10. 東京消滅
ネープがトリガーボタンを引くと同時に、あたりを白い閃光が包んだ。
そして静寂が訪れた。
風は止み、スター・コルベットを中心とした小さな空間は安定した空気に包まれていた。
が、その外は嵐だった。
白く輝く嵐が渦巻き、何もかもを消し去るように吹き飛ばしていた。
四階建ての校舎も、その周りに建つビル群も、白い闇に呑み込まれ消えていった。
世界そのものをジューサーミキサーにかけたら、こういう風に見えたろう。その光景を呆然と見守りながら、空里はネープが言った通りの破局が訪れたのを悟った。
白い嵐はそのまま真昼近くまで続き……
東京は消え去っていた。
帝国軍が使ったのは、兵器ではなく惑星開発用のいわば環境改造システムだった。
そして、ここにも
空間を宇宙の遠く離れた別の空間に直結し、丸ごと入れ替えることで膨大な量の物質を消し去ることを可能にしていた。
皇帝ゼン=ゼン・ラは、この太陽系を帝国領に加えて植民地化するために、この大規模な装置を持ち込んで来ていた。そして、帝国軍は法典に反する兵器を使わずに主君の仇である空里を確実に消す手段として、これを使ったのだった。
この強大な力から逃れるには、スター・コルベットにも搭載された完断絶シールドという装備を使うしかなかった。が、コルベットの動力だけではエネルギーは到底足りず、帝国軍もそれは見越していたに違いなかった。
そこでネープは、キャリベックのエネルギーを加えることで補強策を取った。小型でありながら強力な動力炉を持つキャリベックを接続することで、思惑通りに難局を乗り切り、皇位継承者である空里を護り抜くことが出来たのだ。
白い嵐がおさまり、ころはよしと踏んでネープはシールドを切った。
ごうっという一陣の風が空里の顔をなぶったが、それもすぐに鎮まった。
青空の下、あたりの情景は一変していた。
空里の立つ校庭からは、地平線が見えた。いや、よく見るとそれは水平線だった。地上に存在したものがすっかり削り取られ、東京湾が眼前に広がっていたのだ。海水は空里の足元近くまで届いており、校庭はほとんど浜辺と化していた。
西に目を向ければ、やはり建築物に隠されていた山並みが姿を現していた。
「富士山が見える……」
そして東……空里の家がある方角はどこまでも続く地平線が広がっていた。空里の足は力を失い、その場にへたり込んだ。
消えた……何もかも……
家族も、家も、故郷も……何もかも消えてしまった……
「……なんでよ……」
船から降りたネープとシェンガが近寄ってくる気配を感じる。
「なんでよ!」
突然、空里はシェンガにつかみかかった。
「どうして! どうして! どうして! 地球なんかに逃げて来たのよ! あんたが来なければ! あんたたちさえ来なければ、こんなことに……!」
言葉は慟哭と化して崩れ去り、少女はそのまま地面に倒れ込んで泣きじゃくり出した。
「ミン・ガンたちに選択肢はありませんでした。この太陽系の第五惑星の軌道に突然、
ネープは事実を明かして空里を落ち着かせるつもりだったが、シェンガへの弁護となったことで少女を苛立たせただけだった。
「だったら、火星でも金星でもどこでもよかったじゃないの! なんで地球なの! なんで東京なの! なんでここなのよ! どうしてよ!」
シェンガにとって恩人である空里の怒りは、悲しいというより不名誉なことだった。俺は自決せねばならんかも知れぬ……皇帝と対峙した時に取り出した熱核弾に、ポケットの上から再度手をかけた。
「アサト……」
ネープはひざまずくと、空里の顔に手を触れ、自分の方を向かせた。
空里は、その手を払い除けようとして触れたが、ネープの目を見て動きを止めた。
なんて綺麗な青紫色……そして、これまでで一番優しい表情をしている……思わず、握った少年の手に力を込めた。
「アサト、よく決断してくださいました。感謝します。これから皇位を継ぐまでの間……そしてあなたが銀河皇帝となったその後も、私はあなたを護り抜きます。命に換えても護り抜きます」
それは実は、皇位継承が決まった時点で空里に告げるべく、決まり文句としてはじめから用意された言葉だった。だが今、その言葉は不思議な熱をもって空里の全身に染み渡り、それ以外のことを忘れさせようとしていた。
ネープは空里の顔に触れたまま立ち上がり、空里も不思議なほど身体の軽さを感じながらすっと立ち上がった。
見上げていた美しい顔を、今は見下ろしている。
やっぱり、年下の男の子なんだわ……
「行きましょう」
ネープは空里の手をとり、スター・コルベットの方へ導いていった。
「どこへ……?」
「戦いです。皇位継承者を守るための戦いです」
「戦い……」
怖気付いて手を引きかけた空里を、少年は放さなかった。
「大丈夫です。もうあなたは傷つくことはない。私がいる限り、誰にも手は出させません」
そう……そうなのかしら……
自信に満ちた完全人間の言葉も、おさまったばかりの大惨事を思い返すと信じるのは難しかった。
でも信じなきゃ。彼を信じられなければ、この先何も信じられないだろう……
ネープが船底に手をかざすと、ピッと機械の反応音がして、ハッチが開き、奥からストレージコンテナが現れた。
そこから次々に取り出された機材の中で、最も大きいものがキャリベックの拡張ユニットだった。キャリベックに接続するとその大きさは倍になり、触手の数も倍に増えた。さらにネープは何かの球体を本体の開口部に詰めこんでいった。
シェンガが呟いた。
「アブソラ式熱核弾じゃないか……禁制品だぜ?」
「ネープには使用が認められている」
ネープ自身も、身に付けていた防護スーツをさらに重々しい鎧のようなアーマーに交換した。そして、数々の武器と弾薬、エネルギーユニットを地面に並べ、自分は一番長い槍状の武器を取った。
「あとは、好きに使っていい」
シェンガはネープの言葉に目を丸くした。
曲がりなりにも帝国側の完全人間が、凶暴なミン・ガン戦士に武器を与えるなど、前代未聞のことだったのだ。
ネープはシェンガに向き直った。
「聞いてくれ。帝国軍はほどなくアサトが生き延びたことを悟るだろう。惑星改造船が再度ログリエターを使うには、エネルギーの充填に時間がかかる。しかし、コルベットの動力もシールドで消耗させたから、逃げることも出来ない。軍は必ず残った戦力で、ここへ攻めて来る。ここにある武器で船を守ってくれ」
「お前はどうするんだよ」
「アサトを護る。そして……」
上空の巨大なクモの巣を振り仰いだ。
「……すべての障害を排除する」
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