第2話「一緒に下校しようよ?」


 とある日の放課後。

 帰りのホームルームが終わり、俺は教室で当番だった掃除をしているとスマホがブルルと震える。


「ん?」


 手に取って確認してみると、来ていたのは椎名さんからのメッセージの通知だった。


『今日は、一緒に帰りましょう?』


 とのこと。もちろん俺は二つ返事で返した。


 最近は生徒会の仕事もあって、あまり二人でいる時間は少なかった。


 せっかくの夏、たまには一緒に帰りたいし、青春真っ盛りな俺たち二人にとってそういうコミュニケーションは大切だ。






 そうして、あっという間に下校時間になった。


 帰りのホームルームも終わり、挨拶を済ませて待ち合わせていた校門前に行くと椎名さんは周りからの視線に目もくれず待っていた。


 その姿はとても凛々しくて、爽やかで、そして美しい。

 天使様という名前が似合う綺麗な立ち振る舞いだ。


 すると、どうやら向こう側から歩いてくる俺に気づいたのか。

 パチリと目を開けて駆け寄ってくる。


「あらっ、今日はいつも通り遅いのね」

「あ、その、すみません」

「大丈夫よ、あなたに待たされるのはもう慣れてるもの」

「もうって……その、いつも椎名さんが早いだけですよ……」

「あらぁ? そんなこと言っちゃう? それじゃ私だけかしら、こうやってあなたと帰るのを楽しみにしているのは……がっかり」


 にまっと口元に笑みが零れている。

 さすが小悪魔様、嘘がお上手だ。


 しかし、そんなあからさまの演技も——周りの生徒が見ているので無視することはできなかった。


 最近、一緒にいる――なんか、あいつだけ好かれている。

 そんな疑いを持たれるわけにもいかない。


「ち、違いますって……その、もちろん楽しみですけど、人が多いですっ」

「ちぇ……」

「聞こえます!!」

「まぁ、いいわ。ほら、だったら人がいないところまで走りましょうっ」

 

 結局、俺は椎名さんの言いなりで連れていかれてしまった。




 そんなこんなでやってきた先は高校から歩いて10分ほどにある公園。


 広大な面積に大きな遊具や森林、遊歩道にベンチなどがあり多くの家族連れが来ることで地元では有名な場所だった。


「こ、こんなところじゃバレるんじゃ――」


 俺の左手をがっしりと握り締める彼女にそう言うと、少し振り向く。


「大丈夫よ、こんなところに高校生はこないもの」

「でも……一目が」

「いいじゃない。高校生じゃないんだし」

「そうですけど……」

「じゃあ文句は言わないのっ」


 色気のあるいたずらな声で俺の唇に人差し指をくっ付ける。


「っ——⁉」

「ほら、赤ちゃんは指でもすいまちょうね?」

「うっ——お、俺は赤ちゃんじゃないです!!」

「あははっ!! そこまで怒らなくてもいいじゃないっ……かわいいねぇ……ぷぷっ」

「や、やめてくださいよ……いきなりっ」

「あら? この前なんて罵倒してもらいたいって言っていたじゃないの」

「そ、そんなこと言ってませんよ!! あれは、勝手に椎名さんがっ!」

「そんなこと言っていないのだけれど……?」

「そんな顔でとぼけたって無駄ですよっ」

「あらあらぁ~~、めんどうな男の子は嫌われるわよ?」

「うるさいです……そんなこと言ってますけど、椎名さんは俺にしか興味ないんじゃないんですか?」

「どうかしら……ただ気が合うから一緒にいるだけっていう可能性もないかしらね?」

「……」

「あははっ……まぁ、そこはあなた一人で悩めばいいわぁ」

「っく」

「あ、ほら! あそこいいわよ! あの木陰のベンチにでも行きましょう!」



 本日の公園での下校密会は始まった途端におかしなものになっていた。

 いや、密会なのだからこうやって身体を密着させるのも普通の事なのかもしれないのか?


 とはいえ、俺の心臓はドキドキと鼓動を刻みまくっていた。


「ふぅ、風がいいわねえ」

「あ、あの……どうしてこんな風に……」

「ん、どうしたの?」

「いやっ、その、この状況が掴めなくて……」


 動揺しつつそう訊ねると彼女は少し不思議そうな面持ちでこう言った。


「膝枕よ、駄目かしら?」

「あ、あの……それなら普通逆なんじゃ」


 もちろん、俺が椎名さんに膝枕をされているのではない。

 その逆だ。


 腿の表面に綺麗に輝く黒髪がはだけるように乗っていて、皆が憧れる美しい顔が俺の顔を見つめている。


 いい匂いが風に運ばれて鼻腔を刺激し、腿にかかる頭の重みが女の子ということを思い出させる。


「……そう言う固定観念は良くないわよ?」

「……すみません」

「あぁ、それともあなたもしたいの? 私の膝の上に乗りたいってことかしら?」

「ち、ちがっ――――くも、ないですけど」

「あら、珍しく正直ね……」

「だって、どうせ知ってるじゃないですか」

「まぁ、あなたのことなら何でも知っているもの」

「何でもは知らないんじゃないんですか……」

「ここで〇物語ネタを突っ込んでくるなんて本当に読書が好きなのね。それとも彼女みたいな優しくておっぱいの大きな委員長気質ななんでも知っている女の子が好きなのかしら……」

「何でもは知らないわよ」

「ほら、好きじゃない?」

「べ、別に——俺は椎名さんが好きですよ」

「……告白?」

「……それは椎名さんが悩んでください」


 彼女はくすりと笑って頭を回転させて正面を向いた。


「な、何笑ってるんですか」

「別に……ただ、今のが告白なら私も答えてあげようって思ったのになぁって」


「あ、でももう遅いからね?」

「……知ってます」

「さすがね……」


 にやりと笑みを浮かべる彼女。

 今日の天使様は小悪魔様だったようだ。


「一年前に出会ってからずっと一緒にいるんですから……そりゃそうですよ」

「……たったの一年も、見方によってはそうだものね」


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