虚
恋とは、こんな風に始まるものなのだろうか。
気づけばいつも、澪のことを考えていた。
肌に残る彼女の匂い、柔らかい髪。
ふとした瞬間に呼ばれる名前。
見つめられるたび、喉の奥がきゅうと締まる。
会いたい。
触れたい。
それだけじゃなくて___
この時間を終わらせたくない。
自分でも知らなかったような感情が
心に根を張っていくのが分かる。
* * *
「小夜、こっちだよ」
陽炎に揺れる坂道の先、澪が手を振っている。
麦わら帽子のつばが大きく揺れ、スカートが風で踊っていた。
猛暑の中、町外れの森にある古い神社まで一緒に歩いていた。
神社は薄暗く、賑わいもない。
案の定、境内は雑草だらけだった。
だが、陽が差し込む木漏れ日の中
澪はまるでその風景に溶け込むように微笑んでいた。
「なんでこんなとこ来たかったの?」
そう聞くと彼女はくるりと振り向き
少し寂しそうに笑った。
「小夜とずっと一緒にいられるから」
拝殿の前で、私たちは並んで座った。
しばらく無言で、森の囁きと蝉の鳴く声を聞いていた。
「ねえ、小夜。
もし世界が終わるとしたら、最後に誰に会いたい?」
「……あんた」
言ってから、少し照れくさくて目を逸らす。
澪は、心底嬉しそうに息を呑んだ。
「ほんとに、ほんとに小夜は優しいね」
「…違う、優しくなんてない。
こういうのだって
___誰でもよかったのかもしれない」
「それでも、私は小夜がよかったよ」
その言葉が、やけに重たく響いた。
夏の終わりが、すぐそこにいる。
そんな気がした。
* * *
何時間経っただろうか。
夕日が照らす境内は、とても幻想的な雰囲気だった。
学校の子達が来たら、SNSに上げる写真を喜んで
たくさん撮るのだろう。
生産性のない思考の中、澪と景色を眺めている。
少しだけ、涼しくなっていた。
「小夜、してもいい?」
そう言われた瞬間、胸が痛くなるくらい高鳴った。
「なんで?」
「お願い。今度は、小夜から」
私の手が、自然に彼女の頬に添えられていた。
柔らかくて、震えていて、冷たい。
ゆっくりと顔を近づける。
空は茜に染まり、蝉の声は遠く霞んでいた。
唇が触れたとき、胸が締めつけられるほどの幸福と、
どうしようもない不安が、同時に流れ込んできた。
私の中で芽生えた疑念を振り払うように、目を閉じた。
「小夜」
呼ばれた瞬間、私は地面と体が平行になっていた。
澪は私の腰に乗り、小さな手で私の目を覆う。
彼女の冷たい指先が、
背中や腰に触れ、這うように伝った。
制服越しでも分かる、彼女が何をしたいのか。
そして、首筋に吐息を感じた瞬間。
彼女の手を止めた。
「やめて」
「嫌がってるようには見えなかったけど」
「今、嫌になった」
「あはは」
彼女の笑い方は、怖かった。
瞳に光が宿っておらず、暗い暗い闇の底から
引きずり込まれるような冷たさを感じた。
そして、怒りも。
気づけば、私は彼女の細い首を力一杯掴んでいた。
綺麗で、今にも折れそうで、ひんやりと冷たい。
「小、夜」
霞んだ声で、縋るように
彼女は、私の名前を呼ぶ。
「うれし…い…」
こいつには何をしても無駄なのか。
その言葉を聞いた瞬間、怒りが冷めた。
『呆れ』、に近い。
「けほっ…ッ……げほッ…」
彼女は咳き込みながら、喉の奥からヒューヒューと音を立て
それでいて笑っていた。
「私のこと弄んで楽しい?」
「弄んでない。本気だよ」
「じゃあなんで、こんな…」
「でも、嬉しいでしょ?」
歪んでいる。
だが、彼女の冷たい指先と
茹だるような暑さで火照っていた体の交わりは
どう足掻いても、嫌ではなかった。
そう感じてしまう自分が、嫌だった。
もう、戻れない気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます