43話 客人は犬ぞりに乗って
正直に言おう。
私は冬というものをなめていた。
「ううううううぅ~……」
顔を覆う布ごしに、雪交じりの暴風が吹きつけてきて、もう頬の感覚がない。
分厚いブーツや手袋を身に着けているというのに、手足の先端は冷え切ってしまって、足踏みしても息を吹きかけてもちっとも温もらなかった。
ギムリさんがおすすめしてくれたお店で買った上着は、毛皮の裏打ちされた革の分厚いもので、風を少しも通さない。
帽子だってそうだ。もこもことして、耳まで温めてくれる。
(だというのに、この突き刺すような寒さは何……!? 少しでも露出した部分からどんどん体温が奪われていくみたいだわ)
「北方辺境の本領発揮ね」
まつ毛も凍る室外には、そう長く滞在してはいけないとタリさんが言っていた。
けれど今はドラゴンたちの運動時間。
風のせいで横殴りに降りつける雪をものともせず、楽しそうに飛んでいるドラゴンたちを、見ていたかったのだ。
(にしても、ドラゴンは熱い大陸で生まれた生き物なのに、寒さに強い個体もいるのは不思議ね……。イスクラも南方の種類だけど、寒い所は大好きみたいだし。育った環境にもよるのかしら)
「イスクラ!」
声を上げると、私の白いドラゴンは、尻尾の先をちょっと振って応えてくれた。
まるで人間が手を振るみたいに。
(イスクラもそうだけれど、ヴォルテール様のドラゴンのカイルも、結構人間の動きを真似するのよね……。こないだなんか、カイルがヴォルテール様の言葉にうんうんって頷いてて、びっくりしちゃったわ)
そう、ヴォルテール様。
あの方のことを思うと、考えが途端にまとまらなくなる。
(あ、あの方が私のことを好きっていうの、未だに信じられないのだけれど……!? でもあの日からカイルもやけに私に優しくなったし、嘘ではない、のかも)
本当は分かっている。ヴォルテール様は、たぶん嘘偽りなく、私のことが好きだ。
分からないのは、なぜ私なんかを、というところ。
私は流罪人で、家を潰したことがあって、見ためも愛想も良くない。楽器はギターくらいしか弾けなくて、歌もピアノもすごく苦手だ。
絵画鑑賞や舞台鑑賞にも詳しくないし、庭づくりだってやったことがない。もちろんダンスだって踊れない。
およそ淑女に求められる要素を全く兼ね備えていないのが、私という人間なのに。
「好きになってもらう価値なんて、ないのにね」
呟きは白い吐息となって立ち上り、横殴りの雪に掻き消えた。
と、上空から巨大な影が静かに舞い降りて来た。カイルだ。
カイルは頭を私に摺り寄せると、ぐいと押した。甘えているというより、私を動かしたいようだ。
「なあに?」
カイルは優しく、けれど強引に私を歩かせる。
彼が導いた先は、ドラゴン舎の入り口だった。カイルは翼の先で優しく私を入り口に押しやる。
「……中に入っていろ、と言いたいの? 外は寒いから?」
カイルの意図に気づいて私は思わず笑ってしまった。
確かに、少し長く外にいすぎたかもしれない。寒くて手の感覚がほとんどなくなってしまっている。
「ありがとう。優しいところは、あなたのご主人様と同じね」
私はカイルの首の鱗を少し掻いてやった。カイルは目を細め、もっとしてほしいとばかりに顔を押し付けてくる。
しばらくカイルの鱗を撫でてやっていたら、
「きゅうっ!」
という鳴き声と共に、空を飛んでいたはずのイスクラが地面に降り立った。
そうしてカイルと私の間にぐいっと割り込み、
「『わたしの』『ミルカ』!」とカイルに叫んでいる。カイルはちょっとうんざりしたように首を振っている。
イスクラがカイルに文句を言っている間も、イスクラの尻尾がするりと私の体に絡んできて、私は不覚にもときめいた。
(ドラゴンに独占欲をむき出しにされるって……悪くないわ……)
と、喜びを噛み締めていたときだった。
「ミルカ嬢」
その声に心臓が跳ねる。
ヴォルテール様だ。上着を着こみ、豪雪にも負けない確かな足取りで、ドラゴン舎の方へ歩み寄って来る。
「あまり外に出ていると凍るぞ」
「は、はい。今カイルにも、中に入れと言われたところでした」
「そうか。偉いぞカイル」
ヴォルテール様はカイルの首を親しげに叩く。カイルは翼の根元の鱗をちょっと逆立ててみせた。
好きだ、と告げられてから、ヴォルテール様の顔をまともに見られずにいる。
ありがたいことに、そのことについて特に言われたりはしない。
だから余計に戸惑ってしまうのだけれど。
(ヴォルテール様は優しい――けれどそれは、私に向けられるに値しないんじゃないかしら)
私の戸惑いを知ってか知らずか、ヴォルテール様はどこか弾んだ声で、
「さあ、今季初の客人がやって来るぞ」
「客人?」
「ミルカ嬢は犬ぞりを見たことがあるか」
「犬ぞり……話には聞いたことがありますが」
「ならば私と一緒に出迎えに行こう。壮観だぞ」
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