9. 人狩賊の追撃
「銀河皇帝、発見せり」
空里がまだ皇位継承候補者でしかない事実も、その報の重大さに隠されてしまった。サロウ城市の機動衛兵隊は二つの大問題への対応に二分された。
やがて、その情報は派手な破壊活動を展開しながら逃亡を続けるネープも知るところとなった。
サロウ城からの脱出直前に最新の通信を傍受し、空里たちが
油断はできないが、これは好機だった。
混乱に乗じ、衛兵隊が体制を立て直す前に空里と合流して船を奪うのだ。
パトロール・ボートの駐機場にたどり着いたネープは、最後の熱核弾で外へ通じるハッチを爆破した。ボートは祭りの警備のためにほぼ出払っており、整備中の数隻しか残っていない。
だがネープはそれらには目もくれず、破れたハッチの外へ走った。
重力の影響がない祭りの空間で一人行動するのに、乗り物は必要ないのだ。
完全人間の少年は、通信で得た情報から向かうべき方向を見極めると、巨大な都市の渓谷に身を投げた。
「銀河皇帝のボートの位置をつかみました。エリア九八五から七六三へ上昇しています」
その報告を聞いたエンザ=コウ・ラは、司令官の回線を奪い、自ら返信した。
「全機動衛兵隊に告ぐ。該船の乗員は銀河皇帝ではない。皇位継承者を僭称する帝国の反逆者である。今後は単に反逆者と呼称せよ」
そこで回線を返された司令官は一瞬、戸惑ってからすぐ責務を思い出して指示を出した。
「エリア九六〇から七〇〇までの全パトロール・ボートは、その……反逆者とその一味の逮捕に尽力せよ」
「それでいい」
メセビンガスのパイプをくわえたエンザのかたわらに、現場で指揮を取っている機動衛兵隊長の立体像が現れた。
「こちら第三十二パトロール分隊。群衆に阻まれ、反逆者のボートに近づけません」
エンザは立体映像に向かって命じた。
「接近を阻むものは、暴徒として鎮圧せよ。パルスライフルと光弾の使用も許可する」
了解した隊長の立体映像が消えると、今度は反対側に別の隊長が像を結んだ。
「こちら第五十七パトロール分隊! 反逆者の方向に向かう何者かと交戦中! ナスーカ教徒の一派と思われます!」
エンザの命令に苛立たしさが滲み出した。
「応援を送る。邪魔する者は実力で排除してよろしい。反逆者の身柄を他の何人にも渡してはならん!」
隊長の像が消え、またしても別の立体像が反対側に現れた。
「なんだ!」
思わず拳を振り上げて応えたエンザは、身体を凍り付かせたままその手を下ろすことが出来なくなった。
「忙しそうね、星威将軍閣下」
「レディ……ユリイラ……」
仮面の貴婦人は静かに微笑んでいるが、現状を知らないわけはない……エンザは、その美しい家長の叱責を待たずに、己の非を認めるのが得策と考えた。
「申し訳ありません。此度の騒乱については、自分に責任の一端があります。現在、部下ともども解決に尽力しておりますので、今しばらく……」
「わかってます。あなたのお陰で庭園から上の本館は静かそのものですよ。ありがたいこと……」
思わぬ労いに、エンザは落ち着きを取り戻しかけたが、すぐに不安が首をもたげた。ならば、なぜわざわざ連絡を……?
「お仕事にかまけすぎてお忘れかもしれませんけど、今日は
何を呑気な……
エンザは反感を気取られぬよう、極力穏やかな口調で返事をした。
「恐れ入りますが、まだ仕事が……」
「あなたがいくらがんばっても、〈あの子〉は捕まらないでしょう? それに、今お祭りの真っ只中にいる〈あの子〉の
いきなり核心を突かれて、エンザは言葉を失った。彼女はいつもこうやって人を思いのままに動かすのだ。
「いま準備している余興は、それらの問題を一気に解決する助けにもなると思いますよ。もし、お手伝いいただけるのなら、そうね……上に向かっているあの娘のボートが通りやすくなるよう、兵隊さんたちを動かしていただこうかしら?」
「反逆者たちのボートを通せと! 彼らを
「そうね。むしろその方が面白くなりそうだから。よろしくお願いしましたよ」
謎めいた微笑みを残して、ユリイラの立体映像が消えた。
エンザ=コウ・ラはパイプをくわえ直すと、大きくガスを吸い込みユリイラの意図を推察しようとした。だが、答えがはっきりしないばかりか、ますます不安が大きくなる……考えれば考えるほどに、なぜか彼女の方が完全人間や反逆者たちより危険な存在に思えてくるのだ。
とにかく、「来い」と指示されたのだ。何が起こっても、そこから先はユリイラの責任だろう。
エンザは回線を開くと命令した。
「全パトロール・ボートに告ぐ。反逆者の追跡を中止せよ。繰り返す。追跡を中止し、該船と群衆をなすがままにせよ」
空里たちを乗せたパトロール・ボートは、カオスの中を都市の上層部目指してさらに上昇していった。
なぜか衛兵隊のボート群は姿を消していたが、相変わらずおびただしい数の群衆に取り囲まれてる。しかも、機動衛兵よりも危険な連中まで集まってきていた。
ナスーカ教徒たちの大型ボート、さらにはなんらかの野心をもって空里の身柄を手に入れようと画策する、剣呑な種類の者たち……
「くそ!
一人乗り
「何なのこいつら!」
浮き足だったティプトリーがハル・レガにすがりながら聞いた。
「人間を狩って金や資源と交換する連中だ。アサトの身柄にも、銀河中から値打ちがつけられているんだろう」
「
シェンガはよく奮闘していたが、やがてパルスライフルのエネルギーが尽き、それを棍棒のように振り回すしか抵抗する術がなくなった。
数に勝る
「脱出しよう!」
ハルは空里の手を握ると、そのままボートを捨て上を目指してジャンプした。シェンガとティプトリーもそれにならう。
すかさず
「みんなつかまれ!」
三人が言われるままバイクにしがみつくと、ハルはスラスターを全開にしてさらに上層部を目指した。
だが今度はナスーカ教徒たちの大型ボートが行手に立ち塞がった。
「あれを奪う」
ハル・レガは笑いながら言った。どうやら海賊の本性が完全に目覚めたらしい。
「こいつをあの船底にぶつけるから、みんな合図したら手を放せ」
「無茶苦茶だ!」
シェンガの抗議もむなしく、ハルはバイクを加速し、大型ボートに突っ込ませた。
「いまだ!」
衝突の衝撃で、ボート上のナスーカ教徒たちはほとんどが空中に放り出された。
ハルは片手に空里の手を握ったまま、もう片方の手でボートの甲板のへりをつかむと空里と自分の体を上へ引っ張り上げた。その場に残っていた二人ばかりの乗員も、あっという間に外へ叩き出す。
「二人は?」
空里が言った。
「心配ない。すぐ回収する」
操船台についたハルはボートを回すと、よるべなく漂うシェンガとティプトリーに近づき、空里が二人を甲板に引っ張り上げた。
「もうちょっと、空中遊泳を楽しみたかったわ」
「よし、このまま上へ……しまった!」
ハルの顔色が変わったのを見て、空里が聞く。
「どうしたの?」
「バイクを勢いよくぶつけすぎたらしい。メインの
「動けないの?」
「いや、姿勢制御用のスラスターだけでも、なんとか上へは向かえるが……時間がかかるな」
「そんな時間はないようだぜ……」
シェンガがまわりを指し示した。
先ほどに倍する数のリパルシング・バイクが四方から接近してきていた。しかも今度は、大型の武装ボートまで現れている。
軍の衛兵隊が消えたのをいいことに、
「囲まれてる……」
機動衛兵のヘルメットを脱いで、ティプトリーがつぶやいた。
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