第136話 世間話


 平原を後にしたのは、日が暮れ始めてからだった。

 俺とアルヤジさんがヘトヘトなのはもちろんのこと、ラルフも三人がかりで教わっていたからか、力尽きてレオンの背中で眠ってしまっている。


「へいへーい! そっちはどうだったんだ! アルヤジから何か教わったか?」

「ああ。かなり有力なことを教えてもらった。アルヤジさんのお陰で一気に強くなる道が見えた」

「アルヤジ――さん? なんでアルヤジにさん付けしてるんだよ! アルヤジを師匠と認めたのか?」

「師匠というより尊敬に値する人と認めた。……それよりレオン。ラルフの方はどうだったんだ?」

「うぉい! なんで俺は呼び捨てなんだよ! 模擬戦でクリスを叩きのめしただろうが! それに俺はアルヤジの所属するパーティのリーダーだぞ!」

「レオンには能力差で叩きのめされただけだ。この調子ならその内勝てるからな。尊敬はしない」

「くっそぉ! 全く本当に生意気な野郎だな! アルヤジ、よく手懐けたな!」

「いやいや、勝手にさん付けで呼び始めてくれただけです。僕は普通に稽古をつけていただけですよ」

「レオン。そんなことはいいから、ラルフのはどうだったか教えてくれ」


 それから、レオンの口からラルフの修行についての進捗を聞いた。

 どうやら話によると、ラルフも順調に稽古を重ねることができたようだ。


 特に守備面では突出した才能があるようで、何度もレオンの本気の一撃を止めたと自慢気に語っていた。

 ……やはり【聖騎士】としてだけでなく、守備に関してラルフは図抜けた才能を持っているんだな。


「でもよ、なんでラルフに壁役を任せないんだ? ラルフが壁役をこなせば、プラチナランクの依頼だって余裕でこなせるはずだぜ! 能力が低いのにあれだけ完璧に動けるんだからな」

「それはレオンがラルフを過少評価しているだけだ。俺はラルフが世界一の冒険者になると確信しているからな。守備にだけ特化させるのは勿体ないと思っている」

「せ、世界一? 急に何を言ってるんだ?」

「何ってそのままの意味だ。ラルフは世界一の冒険者になる。守備面だけに特化させたら世界一にはなれない。――理解できたか?」

「お前……。それ、本気で言ってるのか?」

「俺が嘘を言っているように見えるのか?」


 冗談だと思っているレオンに、俺は真剣な眼差しでそう告げる。

 

「……本当に冗談じゃなく、本気なのかよ! とんでもねぇな!」

「人生は一回しかないからな。糞みたいな、中途半端な人生を送るのはもったない」

「ひゅー、クリスはかっこいいね! レオンも昔はこうだったのになぁ!」

「いやいや、俺はこんなに無鉄砲じゃなかっただろ!」

「いえ、無鉄砲でしたよ。僕には世界最強になるって、影で言ってましたからね」

「おい、アルヤジ! 余計なことを言ってんじゃねぇよ!」

「レオンもそうだったんだな。……なぁ、なんでレオンはその夢を諦めたんだ?」


 俺が真剣な表情でそう尋ねると、下を向いたまま黙りこくったレオン。

 いつものノリで明るく適当なことを言うかと思ったが……。

 どうやら真剣に考えてくれてるみたいだ。


「…………高みって奴を知ってしまったからかもな。どう足掻いても到達できない高みをよ」

「ふーん。――なんかダサいな」

「あーはっはっは! レオン、ダサいだってよ!! 気に入った! アタシはクリスが気に入ったよ!」

「……俺はクリスが苦手だ! くっそ。なんでこんな生意気なんだよ!」

「そうでもないですよ。僕の教えにはしっかり従ってくれますし、敬称もつけてくれますしね」


 こうして【銀翼の獅子】の面々と会話をしながら、オックスターへと帰還した。

 夢が誰しも叶うとは思わないが、俺は死ぬまで諦めずに悔いのない人生を歩みたい。

 レオンとの話で強くそう思った。



「へー! クリス達、めちゃくちゃ良い家に住んでんじゃん!」

「確かにデケぇ家だな! 俺達なんてまだ宿屋暮らしなのによ! ……儲かってんのか?」

「いや、家賃が安かった。一ヶ月で金貨六枚だからな」

「金貨六枚!? 流石に安すぎるだろ!!」

「なんか事故物件らしく、前の住人が自死したらしい。そのお陰で破格の値段となっている」

「……だからですか。この家から、少し嫌な気配を感じます」


 そう言ったのは、僧侶のジョイス。

 やはり僧侶なだけあって、アンデッドに関しての勘みたいなものが冴えているのかもしれない。


「おいおい。こえーこと言うなよ。家に入りたくなくなってきたぞ!」

「レオンはアンデッドの魔物が苦手なのか?」

「そういうことじゃないだろ! 自死した人間の恨みとかって、なんか言葉に表し辛れぇけど嫌だろ!」

「よく分からん。特段変なことも起こってないしな。……家に入るのが嫌ならここまででいいぞ。ラルフを運んでくれてありがとな」

「冗談だろうが! ここまで来て入らない選択肢はねぇだろ!」


 ラルフを背負ったレオンが、俺を押しのけるように家の扉に手をかけた。

 一瞬、俺は引き止めようとしたのだが……。


「ぶあっふ! な、なんだ! 前が見えねぇ!」


 案の上、玄関前で待っていたスノーがレオンの顔面に飛びついた。

 幸い、攻撃を仕掛けた訳ではないようだ。


「おっ、ペットか? フワフワでめちゃくちゃ可愛いな!」

「ジャネット! 取ってくれ!」

「おーしおし、いい子だ! 真っ白でモフモフで可愛いなぁ!」


 レオンの顔に張り付いたスノーを引きはがすと、【銀翼の獅子】の面々はスノーを可愛がり始めた。

 

「なあ、これ……。スノーパンサーじぇねぇか?」

「本当ですね。真っ白でしたので気づきませんでしたが、スノーパンサーですね」

「見ただけで分かるのか?」

「そりゃあな! まだ子供だけど面影はある!」


 魔物だと気づいたのにも関わらず、ジャネットが抱いているスノーを四人で撫でまくっている。

 魔物を飼ってる人って、意外といたりするのか?


「ノーファストじゃ、魔物を飼っている人って珍しくないのか?」

「いや、珍しいけどいるって感じだな。俺らと同じミスリルランクにも魔物使いはいるし」


 これは初耳だな。

 レアルザッドでもオックスターでも、魔物使いはいなかったため禁忌だと思っていたが、もし大々的にスノーを飼えるのであれば……。

 いちいち鞄に隠さずに済むようになるぞ。


「これって誰の従魔なんですか? ラルフ君は違う気がしますし、ヘスターさんかクリス君のでしょうか?」

「いや、はぐれていたのを拾って飼ってるだけだ」


 俺がそう言った瞬間、場の空気は固まり――抱えているジャネット以外はゆっくりと距離を取った。

 いきなり撫でられなくなったスノーはというと、小首を傾げながらキョロキョロと離れた三人を見つめている。


「普通に駄目じゃねぇかよ! 従魔じゃないのか!」

「やっぱり駄目なのか。隠れて飼って正解だな」

「クリス君たちは、襲われたりしていないんですか?」

「今のところは大丈夫だな。スノーは頭も良いし、襲ってくる気配は見えない」


 俺はジャネットからスノーを預かる。

 ベロベロと顔を舐めてくるが、静止させて部屋の中へと連れ戻した。

 それから全員を家の中へと上げると、ジロジロと興味深そう家の中を散策している。

 

「ラルフはそこら辺に寝かせて置いてくれ。……四人も泊まっていくか? 指導してもらっているお礼といったらアレだが、寝る場所くらいなら貸せるぞ」

「いや、宿ならもう既に取ってあるから大丈夫だ! それじゃクリス! また明日だな!」

「クリス君、しっかりと体を休ませておいてくださいね。明日もスキルの扱いを教えますから」

「分かった。しっかり体を休ませておく」


 こうして、家までラルフを送り届けてくれた【銀翼の獅子】の面々と別れた。

 あの口ぶりからして明日も指導してくれるみたいだし、アルヤジさんがオックスターにいる内に、無詠唱でのスキルの発動は覚えておきたいところ。

 そう個人的な目標を立てたところで、ラルフを二階の自室まで運んでから、遅くなりそうなヘスターの分も合わせて食料の買い出しへと向かったのだった。

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