4. 〈青砂〉の少女
日本政府の立ち入り禁止令を無視して爆心地に入ったCNNの取材チームは、数人の行方不明者を出して命からがら帰還した。
その取材行為自体も問題視されたが、彼らが持ち帰った映像の中身は、そんな瑣末ごとをどうでもよく見せるに十分な内容だった。
遠藤空里という女子高生とその異様な取り巻き……〈
すべてをCGによるフェイクニュースと否定する向きもあったが、少数派だった。
逆に最も熱狂したのは、世界中の若い世代であった。
「ASATO」は人類を統合し、銀河系文明への参加に導く象徴の名前として、ネットから世界中に広まっていったのだ。
環境保護を主張する若者のグループには、空里を気候変動抑止の象徴として、自分達のリーダーにしようと主張するものまであった。
科学的な検証からも、すべてが事実であることが明かされつつあった。
天文学者のグループは、木星付近からあり得ない重力波の観測を確認し、ハッブル宇宙望遠鏡は
何より世界中で静止している巨人軍団と宇宙船団の存在が、裏付けと言えた。
そして、人々の関心は空里と仲間たちの次の行動と、その目的地へと向けられていった。
惑星〈青砂〉……
それは、銀河の中心を挟んで地球の反対側に位置する惑星だった。
とてつもなく遠方の、また銀河辺境にある星だが、
しかし、この惑星に用のある者は多くなかった。
むしろ
さらに完全人間たちの常用する宇宙船の多くが、
その稀な例外である一隻のリリィ・クルーザーが、〈青砂〉の軌道にたどり着いた。
クルーザーはラ家のものだった。
当主レディ・ユリイラとの直接会談に応じたネープ一四一は、自らのスター・サブでラ家の領土である惑星〈
公家がネープたちとの接触にここまで神経質になるのは、珍しいことではない。特に、今のような特殊な状況にあっては、当然と言えた。
クルーザーは、〈青砂〉の衛星軌道上に浮かぶウォー・ステーションに接舷し、たった一人の乗客を降ろしてトンボ帰りしていった。
一四一が統括する
その唯一の例外が、銀河皇帝であった。
銀河皇帝とネープ以外、何者も立ち入ったことのない青い大地……
それを臨む大窓に囲まれたステーションの回廊を、一人の少女が滑るように走っていった。
「お戻りになったと聞きまして……」
少女は慣性に身を任せて、執務卓に近づいていった。
「彼が皇位継承者を連れて来る」
「いつ?」
「不明だ」
「それはそうよね」
執務卓に腰を下ろし、その上に指を走らせてホログラムのインターフェスを呼び出す。それを操作すると、実体のないボールが三個現れ、少女の手の中で回り始めた。
「うらやましいな。千年に一度あるかないかのイベントを仕切っている人が……」
一四一はそこで初めて顔を上げて少女……ネープ三〇二を見た。
彼女は特異だった。まったく同じ遺伝子を持つはずの完全人間も、年を経るに従いある程度の個性を獲得する。しかしこの三〇二ほど振れ幅の大きい個体も珍しかった。なにしろ、スケートやホログラムで遊ぶような癖を持つネープは、現役の完全人間としては唯一の存在だったのだ。
この奔放さが、どこから来たものなのかはすでにネープたちの研究の対象となっていたが、突然変異ではなく元々彼らの中にあった遺伝的特質が、何らかのスイッチによって表出したのだろうと考えられていた。
当初はその個性が、ネープとしての仕事の妨げになることも危惧されはしたが、彼女は有能そのものだった。通常より一月早い五歳十一ヶ月で教育室を出ると、
「
「継承者の娘に興味があるのか」
個性と性別と年齢の差異があるとはいえ、同一人物といっていい遺伝子の主同士には、心中も簡単に察しがついた。
「あなたは、興味ないの?」
一四一は視線だけで返答した。
そうよね、興味より心配ばかりよね……
その後、二人は目配せだけの言葉の無い会話でいくつかの意思を疎通させた。テレパシーではないが、完全人間同士にはそれが可能だった。
継承者が来たら、立ち会える?
構わん。
どうやって来るの? 船はあるの?
不明だ。
迎えに行けない?
領外だ。法典は禁じている。
そこで三〇二は、いきなり言葉に切り替えた。
「あの子は……その娘を気に入ってたりするのかしら?」
またしても少女が見せた突飛な発想に、一四一は仕事の手を止めた。
「なぜそんなことを気にするのだ?」
「あの子の任務が難しくなってやしないかな? と心配したの」
「ネープが皇帝やその後継者に対する個人的な感情で任務に支障をきたすことはない」
あまりにも当たり前のことで、口にするのも愚かしく思える事実だった。
「まともなネープなら、ね」
「三〇三がまともでないという可能性があると?」
「わからないわよ。何しろ……」
少女は執務卓を降りると、両手を広げて見せた。
「私みたいなのと同じロットの生まれなんだから」
出生日が同じというだけで、そうである根拠にはならない。一四一は口に出しては言わなかった。そんなことは、彼女自身にもわかっているはずなのだ。
「三〇三がここへ辿り着けば、それが杞憂だったことはわかる」
「すべてを仕事の成否で判断するのもどうかしら?」
「君は君の仕事の成否を気にすればよい。用意してもらうものがある」
三〇二の背筋が心なしか伸びた。ネープとしての任務遂行モードに入ったようだ。
「
「いや、四号だ」
少女は少しだけ目をむいた。
「使えるかしら……」
「
「それは……」
この部屋に入って来てから初めて真摯な表情が少女の顔に浮かんだ。
「その娘に……その娘の種族に
ネープ一四一は黙って三〇二の顔を見た。
どうだ? これこそ君の好奇心を満たすに足る状況じゃないか?
と挑発しているようだった。だが、少女の思いは別のところにあった。
「
「三〇三に同情しているのか?」
三〇二は首を振った。
「あの子と、あの子の
およそ、ネープにふさわしい言葉ではなかったが、一四一はまだ少女の特異性より成熟さの方を認めていたので、諌めることはしなかった。
彼女も三〇三も、ネープとして十分成熟している。
何しろもう、十三歳なのだから。
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