2. 爆心地の浜辺
東京が消滅して一週間が経った。
破滅的な〈白い嵐〉によって首都とともに政府を失った日本の政治家たちは、県知事連を中心に連絡網を構築し、国体の維持になんとか動き出していた。
そして、大阪に置かれた暫定政府によって、状況を把握するために自衛隊が派遣され、東京が半径数十キロに渡って広がる砂漠に近い荒野と化したことがわかった。その中心域は「爆心地」と呼ばれ、大きく広がった東京湾と陸地の接する海岸となっていた。
暫定政府は、無人の東京への立ち入りを禁止した。
宇宙からやって来た謎の軍隊は依然として世界中で静止しており、彼らが何のために東京を無に帰せしめたのかもわからない。東京への侵入によって、彼らにどういう反応が起こるのか……それが問題だった。
一部には、放射能を恐れる声もあった。声の主たちは、東京を消し去ったのが核兵器の一種だったと信じていた。航空自衛隊は高高度からの偵察を行ない、どうやらその心配が杞憂であるらしいことを確認し……
それと同時に、なんとも理解し難い一つの事実を発見した。
何もかもが消え去ったはずの爆心地に、小さな建築物と宇宙船と思しき物体が存在したのだ。さらに理解し難いのは、そこに何者かがいて生活しているらしい……ということだった。
誰が……?
燃えない心
もてあまして
走り続ける
地の果てまで
遠藤
スター・コルベットの着陸脚と、地面に突き立てられた鉄柱の間にヒモを張り、洗い立ての着替えを洗濯バサミでとめてゆく。
服はすべて空里のもので、すべてが夏物のセーラー服だった。
ネープが用意してくれたのだが、どうやってか空里の制服を寸分違わず複製したらしい。
あまり洗濯日和とは言えない天気だった。頭上には雲が重く垂れ込めていて、夏の日差しは遥か彼方の水平線近くに覗く青空の周りだけにあった。
上からではなく、水平方向にやってくる光が、見渡す限りの海と砂漠の空虚さを際立たせていた。その空虚な世界で、銀河帝国に命を狙われている少女は、歌いながら洗濯干しを続けた。
断ち切られても
つづく夢
終わらない終わらない
夢 夢 夢 夢……
夏休み前にダウンロードして何度も聴いていた曲だが、自分で歌うのは初めてだ。
「この星にも、音楽があるのか」
何か機械の部品を抱えた人猫が、船から降りてきた。船の修理を手伝っていたらしい。
「シェンガの星にもあるの?」
「まあな。俺はあんまり歌ったり踊ったりしないけどな」
「踊り……」
空里は人猫の群れが音楽に合わせて舞う姿を想像してみた。
「いつか、シェンガの星にも行けるかな」
「〈水影〉へか? アサトが皇帝になって〈種〉の所有権を認めてくれりゃ、星をあげて歓迎するぜ」
「そうならいいけど……」
「けど……なあ、一つ聞いておきたいんだが……」
ミン・ガンの戦士は荷物を地面に置くと、珍しく奥歯に物が挟まったような声を出した。
「アサトには……本当に悪かったと思ってる。こんなことになっちまってな……」
「…………」
「ミン・ガンの掟では、命を助けられた者の命は、救い主のものってことになってる。だから俺の命はアサトのものだ。好きにしていいんだ。俺を殺したいと思ってないか? アサトが望むなら、俺は自分で命を絶ってもいい……そうした方が……よくはないか?」
空里はつい数日前の大惨事が起きた時にシェンガを責めたことを思い返した。
一時の怒りを彼にぶつけはしたが、その怒りは消えていたし、そもそも怒りの持って行き場が違うことも分かっていた。
「東京がこうなったのは、あのバカ将軍のせいよ。シェンガのせいじゃない……」
「本当にそう思ってるのか?」
「誰のせいかとか、どうしてこうなったとか、考えたってキリがないわ……正直、自分でもどう考えたらいいのかわからないの……でも一つわかるのはね……」
自分を見上げるミン・ガンの顔を、空里は真っすぐ見つめ返した。
「私、シェンガには生きてて欲しい。それは確かよ。だから死んだ方がいいかなんて聞かないで」
「……そうか」
シェンガの猫背が、心なしかピンと伸びた。
「ミン・ガンは他の種族の人間にたやすく礼を言ったりしないんだがな、今は心の底から礼を言わせてもらうよ。本当にありがとう」
空里は手を伸ばすと、シェンガの喉元を指でくすぐった。
「それはよせ!」
「怒った?」
「いや……気持ち良すぎだ……」
「アサト」
スター・コルベットの上から、呼ぶ声がした。
見上げると、完全人間の少年が船体の上で双眼鏡のようなスコープを覗きながら水平線の方をうかがっていた。垂れ込めた雲を背景にしたその姿は、まるで古い船の船首像みたいに絵になっている……
「客が来るようです」
一瞬、また襲撃かと思って緊張した空里は、動かざるゴンドロウワ以外の帝国軍がもういないことを思い出して肩の力を抜いた。そもそも、危険な訪問者だったらネープがこんなに悠然としているはずがない。
「誰なの?」
「この星の人間たちです。恐らく……」
ネープの答えと同時に、ヘリのローター音が聞こえてきた。
「……あなたの話を聞きに来たのでしょう」
海を越えてやって来た一機のヘリコプターは、コルベットから数十メートルの浜辺に着陸した。ヘリの巻き起こす強風に、洗濯物が何枚か吹き飛ばされる。
「やだもう!」
セーラー服を追いかけてかき集めた空里が戻ってみると、ヘリから降りて来た一隊のカメラクルーがコルベットを見上げていた。
「オーマイ、ガーッシュ」
黒人のカメラマンが感嘆の声をあげる。海外メディアの取材班なのだ。
「ハイ」
サングラスをかけマイクを持った赤毛の白人女性が空里に声をかけてきた。
「ごめんなさいね。洗濯物、台無し?」
流暢な日本語でそう言いながら空里に近づくと、間にネープが割って入った。穏やかな物腰だが、手にはショックスピアーが握られている。
「あなた方は?」
ネープが誰何した。
今や彼はリーリング無しでも地球人と会話が出来た。どうやってか、この一週間で、日本語と英語は覚えたというのだ。
「失礼、CNNのケイト・ティプトリーです。ここにいる皆さんのお話をうかがいたくて……」
答えるティプトリーの声は、改めて見回して「皆さん」の異様さに呑まれて細くなっていった。
恐ろしげな武器を構えた銀髪の美少年に、ひょろっとした日本人の少女……二本足で立つ大きな猫に、その背後には金属製の巨人が控えている。
「私には話すことは何もない。私の
「あるじ? その子がここの代表なの? そうね……ぜひお願いするわ。話が通じそうなのは、あなたじゃなければ彼女だけだし」
「アサト、どうしますか?」
「え?」
「あなたの話を聞きたいそうです」
それはつまり……インタビューということだ。何を話せばいいのやら……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます