3. 三人のエデラ人
目が慣れてきた。
闇に包まれた広間のほとんどは空里たちの立っているところから一段掘り下げられたフロアになっている。そこでは何人もの人間が幽霊のようにうごめきながら、何かの機械を操作しているのが見えた。
その操作に従って、部屋中に浮かんでいる立体映像が現れたり消えたり、アングルを変えたりしているようだ。
広間の一番奥には、三つの大きな人影のようなものが鎮座している。
武器を持った「ギャング」に背中を押され、空里たちはその影の方へまっすぐ伸びた通路を歩いていった。
近づくにつれ、その影は人間ではないことがわかってきた。
長衣に包まれた巨体は人間のようだが、その頭は象に近い。長く太い鼻の両側には、目ではなくそれを塞ぐかのような機械がはめ込まれていた。垂れ下がった耳の下、鼻に隠された口にもケーブルに繋がった機械が見える。
すべての感覚を機械に繋いだ三人の象人間の前に立ち、空里は異様なエイリアンや宇宙生物に慣れつつある自分を感じていた。
銀河皇帝になったら、こういう連中とどう付き合っていくことになるのだろう……
「エデラ人か……」
つぶやいたシェンガの声の調子に、空里は不吉な予感を覚えた。あまり、喜ばしい出会いではないようだ。
中央の象人間が声とも息ともつかぬ、低い音を発した。
すると、その背後に立つスキンヘッドの痩せた女が、語りかけてきた。
「
空里は一瞬、自分が聞かれていると思わず、シェンガとティプトリーの顔を見てから戸惑ったように答えた。
「そう……です……」
三人のエデラ人はずずずっという奇妙な音をたてて鼻を震わせた。
やがて、右側の一人がピッチの高い呼吸音を吹き上げた。
「
淡々とした女の声に、空里は戦慄した。
今度は左側の一人が低く長い音で鼻を鳴らした。
「
「
ティプトリーが苛立たしげに問いただした。
三人の
「
命! 自分たちの命運は、この象さんたちに握られているということか……今さらながら、空里はどれだけの危機に直面しているかを思い知らされた。
「〈
シェンガが語気を強めた。
「皇位後継者に仇なす者は、帝国の報復を恐れるがいいぞ。この暗黒街にネープの大軍を呼び込みたいか?」
この芝居がかった言葉にエデラ人たちが示した反応は、空里にもすぐ分かった。
彼らは笑ったのだ。だが、その背後に立つ女は笑わずに通訳した。
「ミン・ガンが帝国の権威を代弁するとは笑止。だが、後継者が命と引き換えにどんな見返りを我らにもたらすか。考えがあるなら聞こう」
「見返り……って……」
空里は困惑した。ここはとにかく、素直になった方が良さそうだ。
「私は……まだ銀河皇帝になってもいないし、この国のことだって何も知りません。何か約束出来ることなんか……思いつきません……」
三人のエデラ人はうつむきながら不協和音の唸り声を出した。
「
素直に答えすぎたかしら……空里は授業で教師の質問にうまく答えられなかった時の気分を思い出した。
「ダメね……もっとハッタリをきかせて……」
ティプトリーが耳打ちしてきた。
「ハッタリって……どういう風に?」
「拒否できない提案をするのよ。ドン・コルレオーネみたいに」
「なに? わかんない……」
「『ゴッドファーザー』観たことない? ないか……」
シェンガが言った。
「こいつらが望んでいるのは、商売の安泰だろ。皇帝の権限で、不法行為を見逃すことを保証してやれば……」
「ええと……それなんて言えばいいの?」
三人の鳩首会議は女の声で遮られた。
「
空里は聞き返した。
「教育?」
シェンガが話を噛み砕いて聞かせた。
「要は、洗脳さ。どうやってかアサトの意思を奪って、銀河皇帝を自分たちの手先に出来ると思ってやがるんだ」
「やだ、そんなの!」
ティプトリーも別の立場から賛同した。
「あたしだってイヤよ、奴隷なんて!」
二人の抗議もむなしく、三位一体のエデラ人たちが同時に両手を挙げ、手下の「ギャング」が空里たちを引っ立てて行こうとした。
その時……
広間の入り口付近で、何かが弾けたような大きな音が響いた。
見ると、ショックスピアーで武装した人間たちが広間に踏み込み、「ギャング」たちと小競り合いをしている。
その内の何人かが、通路をこちらへやって来た。
すっぽりと全身を包む赤い装束に、逆立った長髪をいただいた男たちは、まるでロックバンドのメンバーか、異形の神職者に見える。
「ナスーカ教徒だ!」
シェンガの言葉でその正体が後者である事が知れた。
先頭に立つ若い男は、空里を一瞥するとエデラ人たちに向かって言った。
「
気のせいだろうか……空里は彼らの潜ってきた広間の入り口から悲鳴のような声が響いてくるのを聞いた。
三人のエデラ人は、突然の侵入者に狼狽していた。その背後に立つ女だけが、落ち着き払って彼らの言葉を伝える。
「
ナスーカ教徒のリーダーが片手を上げると、後ろからシリンダー状の透明なケースが運ばれてきた。中で、何か細長い生き物が動いている。
「ウォーワーム……」
空里とティプトリーは、あの浜辺での惨劇を思い出した。
ティプトリーが聞いた。
「あの化け物?」
「その幼体だ。そうか、あいつら上でこれを放ったんだ。それで入って来られたんだな」
空里にも合点がいった。外から聞こえている悲鳴は気のせいではなかった。あれは、ウォーワームによる阿鼻叫喚なのだ。飼い主である彼らが無事なのは、どうにかしてあの恐ろしい生物を制御する術を持っているのだろう。
ナスーカ教徒のリーダーは、穏やかだが有無を言わせぬ調子で宣言した。
「我らは、この
エデラ人たちは身を震わせながら沈黙した。
その様子を確かめたリーダーは、空里に向き直った。
「皇位継承者よ。そなたは我ら星百合の子が預かる」
空里はシェンガの顔を見た。
ミン・ガンの戦士はうつむいて頭を振り、決して状況が良くなったわけでは無いことを彼女に教えた。一方的に力で空里を抑えようとしている連中の間で、その身柄がやりとりされてるだけなのだ。
ナスーカ教徒たちが三人を取り囲み、彼らを外へ連れ出すべく動き出したその時……
ティプトリーが突然動いた。
ウォーワームの幼体を収めたケースをいきなりひったくったかと思うと、それを通路下のフロアに叩きつけるように放り投げたのだ。
「!」
ティプトリーはその行為の結果も確かめぬまま、かたわらのナスーカ教徒を突き飛ばし、持っていたショックスピアーを奪い取った。それを振り回しながら入口への逃げ道を切り開こうとする。
「走って!」
後に続こうとした空里は、ティプトリーの前に立ち塞がったナスーカ教徒のスピアーが、彼女の得物を一振りで砕くのを見た。
おかしなことに、スピアーを振るったナスーカ教徒は、なぜか「しまった!」というような驚きの表情を見せ、振り向くと一目散に逃げ出した。その途端、ティプトリーを取り押さえようとしていた者たちも、全員広間の入口に向かって走り出した。
「ワームキーパー! ワームキーパー!」
口々に叫ぶナスーカ教徒たちにもまれながら、三人も広間から駆け出す。一瞬振り返った空里は、早くも巨大化したウォーワームが手当たり次第にまわりの人間たちを餌食にしているところを見た。
「何が起きたの?!」
シェンガは笑いながら答えた。
「あの女、ショックスピアーじゃなくてウォーワームのキーパーが使う制御棒をぶん取ったんだ。それが折れて壊れちまったから奴らも大慌てで逃げようとしてるのさ!」
笑い事ではない。
あの浜辺での惨劇が、また繰り返されているのだ。しかし、空里と並んで走るティプトリーも笑っていた。
「あの生意気な象さんたちも食われたかしら? いい気味だわ!」
「なんで、あんなことしたんですか!」
もみくちゃにされながら、空里は聞かずにいられなかった。
「なんで? わかんないわ。もうあんまり、色んな事に振り回されっぱなしだったから、いい加減キレちゃったのよ」
なるほど……自分の意志でもなく地球から引き離されて、訳のわからない世界で危ない目にあわされ続けた鬱憤が、いま爆発したのか……
しかし、理不尽な運命に抵抗して戦ったティプトリーは勇敢と言えるかもしれない。むしろ、されるがままになってた自分の方がおかしいのではないか……そんなことを考えながら、空里は走り続けた。
「おっと、これはまずいぜ」
シェンガの声が、空里を当面の現実に引き戻した。
トンネルを抜けると、上の広間は戦場だった。
しかし、どこへ逃げれば安全なのかもわからなかった。
「出口はどこかしら?」
「こっちだ」
ティプトリーの声に応えたのは、シェンガでも空里でもなかった。
見ると、壁の下に口を開けた排水口のような穴の下から、何者かが手招きしている。穴は人一人通るのがやっとのような狭さだが、見たところ一番手近な広間からの出口であるのは確かだ。
「早く!」
穴の下からの声に空里たち三人が顔を見合わせていると、ウォーワームの一匹が銃撃を浴びながら彼らの方へ逃げてきた。
「!」
選択の余地はなくなった。
シェンガは空里の手をつかんで穴に向かって走り、まず彼女をそこへ突き落としてから後に続いた。
そしてティプトリーが最後に飛び込むと同時に、誰かの手が穴の蓋を閉じ……
あたりは完全な闇に包まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます