。私も一つ買ってもらって、まるでお守りみたいに常に持ち歩いていたので、それが時計代わりだったのだろう。

   

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