4. 反時力航法エンジン

「これほど足元のおぼつかない新皇帝も、帝国史上にそうはいないだろうな……」


 〈守護闘士宮ネイペレス〉の屋上から、玉座機スロノギアの操作に悪戦苦闘する空里を遠目に見つめ、ミ=クニ・クアンタは言った。

 玉座機スロノギアには短い四本の足が生え、主人の命令で赤子のような歩みを試しているところだった。


「あらゆる意味で、閣下のおっしゃる通りです」

 傍に立つ完全人間ネープのリーダーが言った。

「何より彼女には、帝国におけるバックが無い。これは皇位を維持する上で最も深刻な問題となるでしょう」

「前にも言ったよな。味方はネープとゴンドロウワ……それにミン・ガンもついたら大した勢力となるだろう。だが、その全部を束ねるのは簡単ではない。それでも、ネープはあの娘の即位を進めるわけだな?」

「それが〈法典ガラクオド〉の定めるところです」


 玉座機スロノギアは足を収納して、再び黒い金属の塊となった。

 皇位後継者は、指導員である少女の言葉にうなずきながら熱心に耳を傾けている様子だ。


「酷な定めだが、それはわしにとっても同じようだ。あの娘についてラ家とのケンカになったら、わしは〈重力導士連グラブナ〉からも元老院からも放逐されるかもしれんて……」

「それでも、閣下は即位をお認めになるのですね。レディ・ユリイラへの意趣返しとして」

 クアンタはわずかに顔をしかめた。

「そうは言わん……むしろ、あの姫様にうまくのせられた気がするよ。理由は分からんが……わしをあの娘の後見にしたいのではないか……とな」

「それでは、レディ・ユリイラがアサトの即位を望んでいるということになりませんか?」

「だから、分からんのだよ……」


 出し抜けに、玉座機スロノギアが何本もの長い棘を四方へ伸ばした。それをさせたはずの空里本人がびっくりした様子を見せている。どうやら、襲撃に対する防御の練習に入ったようだ。


「とにかく、即位が成ればことははっきりするだろう。あの娘の母星に辿り着ければ、な」

「今の状況では、それは難しいと言わざるを得ません」

 こともなげに言う一四一を、クアンタはまじまじと見返した。

「〈鏡夢カガム〉からは、機動艦隊が発進したという情報が入っています。アサトに先行して、待ち伏せしているのは間違いありません。一部は、超空間ゲートの出口に。主力はアサトの母星軌道上に陣を構えると思われます」

 クアンタは苦笑しながら両手を挙げた。

「絶望的だな。今から〈鏡夢カガム〉にトンボ帰りして、姫様に土下座して詫びを入れるか」

「手立てはあります。そのために閣下のご協力をいただきたいのです。航法技術面の問題にご助言いただきたい」

 大きく嘆息したクアンタは、再度空里たちの方を向くと、まったく違う話題をふった。

「あの皇冠クラウンな……皇位継承者には正しい知識を与えておくべきだと思うが、どうだ?」

「正しい説明はしました。虚偽、偽りはありません」

「ただ、すべてを説明はしていないよな」

 鋭さをはらんだクアンタの問いにも、一四一はまったく口調を変えずに答えた。

皇冠クラウンについては、段階を経て知るべきことを伝えるのが正しいと考えます。今、彼女がすべてを知ったところで得るものは何もありません」

完全人間ネープらしい理屈だよ……おっ?」

 空里の玉座機スロノギアが大きく変形した。


 二本の足と、やはり二本の腕を伸ばし、黒い機械生物はまるで寄せ木細工の人形のような姿になった。空里の立つ玉座の部分は、その人形の首にあたる部分にある。肘、肩、膝といった関節となる部分からは長い棘が飛び出し、ある種の凶々しさが滲み出している。

 その姿は異形ではあったが、不思議と不恰好さはない。

 玉座機スロノギアは主である空里の動きをなぞり、〈青砂〉の夕焼け空に向かってその両腕を伸ばしてみせた。


「なんとかなりそうだな……」

 何が……には触れずに、銀河帝国の元老はつぶやいた。


* * *


 空里が地球へ発つまで、さらに数日の時が経った。


 〈青砂〉での最後の夜、晩餐の席に着いた空里は、正座しながら良い香りのするスープをすすっていた。


 奇妙なことに、〈守護闘士宮ネイペレス〉の多くの部屋には椅子がなく、和室のように床の上に置いたクッション……いわば座布団に直接座るようになっていた。来客用の広い食堂も然りだった。


 食事の相手は、ミ=クニ・クアンタただ一人。

 その席で彼は、ここに至るまでの空里の経験を興味深そうに聴いた。

 帝国軍の襲撃と〈法典ガラクオド〉の狭間で、選択の余地なく皇位継承を引き受けたという空里の言葉に、クアンタは言った。

「いや……それでもあんたは選択したのだよ。その場で何もかも投げ捨て、絶望に身を委ねることも出来ただろう? だが、あんたはそうしなかった。それは、一つの選択がなされた結果ということさ」


 完全人間ネープたちが彼らと席を共にすることはなかったが、その最後の夜は食事が終わると同時に、一四一と三〇二の二人が食堂に現れた。


「アサトに、お話ししておくことがあります」

 一四一がそう言うと、三〇二の持っていた小さな機械が彼女の手を離れ中空に漂い出した。

「いよいよ明日、あなたの母星……地球へ出発しますが、その旅がどんなものになるか、あらかじめお話しておきます」

 同時に、浮かぶ機械……立体プロジェクターが光を放ち、空里の眼前に公転する惑星群を模した立体映像が現れた。それが簡略化された太陽系の姿であることは、すぐに分かった。

「残念ですが、あまり楽な旅にはなりそうにありません。行く手には、あなたに先んじて待ち伏せしている帝国軍の艦隊がいるからです。あなたはその襲撃をかいくぐり、なんとか地球に降り立って〈即位の儀〉を執り行わねばなりません」

 木星とその近くに位置する星百合スターリリィがクローズアップされ、超空間から宇宙艦隊が現れる様子が映し出された。

「帝国軍は、二、三十隻規模の機動艦隊を送り込んで来るでしょう。決して大部隊ではありませんが、あなた一人を止めるためには過剰とも言える戦力です」

 一四一の状況説明に合わせて、立体映像はその通りに展開していった。

「艦隊は二手に分かれ、片方は超空間ゲートの出口付近。残りは、第三惑星……すなわち地球の軌道付近で待ち伏せするはずです。恐らく旗艦をはじめとする本隊は後者でしょう。目的を確実に遂行するためにこのような戦力配分を行うに違いありません」

「なんだかすごく大変そうだけど……こちらから行く宇宙船は何隻なんですか?」

 空里が聞いた。

「一隻です。武装もありません」

 あっさりと答える一四一に空里は返す言葉が見つからなかった。どうしてたった一隻なのか……武器も無いのか……たずねる直前に彼女は自分で答えに思い至り、それを口にした。

「〈法典ガラクオド〉の定めだから……なのね?」

 一四一はうなずいた。

「その通りです。銀河皇帝以外の者が、帝国領外に二隻以上の船や戦闘艦を送ることは出来ないのです。しかしラ家は軍を動かし、その定めに敢然と挑戦しています」

 一四一がちょっと手を挙げると、立体映像が細長い宇宙船の姿に切り替わり、説明は次の段に入った。

「これがその一隻となる、我々のスター・サブです。遮蔽クローキング機能に優れ、探知されにくいという特長があります」

「これで……こっそり地球に帰れるわけですか?」

 空里の質問に、またしても一四一はにべもない答えを返した。

「これだけでは無理でしょう。しかし……」

 スター・サブの立体映像が透視図となり、その後部のメカニズムが明るく強調された。

「……軍の艦隊を追い抜いて地球に辿り着ければ、望みはあります。そのため、スター・サブの機関部に改造を加え、かつてなく速い亜光速での航行を可能にしました。クアンタ卿……」

 クアンタは立ち上がると、宇宙船の立体像に近づき、説明を引き継いだ。

「この船のエンジンは、理論段階から新しい技術で造られている。リリィドライブによる超空間航法を除けば、最も早く宇宙を飛行出来る手段となるはずだ。我々はこれを、反時力航法エンジンと呼んでおる」

 映像は再び、太陽系の模式図になった。木星と地球の間に一本の線が現れ、クアンタの説明に合わせてそれが伸び縮みした。

「目的地へ早く着くということは、そこまでの距離を早く縮めるということに他ならない。しかし、距離を進むと同時に時間を遡ることが出来れば、船のスピードは同じでもそちらの方が飛躍的に早く目的地へ着くことになる。これが反時力航法の原理だ」

「時間を遡る……って、タイムマシンてことですか?」

「時間軸を自由に行き来する乗り物とは、ちょっと違う。この航法による時間の遡行は細かく断続的なのだ。例えば、コンマ一秒進む間にその半分の時間だけ同時に遡る……といった具合にな。その時間遡行はそこで完了し、次のコンマ一秒ではまた新たな行程となる。実際にはもっと細かいレベルで何度も時間遡行が行われる。それが現在の技術の限界だ」

 一四一が補足した。

「それでも、通常の亜光速エンジンの三十倍近い速さで目的地へ到達出来ます」

 とにかく、すごいものらしいことは空里にも解った。

「これを……クアンタさんが造ったんですか?」

「造ったのは、ネープたちだ。わしは重力−反時力変換部の詰めを手伝っただけだ。反時力エンジンは時間に影響を与える重力の性質を利用している。だから、わしの助言が求められたというわけさ」

「重力の性質?」

「知っての通り(空里は知らなかった)、大きな重力の近くでは時間の流れは遅くなる。重力と時間には密接な関係があるのだ。その関係の新しい利用方法を研究してはいたが……ネープたちが時間遡行まで実現していたとはわしも知らなんだ」


 空里は立ち上がると、手を伸ばしてスター・サブの立体映像に触れてみた。反時力エンジンを描く光に指が沈む。

「この船で明日出発して……帝国軍を追い抜いて、地球にたどり着く……それがネープの計画なんですね」

 一四一が答えた。

「計算の上では。あとはパイロットの腕次第です」

「ご心配なく」


 空里の背後から少年の声が響いた。


 弾かれたように振り返った空里の前に、彼女の完全人間ネープが立っていた。

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