第209話 魔力切れ
言い知れぬ不快感を覚え、俺は飛び起きるように目を覚ます。
…………確か、初めての魔法を試していて、魔力を使い切ったせいで魔力切れを起こしたんだっけか?
最後の方の記憶はかなり曖昧だが、なんとなくだが思い出してきた。
周囲を見渡すが、布団と小さな机だけが二つずつ並んでいる見慣れない殺風景な部屋。
修練部屋で倒れたことから推察するに、『マジックケイヴ』の一室か治療師ギルドにでも運ばれたのかもしれない。
魔力切れによる気持ち悪さはまだかなり残っているが、なんとか立ち上がって外に出ようと試みると、タイミングよく部屋の扉が開かれた。
部屋の外から中に入ってきたのは、見知らぬ女性。
何やら濡れたタオルのようなものを持っているし、俺の看護をしてくれた人かもしれない。
「もう起きられても大丈夫なんですか?」
「ああ。体の方は大分良くなった。……それよりもあんたは誰だ?」
「そういえば自己紹介をしていなかったですね。私はフィリップさんの弟子の一人で、ソフィアと言います。倒れたクリスさんの看病をヘスターさんと一緒にやっていたんです」
「そうだったのか。面倒を見てくれて助かった」
「いえいえ。困った時はお互い様ですし、一応私はクリスさんの姉弟子になるわけですからね。いつでも頼ってください」
にっこりと微笑んでそう言ってくれたソフィア。
別にゴーレムの爺さんの弟子になったつもりはないから、ソフィアも俺の姉弟子ではないのだが……わざわざ訂正することでもないか。
「そういうことなら、何か困ったことがあったら遠慮なく相談させてもらう。その時はよろしく頼む」
「はい。いつでもお声掛けください。あっ、それと……フィリップさんとヘスターさんなら、魔法玉制作の部屋におられると思います。煙が充満している部屋なのですが、分かりますかね?」
「ああ、一番最初に行った部屋だから分かる。早速行ってみることにする。情報ありがとう」
ソフィアに礼を言ってから、俺は寝ていた部屋を出て魔法玉制作の部屋に行ってみることに決めた。
多分、ゴーレムの爺さんが最初にいたあの作業部屋だろう。
倦怠感と疲労感が凄まじいし、すぐにでも帰りたいところだが……。
ゴーレムの爺さんとは諸々の話をしておきたいし、さっさとあの作業部屋へと向かおう。
部屋のおおよその位置は分かっているのだが、この建物自体が想像以上に広いため、辿り着くのに結構な時間がかかってしまった。
治まっていた頭痛も酷くなりつつあるが、俺は諸々を堪えながら部屋の中へと入る。
「おお、もう回復したんじゃな。気分の方はどうなんじゃ?」
飄々とした様子で体調を尋ねてきたゴーレムの爺さん。
ヘスターもいると聞いていたが部屋には見当たらず、爺さんが一人で作業しているだけのようだ。
「体が重いし頭痛も酷いし吐き気もする。最悪のコンディションだ」
「ふぉーほっほ。そりゃよかった」
俺が絶不調なのを知ると嬉しそうに笑い声をあげた。
本当にこの爺さん……一度叩きのめしてやりたい。
「それよりも賭けの約束覚えているよな? 魔法の指導をしてくれたことは感謝しかないが、それとこれとは別物だ」
「もちろん覚えておる。賭けが成立した時は勝ち確の状況じゃと思ったんだがのう。ワシが思っていたよりかは、魔法の才があるようじゃな。……ま、戦闘中だったら倒れた時点で終わりじゃがな」
「いいんだよ。仮に戦闘中だったらあの場面で魔法は選択しない。賭けの内容は俺が魔法を放てるかどうか。成功した訳だし、約束通り一つ願いを聞き入れてもらう」
「構わん構わん。願いの一つぐらいなら安いもんじゃ。ただ許容範囲内で頼むぞい」
「ああ。爺さんに頼む願いは決まってる。俺とヘスターの魔法指導費をタダにしてほしい。永久にな」
ゴーレムの爺さんに白を切らせないため、俺は体調が最悪の中わざわざ約束を取り付けにきた。
どんな願いでもという言質を取っている中、この願いは安易な気もしたが……まぁ妥当なところと言えるだろう。
「お主とヘスターの指導料をタダに? まぁ別に一人や二人の指導料をタダにするくらい安いものだし構わんよ。もっと吹っ掛けてくると思ったが、意外と謙虚なんじゃな」
「爺さんが言ったように、俺が魔法を放ったと同時に気絶したのも事実だからな。この辺りがいい落とし所だろう。……また爺さんには賭けを吹っ掛けるから、その時はもっと良い願いを叶えてもらうよ」
「ふぉーほっほ。ワシが二度も負けるなんてないに決まっとろう。……とりあえず、お主とヘスターの指導料はなしってことで、今回の賭けについては終了じゃな」
「ああ。よろしく頼む」
しっかりと言質を取ったところで、すぐに体を休ませるべく俺は部屋を後にしようとしたのだが、ドアノブに手をかけたところでゴーレムの爺さんに呼び止められた。
「帰る前に一つだけ質問させとくれ。あの魔法どうやって使ったんじゃ?」
俺の方を一瞥することもなく、作業を行いながらそう言葉をかけてきた。
あの魔法というのは、魔力切れを起こしながらも放った【ファイアーボール】のことだろう。
ただどうやって使ったかと聞かれても、爺さんの真似をしたとしか言いようがない。
すぐに気絶したこともあって、前後の記憶も曖昧だしなぁ。
「どうやっても何も爺さんの魔法を真似ただけだ。恐らく魔力の扱い以外は、寸分の狂いもなく同じだったはず」
「…………………………」
「納得いかないのか?」
「いいや。ちょっと試したいことを思いついただけじゃ。今日はもう帰ってよいぞ」
思考していた時間も長かったし、煮えきらない答えで気になりはするが……それ以上に体が限界に近い。
今日はもう帰らせてもらうとしようか。
今すぐにでも倒れそうな体を必死に動かし、俺は『ゴラッシュ』へと帰宅したのだった。
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