9. ゴンドロウワ艦隊
「おかしいぞ……」
航法席のディスプレイをにらみながらシェンガがうなった。
「とっくに射程内まで近づいて来たのに、一向に撃ってこねえ……どういうわけだ?」
クアンタもレーダーの数値を読んでその事実を確認した。
「何か、白色光弾砲を使えない理由がある……ということか?」
空里はネープと目を見合わせて無言で同じ結論を共有し、少年にそれを代弁させた。
「彼らの狙いは、アサトの生捕りでしょう。赤色熱弾砲の射程まで接近して、この艦を拿捕するつもりです」
粒子ビーム発射装置である白色光弾砲は、射程が長くその威力も大きい。並みの巡航宇宙艦なら一撃で撃破出来るが、限定的な損害を与えるような使い方には向いていなかった。
レールガンの一種で短射程の赤色熱弾砲なら、正確に機関部だけを破壊して船の足止めをすることも出来るのだ。
「なんだって今さら私の身柄を欲しがるのかしら?」
「わかりませんが、この機に少しでも目的地に近づきましょう。第三惑星の軌道はすぐそこです」
「もう、ここまで大きく見えてるぞ」
シェンガが受光器の捉えた天体のイメージを投射した。だがそこに浮かんだのは生命を宿さぬ灰色の星の姿だった。
「ありゃ、これは衛星の方か」
月だ……とうとう、帰って来たのだ。
空里は、見慣れぬ裏側の顔を見せてはいるが懐かしい月の姿に感慨を覚えざるを得なかった。
そのもの想いを、立体ディスプレイ上を走る赤い火線が切り裂いた。
「来たぞ! 赤色熱弾攻撃!」
「シールド展開。アサト、座席に着いてください。しばらく危険な回避運動が続きます」
立っていた一同は、ネープに言われるまま手近のバケットシートに飛び込んだ。
直後、スター・サブは急旋回で機関部を狙ってきた赤色熱弾を避けた。まだ射程ぎりぎりなのだろう、照準も正確にはなされていないようだった。が、赤い火線は次第に密集し始め、それを避けるネープの操舵はブリッジ内に強いGの嵐をもたらした。
「カ……カプセルに戻った方がいいなじゃない?!」
ティプトリーが悲鳴に近い声を挙げた。
しかし、そんなゆとりもないことは全員がわかっていた。
「囲まれそうだな……!」
シェンガの声にディスプレイを見上げると、二十個近い光点がじわじわとスター・サブを示すポイントに近づきつつあった。
空里はわかりたくなかったが、かなり絶望的な状況に陥りつつあることがはっきりわかった。
「ネープ、みんなをコルベットに移乗させない?」
それだけで、少年は空里の意図を正確に悟った。
「そして、あなたと私だけでここに残りますか」
「残ってどうする気だよ、アサト」
シェンガが聞いた。
「わからない……でも、このままだと多分、全員が死ぬわ。そうなる前に……うっ!」
またしても回避運動による大きな重力が空里の身体を押さえつける。
次の瞬間、どんという大きな衝撃がブリッジを襲った。
「直撃を食らいました。シールド二十パーセント減衰」
恐らく、あと一撃でシールドは消える。コルベットへの移乗も、もう間に合わない。もはや、
これで終わりということか……
「みんな、ごめん……」
空里は言った。
「あたし、結局何も出来なかった……みんながあたしを助けるために戦ってくれたのに、自分だけ何もしてない……もし、降参してあたし以外のみんなが助かるなら、そうするように通信してみる……」
ブリッジを満たすエンジン音と振動音が気にならないほど重い沈黙が、一同を覆った。
こらえきれなくなったように、シェンガがそれを破った。
「何言ってるんだよ。何もしてないもなにも、これはアサトが始めた戦いだぜ。銀河皇帝を倒して、すべてを変えちまったんだ。俺たちは……少なくとも、俺はそれにのっかっただけだ。それを終わらせるのは俺たちのためじゃねえ。アサトがどうしたいかだけだ」
ティプトリーが自嘲気味に笑った。
「まあ……私もたまたま付いて来ちゃっただけだし。あなたとネープが帝国軍を片づけてくれなかったら、それも出来なかったし……やっぱり、あなたにお任せよ。降参なんてつまんないんじゃない? なんとかあいつらに一泡吹かせましょうよ」
「なんとも……仲間に恵まれた皇位後継者だな。後継者で終わるのはもったいない」
ミ=クニ・クアンタも苦笑した。
いつの間にか、空里の頭上で漂っていたドロメックが、彼女の眼前に下りてきた。
何? 慰めてくれてるの?
泣きそうな顔を銀河中に送ったりしないでよ……
空里は喉の奥でうずくものを感じながら、周りにいる彼らのために何がベストかあらためて考えようとした。
会話に加わっていなかったネープだけが……
レーダースクリーン上で、敵艦隊と反対方向から近づいてくる光点に気づいていた。
何だ……?
* * *
「敵艦シールド、ほぼ消失しました。機関部を破壊して接舷。乗船チューブを接続して機動突撃隊を送り込みます」
コルーゴン将軍が報告した。
エンザ=コウ・ラはビュースクリーンに投射されたスター・サブの姿を凝視しながら命令した。
「繰り返すが、敵艦乗員は決して殺傷してはならん。武器は全て麻痺レベルにセットせよ」
「突撃隊に再度伝達します」
もう少しだ……
さて、あの娘を捕らえてからどう「対決」の構図へ持って行こうか……ショック・ソードでの決闘なら、まず間違いなく勝てるだろう。
やっかいなのは場所だ。〈
第三惑星はすぐそこだったが、その小さな衛星の方が近かった。
艦に搭載している強襲揚陸用のスター・ガンボートで衛星の方に着陸し、船倉スペースで料理してやるか……
そんなことを考えていると、突然ビュースクリーンがパッと真っ白になり、そのまま映像が消失した。
「なんだ?」
「わかりません。映像を送っていた高速駆逐艦に何か……」
将軍が部下に確認させようと振り向いたその時、ブリッジを鋭い衝撃が二度、三度と襲った。
索敵要員の兵が叫んだ。
「攻撃です! 第三惑星方面から、白色光弾による攻撃が……!」
レーダー画面がブリッジの中空に投影され、新たな脅威が立体映像とし映し出された。
「これは……」
エンザは息を呑んだ。
こちらの艦隊に倍する数の宇宙船群が、スター・サブを挟んで真っ直ぐこちらに接近して来ている。
「ゆ、友軍です! ハイタカ級巡航宇宙艦五十、いや七十……」
「友軍なら、通信せよ。どこの所属か……」
コルーゴン将軍の命令に通信兵が誰何のメッセージを発信する。
だが、エンザにはその返事を待つことなく、敵の正体を察知することが出来た。
簡単かつ、当然の結論だった。
第三惑星には銀河皇帝が率いていた大艦隊が残されていたのだ。
* * *
「ゴンドロウワ……」
スター・サブのブリッジでも、ネープがその正体に気づいていた。
地球の衛星軌道や主要都市上空に展開していた人造人間たちの艦隊は、いま白色光弾砲を撃ちまくりながら、スター・サブを囲むように急接近してきていた。だが、その火線は決してスター・サブを狙わず、その向こう側から追ってくる、帝国軍機動艦隊を殲滅しようとしているのだ。
一体、なぜ……?
空里がその疑問をネープに向けようとしたその時、通信席の機械が静かだがはっきりとしたアラーム音を立てた。
「直接戦闘通信が入ってきたぜ。立体映像付きだ」
「つないでみろ」
ネープの指示で、空里の目の前に小さな人型の像が浮かび上がった。
あの爆心地の浜辺で、置いてけぼりを食わせた人造人間のチーフがそこにいた。
「アサト様……」
ゴンドロウワのチーフはかつての機械的なものではない、理性的な声で空里に語りかけてきた。
「アサト様、ジューベーであります」
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