第110話 絶対絶命
頭と体が完全に離れたが、体の部分はまだ跳ねるように動いている。
この生命力の高さが少し不気味に感じるな。
「クリスさん! やりましたね!」
「ヘスターも【ファイアボール】良かったぞ。次もこの調子で頼む」
「なんかあっさりだったな! 推奨討伐ランクがプラチナって聞いてたから、もっと強いのかと思ってたわ!」
「猛毒を持ってるからプラチナらしいし、【毒無効】持ちの俺が前に出て、単体相手ならこんなもんだろ。それに捕食中を襲ったのも良かった。完全に身動き取れなくなっていたからな」
口に咥えられたまま、毒によって死んでしまっているホーンディアーの角を持って引きずり出してから、討伐の証として二股に分かれている舌を剥ぎ取った。
この調子でヴェノムパイソンを狩っていければいいのだが、対峙してみて分かったが複数相手だとかなり厳しそう。
なるべくはぐれている個体から倒していきたいが……まぁそう上手くはいかないだろうな。
ヘスターの【ファイアボール】で死体を焼却してから、俺達は再び捜索しながら山頂付近を進む。
……ヴェノムパイソンの影響か、魔物も動物もほとんど見えない。
そんな中でも集中を切らさずに静かな北の山を歩いていくと、今度は前方に二匹固まったヴェノムパイソンの姿が見えた。
近くに獲物がいる様子もなく、舌をチロチロと出しながら辺りの様子を伺っている。
できれば孤立した奴を狙いたかったが、最低でも十匹がいることを考えると、二匹は許容範囲内か。
「前方に二匹のヴェノムパイソン。複数匹だが倒すぞ」
「作戦はどうしますか? さっきと同じでしょうか?」
「同じでいいと思う。それと、ラルフ。剣を貸してくれ」
「剣……? 二本使うのか?」
「一撃で両断できなかったからな。筋力をつけたから二本持ちできるだろうし、念のための二刀流も小さい頃に叩き込まれている」
「そういうことなら、分かった。大事に使ってくれよ!」
「ああ。その代わり……鉄の盾を渡しておく」
俺は新調した鉄の盾をラルフに渡し、代わりに鉄の剣を受け取った。
これで俺が攻撃特化、ラルフが防御特化。
ラルフには死ぬ気で自分の身とヘスターを守ってもらい、俺は少しでも早くヴェノムパイソンを片付ける。
短く息を吐き、俺は二匹固まったヴェノムパイソンに近づいていく。
そして――気づかれた瞬間に一気に駆け出し、距離を詰める。
両手に一本ずつ剣を握り、自分の行うべき行動を頭の中で何度も復唱していく。
ヴェノムパイソンの動向だけに意識を割き、一匹のヴェノムパイソンが俺に気が付いた瞬間――。
俺は一気に飛び出そうとしたのだが……。
丁度そのタイミングで、背後から大勢の何かが近づいてくる音が聞こえた。
目の前のヴェノムパイソンに集中しないといけないと分かりながらも、俺は振り返り何が近づいてきているのかを確認する。
先頭を走っているのは――グリース?
そしてそのグリースの後ろには、グリースのパーティメンバーもいて……全員の表情がニヤけきっている。
嫌な予感がし、先頭のグリースたちから視線を切って、その更に後ろに視線を向けると、グリースを追っているヴェノムパイソンの群れが見えた。
ニヤつくグリース一行と、そのグリースを追うヴェノムパイソンの群れ。
――そして、俺の後ろには更に二匹のヴェノムパイソン。
何が起こっているのか全てを察し、即座に逃げの手に移ろうとしたが――左手は壁のため、右手に走って崖から飛び降りるしか退路はない。
ここは頂上付近であり、あの崖から飛び降りたら……それこそ死を意味する。
絶体絶命の状況の中、俺達が身動きを取れずにいると――。
先頭を走っていたグリースたちは迷うことなく、右手の崖に向かって走りだし、唯一の退路である崖からの逃亡を図った。
一瞬、自決に走ったのかとも思ったが、グリースの体が一気に膨張。
それから、その膨張したグリースの上に全員が乗った。
「【体形膨張】【外皮強化】【肉体向上】【要塞】! ――クリスゥー!! あとは頼んだぜ! へーへっへっへ!! 死ぬのはテメェの方だったな!!」
いくつものスキルを発動させてから、笑いながら俺にそう声を掛けると、パーティメンバーを乗せて落下していったグリース。
――クソッ! 完全にやられた。
魔物の注意を惹き、意図的に大量の魔物を引き連れてなすりつける……通称“トレイン”と呼ばれる行為。
絶対にご法度なこの行為だが、まさかヴェノムパイソンで行ってくるとは思わなかった。
グリースが連れてきたヴェノムパイソンは、崖の下へと落ちていったグリースを諦めて、真ん前にいる俺達に標的を向けてきた。
そして、俺が攻撃しようとしていた二匹のヴェノムパイソンも、俺の方へと地面を滑るように近づきている。
「こ、これは死んだか……? くそぉ!! グ、グリースの野郎!!」
「ラルフ、落ち着け。まだ助かる方法はある。お前達は背後の壁際に引っ付き、ヘスターの【アースウォール】で四方を塞いで隠れていろ」
「俺達だけ……? そんなことできる訳ないだろ!! だったらクリスも一緒に隠れてやり過ごそう!」
「それだと多少の延命処置にしかならない。ヘスターの魔力が切れた瞬間に終わるからな。……はっきり言うが【毒無効】を持っていないお前達は、この状況じゃ足手まといなんだよ」
「あ、足手まとい……。す、少しくらいなら、クリスさんの役に立てますよ!」
「役に立つのは今じゃない。ここでお前たちに死なれたら困るんだ。俺を信じろ。――大丈夫だ。俺の死地はこんなところじゃない」
「…………分かりました。私はクリスさんを信じます!」
二人にそう告げて、俺は一歩前へと出る。
ヴェノムパイソンの数は、俺達が見つけた二匹とグリースが引き連れてきた四匹の計六匹。
傍から見れば絶体絶命なのだが、不思議と一切負ける気がしていないんだよな。
「クリス!! 本当に大丈夫なのか?」
「ああ。俺が呼んだら魔法を解除して出て来てくれ」
「――はい。……ラルフ、行くよ。【アースウォール】」
ヘスターの魔法で二人が隠れたのを見てから、俺は剣にジンピーのポーションを垂らす。
グリース用に持ってきたジンピーのポーションだが、こういった形でまさか役立つとは思わなかった。
毒を持っていようが、自身の毒に耐性があるだけでジンピーの毒は効くはず。
体がデカいから、毒が完全に回るまでは時間がかかるだろうが、小さな切り傷でも致命傷となり得るのは大きい。
「さて、楽しい戦いにしようぜ」
毒を塗りたくった二本の剣を構え、囲むようににじり寄ってきたヴェノムパイソンの群れに、俺はそう高々と宣言する。
そんな俺の声に反応するかのように、一匹のヴェノムパイソンが俺に攻撃を仕掛けたことで――。
ヴェノムパイソンの群れとの戦いが開戦されたのだった。
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