マジックストリーマー~魔法に進歩した地球を理不尽魔力で配信する~

久国嵯附

第01話 : だいぶ未来の地球のこと

 優しい光が、暗闇の向こうから訪れる。ゆっくりと意識を揺り動かし、夢の泉から抱き上げる。


 白昼夢にまどろんでいた俺[二見徹(フタミトオル)]は、赤い夕焼けに目を覚ました。けだるい体を起こして目をこすると、壁に掛かるおぼろげなオレンジの帯が見えた。


「ふあぁぁ…今何時だ?」


 ベッドの縁に座り、慣れた手付きで右手の薬指と親指で宙をつまみ、スッと下に引き下ろす。


 すると、宙にホログラムのウィンドウが現れた。ウィンドウにはメール、ブラウザ、ニュースなどといった項目が並んでいる。その画面端にある時計は【2121/7/25 17:45】を示していた。


「もうこんな時間か…」


 11時ごろに起きて少し遅い朝食を食べ、軽く昼寝をしたらいつの間にか日が暮れていた、という状況だった。良く言えば優雅な、悪く言えばだらけた生活リズムの典型だな。


「んんっ、喉がカラカラだ」


 ウィンドウの項目から【ジェネレータ】をタッチして、カテゴリから飲料を選ぶ。大量の項目が表示され、そのうちからお気に入りのお茶を選んだ。


 すると、パッっと目の前が一瞬だけ光り、ペットボトルのお茶が宙に出現した。そのことに別段驚くことなく手に取り、キャップをひねる。 プシュッという小気味いい音が響き、俺の喉へとお茶が流れ込んでいく。


「…っふう。働かざる者、食ってもよし、生きてよし」


 今の一連の光景は、物理の現実ではあり得ないものだ。


 何を隠そう、ここは【エレツ】という名前の仮想世界、なんだそうな。19歳の俺でも未だに理解しきれていないが、30年前ぐらいに現実世界が環境的に住めなくなったから移り住んだらしい。


 この世界自体は地球の衛星軌道上にある量子パソコンで計算されてて、エコなソーラー発電で…って、SNSで知った。


 ここが始まった当初は政治体制やらなんやらあったけど、途中でガラリと変わったらしい。現実と違って、ここには無限に資源はあるし、そもそも作り出せる。ってことで、コンピュータのAIに自治を任せて、好きに生きていこうってなった。


 エレツに移住する前までに存在したすべてのモノは、全員【ジェネレータ】で出現させられる。だから、今俺はタダでお茶を飲むことができたわけだ。


「ふう、水分補給完了っと」


 手元に視線を戻し、ウィンドウの下端を手前に引いた。すると虚空にホログラムのキーボードが現れる。自分が寝ていた半日を知るべくSNS、ニュースサイト、掲示板…日夜情報が飛び交う場所を転々とし、読み流していく。


「おぉっ?やってるやってる~」


 ネット上はある一つの情報でもちきりだった。それは「NFAの解放」についてだ。


 数年前に突如としてフェザーヤードに出品された「NFA解放権」。説明書きが無く、イメージ画像も挙げられていない一方で、その値段は驚愕の100万フェザー。


 これはただでさえ高額といわれている「人体再生」の値段の10倍である。その胡散臭さにエレツ中は沸き上がりはしたものの、誰も買おうとはしなかった。


「出費としてはちょっと痛かったが…」


 フェザーとは、エレツを量子コンピュータのAI【アナナキ】に自治させるとなった時、アナナキが定めた通貨だ。人々は主にアナナキが用意した【オープンヤード】と【フェザーヤード】でこれを稼いでいる。


 両方とも誰でも出品できるフリーマーケットで、オープンヤードでは「評価する契約」、フェザーヤードではフェザーと引き換えに出品物を購入できる。オープンヤードへ出品した場合、購入者の評価によってアナナキからフェザーが給付される仕組みだ。


 その他にもニュースの投稿や、量子コンピュータのメンテナンスなど、アナナキから出される依頼で稼ぐことができるらしい。ちなみに1フェザーは昔の日本の1000円ぐらいに相当すると言われている。


 俺は長年かけ、【ディアスポラ】の賞金でため込んだフェザーで、昨日の夜遅くにその怪しい出品物を購入した。ディアスポラは数年前から流行ってるVRアクションゲームで、俺はそのトッププレーヤーだ。どれくらい流行っているかというと、平均同時接続10万人、賞金1万フェザーの大会はザラにあるレベル。


 実際に購入手続きすると、「決済完了」の通知とともに、「エレツ試験稼働機能『Numbers Fluctuation Amplificator』NFAが開放されました」というシステムメッセージが現れた。


 どういう機能なのかはわからないまま、そのときは湧き上がる達成感とともにやってきた睡魔に俺は身を任せ、寝てしまったのだ。そして昼間の二度寝を経て今に至るわけである。


「結局NFAってなんなんだ?」


 掲示板の有志によると、私有仮想空間の編集画面の項目として「NFA有効化」が増えたようだ。これをオンにした空間では、ちょっとした高揚感が沸き起こり、少し感情が現れやすくなる、という報告もあるらしい。


「うーん…なんか用途がよくわからんぞ…」

 

 期待はずれな報告が掲示板を流れていく。それをしばらく適当に読み漁っていると、


「はぁ!?ちょっ…マジで!?」


 魔法が使えたという衝撃的な書き込みがあったのである。


 詳しく見てみると、出処不明のNFAに関する文書が掲示板に貼られたらしい。書き込み主の発信元は探れなかった上に、その文書の内容も到底信じられるものではなかったようだ。内容を書き起こしてみると、


第一報告:物理現象を利用してランダムな数字を発生させる装置「乱数発生器」が、2087年よりエレツで始まったデモ運動中に正常に作動しないケースが多数報告された。検証した結果、「装置の周囲で多人数が強い感情を示したとき、乱数発生器は偏った数値を出力する」ことが判明した。


第二報告:人間の感情はミクロな物理現象に影響を及ぼす。感情が強ければ強いほど、同様の感情を発する人数が多いほど、その影響は強くなる。


第三報告:感情には重力が影響するという過去の研究結果に基づき、この事象の影響を増幅させる装置「乱数変動増幅器『Numbers Fluctuation Amplificator』」の試作機を開発。そののち、エレツの組み込み機能に発展。


最終報告:NFAの高出力稼働時に確認された事象は非常に危険であり、本研究は厳重管理が必要であると判断された。


 掲示板の有志によると、ここでいう物理現象への影響が魔法のような現象なようだ。


「こうしちゃいられないぞ…!えーっと、空きの練習フィールドが…」


 慣れた手さばきでウィンドウを操作して、私有仮想空間のメニューを出した。そこには、いつも【ディアスポラ】のトレーニングに使っている部屋が並んでいた。


「これでいいか」


 俺はそのうちの一つを選んで、編集画面を開く。すると、掲示板に書いてあった通り、『NFA有効化』の項目があった。


「ほんとにこれで魔法が使えるっていうのか…?」


 その項目をオンにすると、【NFA出力設定】というパラメータがその下に出てきた。1から10のレベルに分かれている。


「なるほど、文書にあった出力の下りはこのことをいってるわけか」


 震える手でそのパラメータを10に設定しようとして、手を止めた。脳内には、文書に書いてあった「危険」の二字が浮かんでいた。


「でもなんか怖いよな…」


 手をウィンドウに添えたまましばしの間考え、6に設定して編集画面を閉じた。 


「さて、いきますか!」


 そういって俺はウィンドウの「転送」ボタンにタッチした。その瞬間、俺の体はパシュン!と消え、夕陽が差し込んだその部屋には誰もいなくなった。

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