第72話 教皇

「私は、確信した、この世界を救うのはイシュタスでは無い、くくり姫様だと、どうか私も貴方のお手伝いをさせて下さい」


「どういう事でしょうか?」


何が何だか解らない、今こんな事言っているのが、この世界で一番偉いという教皇、ロマーニ8世だ。


てっきり、文句を言われる、そう思っていた、罵られる位は当たり前、場合によっては殺されるそう思っていた。


このロマーニ8世は慈悲深く聖人と言われている、その反面、女神イシュタスの信仰にその生涯を捧げていると聞いていた。


そんな人が信仰を捨てるととは思わない。


しかも、教皇だけでなく、その周りの聖騎士や教会関係者たちも揃って入信したいと言う事だ。


正直何か裏があるのかと思わざる負えない。




【教皇SIDE】



「そんな不心得者が居るのですか?」


「はい、女神イシュタス様を邪神呼ばわりして魔族と同列として糾弾しております」


「捨て置きなさい、此方が手を下さずとも、この世界がそんな存在許さないでしょう」



この世界はイシュタス様が見守り導いてくれる世界。


そのイシュタス様を拒絶するなど間違いの極み。


魔族が跋扈し魔王が存在する中、勇者や強い戦士を呼び寄せ、光を見せてくれるのがイシュタス様だ。


勿論、私もその手伝いをし、救いきれなかった者を救うためにその命を賭ける、それが私の使命だ。



事実、ロマーニ8世は清貧教皇と呼ばれ、教皇として必要な物以外は、粗末な机とベッドに姿見位しか部屋には無い。




「何ですって! その異教徒たちが増えているというのですか?」


「はい」


何たることでしょうか? イシュタス様を信じずに邪神もしくは居もしない神を信じるなんて、なんて罰当たりな。



「暫く様子を見て、反省しないようなら、破門も考えなくてはなりません...ですが」


「解っております、反省したらすぐに破門を解ける様に同時に手配をします、教皇様は破門が嫌いなのですよね」


「出来る事なら、破門はしたくはないのです...」


「その優しさが通じると良いですね」



だが事態は収まらなかった。


「国王のエルド6世が入信したのですか? あの国の王女マインは私が洗礼した敬虔な信徒ですよ、しかも勇者召喚の儀式まで取り仕切った存在、信じられません、詳しく調べて下さい」



調べたら...それは真実だった。



「その教団の責任者を呼びなさい、私は会う用意があります、何を考え、何をするつもりなのか? 聞かなくてはなりません」


「はい」



だが、返ってきた答えは...



「どうでしたか?」


「《邪教の偽物の教皇に真の教皇が何故会いに行かなくては行けないのか》そういう答えでした」



「ならば、致し方ありません《破門》です...ですがそれが元で死人が出られても困りますから、私が直に見に行きましょう、反省の色が見えたら直ぐにその場で破門は解きます、民を飢えさせる訳にはいきません」



教皇ロマーニ8世は目を状況を見る為に教皇専用の馬車で無く普通の馬車で旅立った。


共の聖騎士や司祭やシスターも、本来の煌びやかな物じゃなく粗末な物にした。


聖都を離れてから暫く行くと...



「危ない、ロマーニ様少し此処を離れます」



聖騎士ロバートが見た物は、ゴブリンに囲まれた少女だった。


駄目だ、間に合わない、だがその瞬間奇跡の様な事が起きた。


何と、ゴブリンが振り上げたこん棒が少女の体をすり抜けた。


しかも、よく見ると少女の傍にはもっと幼い子も居て...ゴブリンを無視して薬草を詰んでいた。


「一体、何が起きたと言うんだ...」


あのゴブリンは幻だと言うのか? これは夢だと言うのか?


気がついたゴブリンはこちらに来た。


ロバートは剣を抜き斬ると...斬れた。


本物だ、ならばあの子供達は、何者なんだ。



「ロバート何があったのですか?」


ロバートは今見たことを話した。


「そんな事があったのですか?」


「はい」



幾多の奇跡を書物で読んでいた私でもそんな話は知りません。



「その少女と話をさせて貰えませんか」


「では通り道ですので、直ぐに追いつくでしょう」




「居ました、あの少女です」



「そこの君、少し話を聞かせて貰って良いかな?」


「別に良いよ」



「そこのお兄さんから聞いたのですが、ゴブリンのこん棒がすり抜けたと聞いたのですが?」



本当に可笑しな少女です、まるで貴族の娘の様に綺麗な服や靴を纏っているのに共も居ません。


横の子供も、同じ様に裕福に見えます。


ですが、貴族の子女が薬草など採りに来る訳がありません。



「もしかして、お爺ちゃんは邪神イシュタスを信仰している邪教徒なの?」


周りが凍り付く中、私は手で制しました。



「うん、お爺ちゃんはイシュタス教徒なんだよ...くくり教徒の事が知りたくてね、王都に行く最中なんだ」


「そうかぁ~ なら良いや、教えてあげる、くくり姫様を信仰すると全部の魔族から守ってくれるんだよ」


「全部...ですか?」


「うん、教皇の礼二様なんて、あの四天王のマーモンすら寄せ付けなかったんだって」


マーモン...確か魔族四天王の一人で魔王並みに強いという話でした。


「それは本当なのでしょうか?」


「お爺ちゃん、もっと勉強した方が良いよ? 勇者が死んで剣聖が捕らわれていたでしょう? その剣聖を救ったのが教皇の礼二様なんだよ、凄いよね、マーモンの攻撃が全く通じないなんて」



「それは本当の事かね、信じられないんだが」


「お兄ちゃん、私は聞いただけ、だけど本当だと思うよ! だって、村がワイバーンに襲われた時もお家は壊れちゃったけど誰も怪我しなかったんだよ」


「ワイバーンですって」


「うん、しかも、くくり姫様を信仰していたから、災害支援って言うのが届いて生活に困らなかったし、しかも新しい綺麗なお家迄作って貰えたんだよ、お風呂がついているし、今度のお家は【括られている】からもうドラゴンだろうと魔王だろうと壊せないんだって」


そんな神が世の中に居るのでしょうか?


ワイバーンの攻撃を無効化した話やマーモン相手に怪我もしないそんな力がある、それだけでも凄いのに、その力を惜しみなく与える女神。


しかも魔王にすらその力が通じる可能性があるなんて...


もし、そんな力があるなら、勇者は要らないし、人々は安全に暮らせる。


「ありがとう、お嬢ちゃん、これをあげる、弟さんと食べると良いですよ」



「私はくくり教徒だから、イシュタス教徒から物は貰えないんだ、だけどお菓子なら沢山あるからいいよ」



やはり裕福ない家の子なのか。



「お嬢ちゃんのお父さんは貴族なのかな?」



「うちはお母さんも居ないよ!そうかイシュタスなんて邪神を信じているから知らないんだね、くくり姫様の世界じゃ、恵まれない子なんて居ないんだよ、誰もが綺麗な服を着れて幸せなの、イシュタスなんて死んじゃえば良いんだよ、だってくくり姫様が助けてくれるまで、毎日が地獄だったんだもん、お爺ちゃんも早く王都に行って【括って】貰うと良いよ、幸せになれるから、それじゃね」



私は夢を見ているのか?


そんな世界があるとしたら、神が暮らしている天国しかない。


この世にある筈がない。



だが....


何故ですか、イシュタス様を心から信じる者が住む、聖都より王都ですら無い村の少女の方が幸せそうに見えます。



「この村の建物はどうされたのですか?」


「くくり教徒だったので、建てて貰えたんです」


ワイバーンに襲われた村には綺麗な家が沢山建っていた。


しかも、そんな災害の後なのに怪我人一人居ないで幸せそうにしか見えない。



私が心から祈り、世の中を助けようとしても、私財を投げうっても、寄付を集めても...こんな事は出来ない。


女神イシュタス様、貴方はなんで人に慈悲をくれないのでしょうか...




その後もよる街や村は幸せそうでした...貴族の横暴は許さず、スラムなんて何処にも無い。


皆が幸せそうに笑って、親の無い子供ですら施設で健康的に暮らしている。


しかも「此処ではね只のドブ攫いしているだけで、お風呂付の家に住めるんだぜ」


聖都じゃそんな事しても小銭しか貰えない...



イシュタス様、貴方に今迄何人の教皇が祈りましたか?


私は小さな時から入信し...世界を救って下さいってどれ程祈ったか知っていますか。



「教皇様、何で泣いているのですか?」


「教皇様、どうされたのですか」



私を気遣ってくれます...ですが悔しくてたまりません。


此処には私が理想とした世界以上の物があります...こんな幸せな世界想像も出来ませんでした。


イシュタス様、歴代の教皇達がどれ程、貴方に祈りましたか?


我々教会は気の遠くなる程の月日貴方を信じ慕って参りましたよ....



「お前達、これが本当の幸せな世界じゃ無いのか....」


「教皇様」


「こんな世界、イシュタス様は、イシュタス様はくれなかった...そう思いませんか」


「無礼を承知で言わして貰いますが、こんな世界があったなんて」


「私もそう思います...すいません」


「良いのだ、私すらそう思うのだから」



そして彼らが王都で見た物は、彼等の理想とする皆が幸せそうに生活する天国の様な世界だった。


そこには魔物の怯える存在もいない、横柄な貴族も見当たらない。


子供も老人も綺麗な服を着て、美味しそうなご馳走を食べている。


皆で見て歩くが、不幸そうな人間は殆ど居なかった。



「イシュタス様、貴方はどれだけの時間我々を苦しめてきた...くくり姫という女神は僅かな期間でこの幸せな世界を作ったのに...」


「教皇様...」



「教皇様、それは」



「もう良い、私は気がついてしまった、イシュタス様、いやイシュタスは碌な女神では無い、邪神でなければ無能の神だ...私は教皇を名乗る資格は無い、この世界に導いた礼二という少年こそが相応しい」


「それで、どうすると言うのですか?」


「私は教皇を辞めるつもりだ、そしてその少年が受け入れてくれるなら、司祭になり支えて行こうと思う...お前達は自由にして良い、だが中央教会と聖教国、それを出来るなら受け渡したい...聖教国を此処みたいに幸せな世界に変えたい出来る事ならついて来て欲しい」




そして、ロマーニは礼二に会う事になった。


見た瞬間に解った、礼二は異世界人(日本人)だ、傍には手足の不自由な少女が居た。


その中には、あの剣聖だった少女もいた。


彼こそが恐らくは《救世主》だったのかも知れない。


イシュタスという怠惰な神を追い出す為に現れた救世主に違いない。


私は教皇だった...彼の中に異国の女神の姿が一瞬重なった。


彼こそが教皇に相応しい、今存在する人間で一番上の存在が教皇なら彼以外には居ない。



「私は、確信した、この世界を救うのはイシュタスでは無い、くくり姫様だと、どうか私も貴方のお手伝いをさせて下さい」



心の底からこの少年に仕えてみたい...そう思った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る