第15話 可能性
俺は部屋に入って早々にへたれたカチカチの布団に寝転ぶと、先ほど『七福屋』で後払いで譲ってもらった本を広げて読み始める。
明日のことを考えなければいけないのは分かっているのだが、今日はひたすら公道を歩き、初めて訪れた見知らぬ街でスリにまであった。
疲労がピークに達しており、思考することすら体が拒否している。
ただ、せめて何かをやらなければいけないという思いから、俺は本に手を伸ばして読み始めたのだ。
俺は昔から本を読んで、その物語の主人公に没入するのが好きだった。
現実では成し遂げれないようなことも、物語の主人公に重ね合わせることで何にでもなれたから。
今回読んでいる本である『植物学者オットーの放浪記』も、オットー目線で様々な旅が繰り広げられているため、過度な思考をせずとも本の世界に没入することができた。
部屋に備え付けてあるランプで照らし、ページを捲っては自分をオットーに重ね合わせて物語を読み進めていく。
『植物学者オットーの放浪記』は、俺が今まで読んできた伝記とは違った切り口で、ドラゴンを倒したり魔王を倒したりではなく、旅の目的が新種で有用な効能の植物を見つけること。
一見、地味な内容のようにも思えるのだが、ついこの間までペイシャの森で様々な植物と接してきた俺にはタイムリーな内容だった。
伝記では曖昧に描かれている地名や名称もしっかりと記載されている上に、植物学者ということもあり、植物に関する豊富な知識量での植物の解説も分かりやすく面白い。
本では新種の植物として書かれている植物も、今現在では俺でも知っているような植物もあるため、歴史の一端を垣間見れている気がしてワクワクする内容に仕上がっている。
そんな『植物学者オットーの放浪記』だが、俺が一番惹かれたのはオットーですら解明出来なかった新種の植物についての記載。
植物を探して色々なところを放浪する中で、解明出来た新種の植物以上に未知の植物があったと書かれている。
採取地ごとに解明出来なかった植物の数とその特徴も記載されているのだが、そのほとんどが人体にとって危険な植物。
つまりは、毒または猛毒を持つ植物。
オットーは、毒草には高い潜在能力が秘められていることを確信するものの、人体に有害であるために手出しできなかったことを酷く悔やむ描写がいくつもあった。
その事実に、オットーになりきって物語を楽しんでいた俺が一気に現実へと呼び戻される感覚に陥る。
オットーですら解明することが出来ず、そして今現在でも毒を持っているからこそ、効能が分かっていない植物がいくつもあるのだ。
オットーが悔やむような潜在能力を秘めている有毒植物が、本当にこの世にあるのだとすれば……。
【毒耐性】を持つ俺ならその有毒植物を突き止め、【剣神】であるクラウスに一泡吹かすことのできる力を身に着けることが可能かもしれない。
自分ではいくら考えても、使いどころを見いだせなかった【毒耐性】のスキルが、今まさに黄金色に輝きを放ったように俺は感じた。
俺は興奮冷めやらぬまま分厚い本を最後まで読み切り、体に籠った熱を吐き出すように大きく深呼吸をする。
気が付けば窓から光が差しており、思考しつつ本を読み切ったことで夜が明けてしまったようだ。
昨日はハードな一日だったのにも関わらず、徹夜で本を読みふけってしまった訳だが、希望が見えたことによる興奮のせいか疲労も眠気も吹き飛んでいる。
ただ、流石に少しくらいは眠らないと倒れてしまうため、高鳴る鼓動を無理やり鎮めながら、俺はひとまず浅い眠りについたのだった。
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