第38話・美優の復讐四人目
神野洋介は、引っ越したばかりの部屋でパソコンを叩いていた。
洋介はは小寺由紀夫や鏡原映が入院した病院の院長の息子。かつての悪い仲間の状態は親に聞けばすぐわかる。メールの返事を見ながら、スマホで通話中。
「由紀夫は……小寺家から外されるらしい。由紀夫の爺さんも絶縁って言ってたほどだからな。映も……家が家宅捜索されたとさ。隠し部屋まで辿り着かれるのもすぐだろ、あのグロい映像集、見つかればあいつに未来はない」
電話の相手はもちろん輝香。
『こればかりはどうしようもないわね。あの女が戻ってきたなんて、さすがのあたしも映から電話がかかるまで知らなかったもの。で、逮捕されそう?」
「されるだろうけど、拘置所じゃなくて警察病院のお世話になりそうだな。薬で眠らされては叫んで目覚めて暴れてまだ投与……二人……いや、三人ともそうなんだ。一体どんな夢を見てるんだか」
『で、三人目の馬鹿……正一についてアンタの見立ては?』
「二人と同じように悪夢で病院運ばれたけど、証人が生き返ったからな。馬鹿は捕まるだろ。あれだけ馬鹿なことやって馬鹿なメモを残してるんだから仕方ない。輝香の言う通り、ライングループで何の反応もしなくてよかった、正一が言っているだけでまさか本気にしてなかったって言い訳が立つからな」
『残ったあんたたちが馬鹿じゃないことを祈るわ』
「俺は品行方正真面目な大学生で通ってるからな、表向きは大丈夫。問題は大原だけど、お前の送ってくれた護符を玄関と窓に貼っているから。これで大丈夫なんだろ?」
『……と、思うけど。実際はどうかは分からない。伝手をたどってもっと強い除霊師を探ってるんだけど、あたしには正しい除霊師とインチキとの区別をつけるのは難しいからね。それに、そういう世界だから上になればなるほど相手の口も固くなる。あの愚図の力がどれくらいかは分からないけど、三人も病院送りにするとしたら結構なもんよ。なんで自殺直後に怨んで出なかったかが不思議だけど』
「愚図だからじゃないのか?」
『そうね。……でもあんな愚図のせいでこれ以上伝手を減らすのはゴメンだし。徹底的に叩き潰してやんなきゃだからね。それまでは大人しくしててよ。わざわざ潜伏先まで作ったんだから』
「分かった。じゃあ切るぞ」
通話終了のボタンを押して、洋介は肩を竦めた。
まさかここまであの輝香を困らせる相手が現れるとは。しかもそれが幽霊で、生前あれだけどんくさかった大原美優だとは。
「しかも三人も夢でやっちまうなんてなあ……。幽霊は化学とかでは検証されてないから俺にはどうしようもないしなあ……。なんせ肉がない」
幽霊だから肉体がない。筋肉も神経も痛覚もない。
だから自分には全く興味がない存在だった。
まさか、こんな形で関わってくるとは。
「あーあ。しばらくは大人しくするしかないかあ」
実家の秘密の部屋のコレクション……自分が解剖した動物たちのホルマリン漬けのコレクションも置いてきた。
捕まえた動物たちの解剖をして体の中を暴くのも諦めよう。学校の解剖学だけで我慢しよう。
あの三人みたいに悪夢に
改めて、窓と入り口ドアに貼られた怪しげなお札と、部屋の四隅に置いた盛塩を見る。
「こんな現実的じゃないもの、俺は信じてないんだけど……」
現実主義者の洋介だが、主義に引っ張られて現状を見過ごすほど愚かではない。三人の知人が夢で入院するという状況を「気のせい」「偶然」という言葉で片づけないだけの柔軟さはある。
親から三人の様子を聞けば、異常事態だということは分かる。
由紀夫は何か物体を吐いていると訴えていたという。映は内容には何も語らず、起きている間はひどく疲れ果てた様子でずっと外を眺め、正一は寝ながら「やめてくれ……やめて……」と 泣きながら懺悔しているという。
「夢、か」
う~むと考える。
「要はノンレム睡眠になれば、夢は見ない、ということだな」
椅子に座り、机の上に足を置いて考え込む。
「しかし、人工的にノンレム睡眠に持っていく方法はまだ開発されていない」
と、言うことは。
「大原を捕まえるとか協力させるとかして、ノンレム睡眠に持っていける方法を見つけ出せれば、俺神医者?」
ちょっと欲が目を出した。
親が医者、解剖好き、というだけでなく富と名声を一気に手に入れられるのが医者という職業と知っているから医者の道を目指したのだ。
少しでも上を目指せる可能性があるなら、目指すのが洋介だ。
「……交渉してみる余地はある、か?」
そのためには大原美優に会わなければならない。
大原美優に会う方法……。
親に聞いたところ、三人とも、夢の内容は語らないという。
どんな悪夢かは知らないが、夢を見る、それしかない。
あの三人は精神的に弱い。自分より強い相手には押せないメンタルだ。だから夢であれだけ消耗するのだ。医者という未知なるものに立ち向かう自分なら、自殺を選んだ美優より自分が強いなんてわかりきったことではないか。
好奇心の虫が
そうすると護符や盛塩なんかで身を守っている場合ではない。
洋介は護符をはがし、塩を蹴飛ばした。
「悪夢に耐えられなさそうなら改めて貼ればいいんだから」
そして、ドアの小さな口から半分はみ出している封筒に気付いた。
無記名。
「何だ?」
ピッと封筒を切る。
丸文字で書かれている。
『挑戦、受け取りました。夢の中で会いましょう。――大原美優』
死人からの挑戦状に、洋介はニヤリと笑った。
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