第96話 不動産屋


 翌日。

 部屋を走り回り始めたスノーに踏まれ、目が覚めた。

 

 スノーパンサーなのだが、まだ足取りも覚束ないようで動きもかなり鈍い。

 ――でも楽しいのか、目を輝かせながら部屋を走り回っている。


「クリスさん、おはようございます。スノー、元気ですね!」

「そうだな。……今はまだいいが、大きくなったらとんでもないことになりそうだ」

「どれくらいで大きくなるんだろうな! スノーの親がとんでもなく大きかったからな……。大きくなったら、家壊されるんじゃないか?」

「程よいタイミングで逃がさないと駄目だな。デカくなりすぎてからじゃ、家から出すことができなくなる」


 スノーを見ながら、三人で頭を悩ませる。

 食費も馬鹿にならないだろうし、狩りの仕方とかもいずれ教えないといけないんだろうな。

 ラルフとヘスターで一段落ついたと思ったんだが、また新しく手間のかかる奴がやってきてしまった。


「とりあえず今日は不動産屋に行ってくる。ラルフとヘスターはどうする?」

「ブロンズの依頼をこなしてこようかと思います。お金も稼がなくてはいけませんし」

「……でも、スノーが心配だなぁ。依頼につれていくか?」

「過保護になりすぎるのもよくないって、昨日自分で言ってただろ。病気も怪我もないみたいだし、少しくらい放っておいても大丈夫だ」

「確かにそれもそうか。なら、クリスが面倒みてやってくれ! 街に残るなら、定期的にここに戻ってこれるだろ?」 

「分かったよ。昼飯時には一度様子を見に来る」


 各々のやることが決まったことで、俺はヘスターとラルフを見送った。

 本当は、二人にスノーパンサー戦の良くなかった部分を実践で伝えたいんだが……それは明日でいいだろう。

 

 今日は借家を探し、良い物件があれば即決めてしまう。

 それから……魔力の上昇する植物の識別と、ジンピーのポーションの効能も確かめておきたい。


 金はあまり使えないが、この二つは早めに判別しておきたいからな。

 そんなことを考えている内に丁度良い時間になったため、俺も『木峯楼』を後にして、不動産屋へと向かうことにした。


 俺まで部屋から出て行ってしまうと分かると、スノーは甘えるようにふんふん鳴いていたのだが……。

 部屋を出てから扉に耳を当てていると、数分足らずで静かになり、こっそり扉を開けて様子を見てみると――布団の上で腹を出して眠っていた。


 あの強かったスノーパンサーの子供とは思えない警戒心のなさだが、寝ていてくれるなら良かった。

 俺は再び静かに部屋を出て、不動産屋へと向かった。



 辿り着いたのは、商業通りにある不動産屋。

 家なんて借りたことがないから何も分からないが、とりあえず中に入ってみようか。


「いらっしゃいませ。何か物件をお探しでしょうか?」


 中に入るなり、話しかけてくれたのは清潔感のある男性。

 尋ねたら、条件に合った家を探してくれるのか?


「一軒家の借家を探しているんだが、探してもらえたりするのか?」

「もちろんです。どうぞ、こちらにお掛けください」


 その言葉に甘え、男性のいる前の席に着いた。


「まずは自己紹介からさせて頂きます。私はビクターと申します。どうぞよろしくお願い致します」

「クリスだ。よろしく頼む」

「それではまず、ご希望のエリアをお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「エリア……? エリアはどこでも構わない」

「どのエリアでも大丈夫ということですね。それではご希望の条件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「一軒家で広い家がいいな。それでいて家賃が安いところはあるか?」

「広くて安いお家ですか……。それでいて、一軒家の借家ですよね」


 自分で提示しておいてなんだが、かなり無茶苦茶な条件な気がしてきた。

 別に広くなくても、一軒家なら十分か……?

 そう思い直し、訂正しようとしたのだが――。


「とりあえず候補を絞ってみましたので、見て頂けますか?」

「もう絞れたのか?」

「はい。エリアはどこでもいいとのことでしたので、広い一軒家で借家。値段が安いものをリストアップしてみました」

 

 俺は渡された貸家の詳細が書かれた書類を見てみる。

 どれも一ヶ月で金貨十枚程度、予想していたよりも安いが……。


「この物件ってなんでこんなに安いんだ?」


 俺の目に留まったのは、居住区右にある広く大きな一軒家。

 内容を見る限りではかなりの優良物件に見るが、一ヶ月辺りの家賃が金貨六枚と破格の値段。


 一日辺りで考えると、銀貨二枚ということだ。

 流石に格安宿屋と比べたら高いが、広い一軒家に住めて銀貨二枚は破格の値段。


「そこの家はですね……。前に住んでいた人が自殺で亡くなってしまっているんです。そのせいで値段が落ちているんですよね」

「それだけなのか?」

「はい。それだけなのですが、気味悪がる人が多いのが事実ですので。こうして値段を下げても、家を借りる人が見つかっていないという現状なんですよ」


 確かに人が自ら死んでしまった家というのは、気分の良いものではないが……。

 それだけで値段が安くなるのであれば、俺としては全くもって問題ない。

 他も色々見た方がいいのだろうが、俺の気持ちは既にここに決めてしまっている。


「ここの家を借りることは出来るか? すぐに住みたいんだが」

「……え? もう決めてしまってよろしいのですか? 内見もできますよ?」

「いや、内見はしなくていい。契約できるならすぐにしたいのだが」

「そうですか。ありがとうございます。諸々の書類等をお持ち致しますのでお待ちください。入居に関しましても、できるだけ早く入居できるように手配させて頂きます」


 こうして、とんとん拍子で住む家が決まった。

 書面で見る限りは、他にないくらいの良物件だったがはたしてどうだろうな。

 

 その後、不動産屋の従業員であるビクターから諸々の説明を受け、確認書類等の記載を終えて契約をすることができた。

 入居日についても、家の持ち主にかけあってくれたようで、金さえ払えば明日にでも入居することができるみたいだ。

 最低でも三日はかかると思っていたが、予想していたよりも遥かに早い。


 退去するときは二週間前には連絡が欲しいとのことだったが、俺の場合は何があるか分からないため、急いで家を出なきゃいけない時のことを考えておかなければならないな。

 シャンテル辺りに相応の金を握らせて、諸々の処理をやってもらうのが手っ取り早そうだ。


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