第51話 絆


「この道をずーっとまっすぐ行けば王都ですよ」

「案外近いんだな。まだまだ先かと思ってた」

「いや、まだまだ先だぞ。真っすぐっていっても、あと数時間は歩かなきゃならないからな」

「なら結構遠いのか。道中はやることもないし暇だな。警戒して持ってこなかったが、こんなことなら毒草を持ってくれば良かった」

「……なぁ暇ならよ、各々の過去について話さないか?」


 雲一つない晴天な上に、暑くもなく気持ちの良い風が吹く中、ラルフは一瞬溜めてからそんなことを言い出した。

 各々の過去か。と言っても、俺は二人にほとんど話してしまったからな。


「別にいいが、俺はもう話すことなんてないぞ。二人には全て話したからな」

「ぜんっぜん聞いてねぇよ! 聞いたのは軽い生い立ちだけだろ? ほ、ほらよ……か、彼女とかいたのか? 可愛い幼馴染とかさ。クリスはいいところの生まれなんだろ?」

「か、彼女!? 可愛い幼馴染!? ……クリスさん、いたんですか?」


 なぜか過剰に反応したヘスターは、ラルフを押しのけて重複する質問をしてきた。

 

「彼女……か。彼女なんてものがいれば、俺は殺されかけてても復讐に燃えることもなかったんだろうな」

「ということはいないのか?」

「ああ。可愛い幼馴染もいない――というか、俺は男友達すら一人もいなかった」

「…………は? 男友達すらいなかった? どんな環境で育ったんだよ」

「だから前に言っただろ。幼少期からずっと剣の指導を受けてたんだよ。空いた時間は文字の読み書きの勉強。俺の唯一の楽しみは夜中にこっそりと書庫に忍び込んで、英雄伝を読むことだけだった。……いや、おつかいを頼まれた時の八百屋のおっちゃんは俺に優しくしてくれたっけか。この場合、八百屋のおっちゃんは友達に入るか?」


 大真面目に質問したのだが、二人は返事をすることなくそっぽを向いた。

 この反応からして、八百屋のおっちゃんは友達には入らないみたいだな。


「八百屋のおっちゃんが友達に入らないなら、俺には友達と呼べる人は一人もいなかった」

「お前の家系は剣術の指導をしていたんだろ? 門下生もたくさんいたんじゃないのか?」

「同い年くらいの奴もいたけど、俺だけは常に別トレーニングだったんだよ。ちゃんと話したことなんて数回ぐらいだ」

「本当にとんでもない環境にいたんだな」

「それが当たり前の世界だったから気づかなかったが、今思い返せばそうなのかもしれないな。誰よりも走らされたし誰よりも剣を振ってきた。ふっ……でも、俺本来の身体能力はヘスター以下なんだぜ? 面白いだろ」

「いや、本気で笑えねぇよ」

「俺はもう吹っ切れてるから笑っていいんだよ。それだけ『天恵の儀』が残酷なものだったって話だな」


 親父はずっと、幼少期の能力が『天恵の儀』で影響されると思い、俺に厳しく指導してきたみたいだが……。

 死力を尽くした俺が【農民】で、何もしてこなかったクラウスが【剣神】を授けられたことで、この論は完全に否定されたこととなる。

 完全な運なのか、それとも生まれ持った瞬間に定められているのか分からないが、本当に残酷なものだ。


「もっとキャッキャした話がしたかったのに、クリスの話は重過ぎるわ!」

「それじゃお前達はどうなんだ? 彼女とか彼氏はいたのか?」

「いるわけねぇだろ。裏通りで生まれ育って、幼少期から恋愛なんかに割ける時間は一切ない」

「そうですね。私も生きていくことに必死で、そんなことを考えたことすらんかったです」

「……お前達の話も十分重いだろ。そういえば二人はいつから一緒に行動しているんだ? 今まで聞いたことがなかったな」


 二人の出会いについては聞いたことがなかった。

 というよりも、俺が二人に対しての質問をしたことがない。

 掘れば掘るだけ爆弾のような話ししか出てこなさそうだし、意図的に避けてきたのだが、二人の出会いぐらいは知っておきたいところ。


「出会いは覚えてないな。ヘスターと俺は本当に小さい時から顔見知りだったんだ。ヘスターは今はもうない孤児院で暮らしていて、俺は母親と義父とでテントみたいなところで暮らしていた」

「そうですね。顔は昔から知っていました。一緒に行動するようになったのは、孤児院が潰れてからですけど」

「ヘスターの孤児院はなくなってしまったのか。……それは大変だったな」

「いえ、孤児院といっても子供を売りさばいていたような、とんでもない孤児院だったので潰れて当然の施設でした。他の子たちは兵士に保護されて別の街へと移ったみたいですが、私だけはレアルザッドに残ったって訳です」

「俺の方は、ヘスターの孤児院が潰れる一年前に母親が何処かに消えたんだ。そんで残された俺は、母親が出て行く数年前に連れて来た義父と二人で暮らしていた。義父は一日中酒ばっか呑んでるゴミのような男で、よく暴力を振るわれ、俺は反抗できずにその頃から盗みを働いて金を稼いでいたんだ」


 …………やはりとんでもなく重い話だ。

 二人の馴れ初めですら、こんな重い方向へと突き進むんだもんな。


「二人の……。で、出会いの話を聞かせてくれ」

「そう焦るなって。盗みをして金を稼ぐようになって一年ほどが経過した時、俺は初めて盗みを失敗してしまってな。金を一切稼げずに家に戻ったんだよ。……そしたら義父は怒り狂って、今までで一番の暴力を俺に振るってきた。しまいには高所から投げ飛ばされて、その時に左足から着地して大怪我を負ったって訳だ」

「その時に丁度、孤児院が潰れて行き場をなくした私が、道で倒れているラルフを見つけて介抱したんです。このことが、私とラルフが一緒に行動するようになった出来事ですね」


 俺とはまるで別の世界で生きてきたかのような話だ。

 俺も辛い幼少期を過ごしてきた自覚はあるが、ラルフとヘスターの方が何倍も辛い過去を生きてきている。


「そうそう。それから動けるようになるまで一週間ぐらいかかって、義父を殺してやろうと覚悟を決め、足を引きずりながら家に戻ったんだけど……。当の義父は空の酒瓶を片手に既に死んでいたんだよ。俺が一年間も養っていたから、一週間すら自力で生きていくことができなかったって訳だ。――面白いだろ?」

「……笑えねぇって」

「まぁ復讐は果たせなかったが、俺は無事に義父から解放されたんだ。それで介抱してくれた礼も兼ねて、ヘスターにはずっと使われてない廃屋の場所を教え、そこで一緒に暮らしていくことになった」

「……なるほど。そこから俺が出会うまで、二人は盗人生活を続けてきたって訳か」

「あっいえ、盗みはしてなかったです。ラルフは怪我でまともに歩けなくなってましたし、私は身体能力に自信がありませんでしたので、体が大きくなるまでは靴磨きとか荷物運びとかで稼いでいました。盗みを始めるようになったのは、『天恵の儀』が終わった直後でした」

「この生活を抜け出すために、ヘスターが魔導書を買いたいって言いだしたんだよ。白金貨二枚を稼ぐには盗みしかなくて、本気で死を覚悟して俺達は盗人になることを決断した。へへっ、クリスに捕まった時は、本当に人生終わったと思ったよな!」

「そうですね。………………でも、私達にごんな人生に待っでいるどは、思っでいまぜんでしだね」

「泣ぐなよ。俺達はもう泣がないって決めだだろ?」

「ごめん。でも、ラルブも泣いでる」


 過去を鮮明に思い出し、感極まったのか二人して目にいっぱいの涙を溜めた。

 必死に泣かないようにと空を見上げているが、涙がとめどなく頬を伝っている。


「でも、これで分がっだだろ? 俺とヘスターがクリスに本気で感謝している理由」

「そうだな。俺はあの時お前達の事情を知らなかったが、あの時パーティに引き入れて良かったと今確信したよ。……これは同情とかじゃなく、それだけの過去を生き抜いた奴らだ。身体能力で負けていたとしても精神面では絶対に負けない。勝つまで挑めば絶対に勝つんだからな」

「…………はい! 私は絶対に諦めません。クラウスさんを超えましょうね」

「そうだな! 俺はクリスの弟を超えて最強の冒険者になる!」


 涙を拭きとり、スッキリとした顔つきになった二人は、そう高らかに宣言した。

 王都へ向かう道中の、赤の他人から見れば些細な世間話だったかもしれないが、俺は二人との絆が強く深まったと感じた。


 親父に手のひらを返されて以降、一生人を信じない。

 そう決めていた俺だが、この二人ならば心から信用してもいいかもしれない。

 そんな風に思えた出来事だった。


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