第97話 クリスとのデート③

 展望台から降りて。

 伸びをしているクリスに尋ねる。


「次は、どこに行くんだ?」

「そうだな。

 そろそろお昼にしようと思うのだが、どうだろうか?」

「……大賛成だ」


 久々の運動のせいか。

 俺の腹ペコムシが、さっきからぐーぐーと鳴いているのだ。

 それを、耳ざとく聞いたらしいクリスは。

 苦笑してから、歩き出した。



 ―――――




「ここだ」


 そう言って、クリスは店の中へと入っていく。


「ここって……」


 そこはとても懐かしい、あの店だった。

 妖怪のような店主が経営する、あの店。


「いらっしゃいませ!

 お二人様ですね?

 そちらのお席へどうぞ」


 愛想のいい女性店員に促され、席についた。

 クリスと目が合って、店内を眺めながら言う。


「ここ、昔のちょっとした行きつけなんだ。

 いやー、全然変わってないなぁ」


 なんとなく、通ぶってみた。


「ああ、聞いている。

 ニーナさんの誕生日に、ここの料理を振る舞ったのだろう?」


 知ってたんかい。


「……ああ。

 あの時は苦労した。

 ここの店主、めちゃくちゃ恐ろしいんだ。

 魔族だって、裸足で逃げ出すレベルだからな」

「ふふっ。

 それはぜひ見てみたいな」


 カラカラと笑うクリス。

 あの妖怪を最後に見たのは、サンドラ村を旅立つ時か。

 これまた懐かしいな。


 店員が注文を取りに来たので、2人で一角ウサギのソテーを頼んだ。

 店員はそれをメモに書き込み、厨房へと伝えにいく。


「どうしてこの店にしたんだ?」


 気になって聞いてみた。

 偶然ではなさそうだが。


「……ずっと、ハジメの思い出の場所を見てみたいと思ってたんだ。

 そのうち訪ねてみようと思っていた矢先に、このデートの話があがってな。

 もしもハジメと一緒に訪ねられたら、きっと楽しいだろうと思ったんだ」


 クリスが少し、照れたように言う。

 なるほどな。


「だから朝、展望台を見に行ったのか。

 あの場所は、ニーナにでも聞いたのか?」

「ああ、家族で旅行をした時に寄ったと、楽しそうに話してくれたぞ」

「へぇ」


 確かにあの時のニーナは楽しそうだった。

 まぁ、今日のクリスも負けてはいないが。


「ってことは、午後は乗馬でもするのか?」

「いや、少しだけ、私が行ってみたい店があってな。

 午後はそっちに付き合ってほしい」

「ああ、いいよ。

 どんな店なんだ?」

「あ、その。

 そ、それはだな……。

 ……そ、そう! 

 行ってからの楽しみということにしておこう」


 クリスはゴクゴクと水を飲み干して、店員におかわりを要求した。

 あからさまに怪しい態度だが。

 まぁ、気にしないことにするか。

 午後には分かるのだろうし。


 しばらくして、料理が到着した。

 あの頃と変わらない、思い出の味だ。

 クリスも美味しい美味しいと、パクパク食べていた。


 食後のカシーを飲んで、一服する。

 ちょうど客が空いたので、会計で料金を多めに払い、店主を呼んでもらった。


 店主は相変わらず、熊のような人だった。

 もしかしたら、人のような熊なのかもしれない。

 出てきた瞬間、クリスが息を呑むのが伝わってきた。


 店主に料理が美味かった旨を伝えると、「またレシピが必要なら、教えてやるから来い」と、ぶっきらぼうに言われた。

 なんと店主は、俺のことを覚えていてくれたのだ。

 その節について丁重に礼を言って、店を出た。



 ―――――



「――本当に、熊のような人だったな」

「な? 言った通りだったろ?」


 道を歩きながら、店主の話題で盛り上がった。


「あの人が、あの繊細な味付けを作り上げていると思うと、なんだか不思議な感じがするな」

「だよなぁ。

 初めて会った時は、絶対嘘だと思ったよ。

 でもあの人、あの風体で実は子ども好きなんだぜ?

 ニーナが子どもの頃から、こっそり見守ってたらしいからな」

「もはや、意外性の塊だな」


 クリスがくすくすと笑う。

 たわいない会話をしながら歩いていると、右手に広場が見えた。

 そこには、ボールのようなものを蹴り合う子どもたちがいた。

 よく見ると、二つのチームに分かれている。


「……あれ、サッカーか?」

「ん?

 ああ、あれは昔からある、子どもの遊びだな。

 獣の皮で作った玉を、手を使わずに敵陣の輪の中に入れるんだ」


 言われてみると確かに、サッカーで言うゴールの位置に、木の枝で作られた輪っかが置かれている。

 的が小さい代わりに、ゴールキーパーはいないルールのようだ。

 その他細かいところは違ったが、しかしほとんどサッカーの動きをしている。


「こんな遊びがあったなんて、知らなかったな」

「そうなのか?

 アルバーナの子どもの遊びとしては、割と人気だが。

 私も子どもの頃は、たまにやっていた」

「へぇ」


 興味を引かれて少し見ていると。

 弾かれたボールが、こちらへと転がってきた。


「すみませーん!」


 ボールを追いかけて、一人の男の子が駆け寄ってくる。


 足元に転がってきたボール。

 俺はそれを右足の甲に乗せて、真上に蹴り上げた。

 落ちてきたボールを、ヘディングで数回宙に浮かせ。

 胸でワンクッションさせた後、右足でふわりと浮かせて男の子に返す。

 ……どや。


 ボールを受け取った男の子は、ぽかんとした顔でボールを見た後。


「……すっげぇ!」


 目をキラキラさせて、俺の方に駆け寄ってきた。


「兄ちゃん、めちゃくちゃ上手!

 こんな大人、見たことねぇよ!

 こっち来て、一緒にやろーよ!」


 ぐいぐいと袖を引っ張られる。

 どうしたもんかとクリスを見ると。

 彼女は笑って、行ってきて、とジェスチャーした。


「しょうがねぇなぁ。

 少しだけだぞ」


 その後少しだけ、子どもたちに混じってサッカーもどきに興じた。

 ボールやルールはかなり違うが、結局のところ身体の使い方は一緒だ。

 子ども達に花を持たせつつ、久しぶりのプレーを楽しんだ。



 ―――――



「すごいな、ハジメ。

 あの遊び、あんなに上手な人を見たことがないぞ」

「地球にも同じようなのがあってさ。

 昔そればっかりしてた時期があったんだ」


 あの頃。

 嫌なことがほとんどだったけど、サッカーだけは楽しかった。

 サッカーのおかげで、努力の意味を知ることができた。

 孤立した人間関係以外にも、人生の要素はたくさんあると教えてくれた。

 孤独でも大丈夫だと思えた。

 あの経験があったからこそ、俺は今まで、忍耐強く行動できたのだという気がする。


「……まぁ、クリスが本気出したら全然敵わないだろうけどな」


 ちょっとだけふてくされて言う。

 残念ながら、それが事実なのだ。


 クリスは、俺の10倍は早く走れる。

 10倍強いシュートが撃てる。

 長い間努力して身に着ける技術が、フィジカルに圧倒されてしまうのだ。

 この世界でスポーツが盛んじゃないのは、そういう部分もあるのかもしれないな。


「いや、私はあんなに上手に玉を扱えない。

 ハジメのその技術は、国で一番かもしれないぞ」

「またまた、おだてちゃって」


 そんなやりとりをしていると、だんだんと、日が傾いてきた。

 ぼちぼち、このデートも終わりにさしかかろうとしている。

 恐らく次が、最後の目的地となるだろう。


「……で、今俺達はどこへ向かってるんだ?」

「時間がかかってしまってすまない。

 えーと、この辺だったはずなんだが……」


 クリスはキョロキョロと、辺りを見回す。

 広場を離れて少し歩き、街の中心部に近いところへとやってきていた。


「……あ、あった。

 ハジメ……こ、この店だ」


 クリスが指さすその店のショーウィンドウには。

 可愛らしいぬいぐるみが、所狭しと並んでいた。


「え……ここ?」


 俺は戸惑いながら尋ねる。


「あ、ああ。ここだ」


 クリスは顔を真っ赤にしながらも。

 この店に入りたいのだと認めた。


 入口には、ピンクの丸っこい文字で書かれた看板。

 そして、巨大な熊のぬいぐるみが置かれていた。


「クリス、こういうの好きだったの?」

「その、そ……そうだ。

 実は私、可愛らしいものが好きなんだ。

 家族に知られるとからかわれるから、今まで買ったことはなかった。

 旅の間も、不要な物は持ち歩けないしな。

 だが、今初めて、家族から離れて暮らしているから。

 この機会に、一度こういう店に入ってみたいと思って……。

 でも、一人では入りづらくて……」


 恥ずかしそうに、クリスが言う。


「そうだったのか」

「……やっぱり、私のような女が、こんなものを買うなんて変だろうか?」


 クリスが不安げにこちらを見てくる。


「全然変じゃない。

 むしろ、似合ってるくらいだ」


 俺は素直に感想を述べた。

 確かに普段の鎧姿と、きっぱりとした物言いからすると少しギャップは感じる。

 しかし。

 今目の前にいるクリスは、髪を下ろしたスカート姿。

 正直、ぬいぐるみのCMが舞い込んできてもおかしくないくらい、似合ってる。


「そ、そうか?

 ……よかった。

 では、中に入ろう」


 ぎくしゃくと、しかし興奮した足取りで、クリスは店の中へと入っていった。

 俺も一緒に、中へ入る。


 店の中も、ぬいぐるみであふれかえっていた。

 女性の2人組か、男女のカップルの客が多い。

 なにやら、ふんわりと甘い匂いもする。

 クリスが気後れするのも分かるな。

 俺なんか特に、居づらい空気だ。


 クリスも居づらいんじゃないだろうか。

 そう思って、そちらを見ると。

 彼女は目を輝かせて、店内を見回していた。


「か……かわいいぃぃぃ……!」


 それはまるで、この世の楽園に来たかのような表情だった。


 それからというもの。

 クリスは、あっちに行ったりこっちに行ったり。

 棚の上のぬいぐるみを手に取ったかと思えば、すぐさま下のものにも手を出したり。

 両手にぬいぐるみを抱えて、交互に見て悩まし気な顔をしてみたり。

 俺のことなど忘れてしまったかのように。

 ぬいぐるみの世界に没頭してしまった。



 ―――――



 それから、1時間ほどが経過した。



「――なぁハジメ。

 この子とこの子は、どっちがかわいいだろうか?」


 笑顔のブタと眉間に皺の寄ったブタ。

 クリスは左右の手に持ちながら、にこにこと嬉しそうに尋ねてくる。


「……右の、笑ってる方じゃないか?」

「なるほど。確かにこの子もかわいいんだが……。

 しかし左のこの子の表情にも、なんとも言えないかわいさがあると思わないか?

 なんというか、子どもの可愛らしい反抗期を見た時のような。

 この眉間の皺に、奇妙な愛くるしさを覚えてしまうだろう?」

「……それなら左にしたらいいんじゃないか?」

「そんな!

 それではこの素敵な笑顔を、見捨てるというのか!?」

「……じゃあ両方買え! 両方!」

「それがすでに5つも買ってしまっているから、あと1つが予算の限界なんだ!」

「――そんなら両方やめちまえっ!!」


 ガーン。

 そんな音が聞こえてきそうな表情で、クリスはこちらを見る。

 しかしさっきから、ひたすらぬいぐるみを比べさせられたあげく、俺の意見はほぼ取り入れられないのだ。

 こんな状態が続いたら、さすがに声を荒げるというものだろう。


 クリスは、がっくりと肩を落とし。

 トボトボと、ブタ達を棚へと戻し始めた。

 その落胆した様子は、なんだかあまりに憐れに見えた。

 後ろ姿の哀愁がすごい。


「クリス……」


 あぁ、くそっ。

 思わず声をかけてしまった。


「なんだ?」


 まるで幽霊のように、ゆっくりとクリスがこちらを振り向く。

 その顔はなんだか、普段とかけ離れすぎて。

 普段の凛とした表情は、みる影もなかった。


「あー、もう!

 そんな顔すんなよ!

 わかったよ、俺が買ってやるから!」


 クリスの顔が、ぱぁっと輝く。


「本当!?」


 嬉しさを抑えきれない犬のような速さで、こちらに近づいてくる。

 そして――。


「ハジメ、ありがとう!」


 ぎゅっと。

 抱きつかれた。


 ちょっ。

 やばいやばい!


 今日一日ずっと過ごして、ようやく意識しないようになれたっていうのに。

 ああ胸が、胸がやばい。

 なんかいい匂いもする。

 髪がさらさら。

 あんなに強いのに、触れる所全てが柔らかい。

 そのうえ、体重をかけられてるはずなのに、羽のように軽い。


 なにこれ?

 ねえ、なにこれ?


 放心する俺。

 しかしそんな俺を放置して。

 クリスはいそいそとブタ達を取りに戻っていった。


 ……もてあそばれた。

 もしかしたら俺こそが、真のブタなのかもしれない。



 ―――――



「……はぁぁ。

 最高だなぁ、あのぬいぐるみ達は」


 馬車に乗るための帰り道。

 クリスが、ヤクを一発決めたジャンキーみたいに言った。


「まぁ、よかったな。

 そんなにたくさん買えて」


 クリスの腕には、巨大な紙袋が抱えられていた。

 その中には当然、犬やら鳥やら豚やらのぬいぐるみが入っている。


「ああ。

 これで欲しかった子は全て手に入れた。

 ハジメのおかげだ。

 ありがとう」


 そう言って、クリスは幸せそうに笑った。

 その顔を見ながら思う。


 クリスにこんな一面があるなんて、意外だった。

 共に死線を超えてきた仲だというのに。

 単純な好悪でさえ、まだまだ知らない部分があるものだ。


 ヒトは誰しも。

 本人しか知らない領域を、氷山のように隠し持っているということか。

 クリスにも、エミリーにも、ユリヤンにも。

 そんな部分があるに違いない。

 むしろ、そんな部分が大半を占めているのかもしれない。


 ……そう思うと。

 少しだけ、救われる自分に気づく。

 自分にも、表に出したくないものがあって。

 それが自分の、何より嫌いな部分だからだ。


 俺は、幼少期を地球で過ごした。

 その時の記憶は、ろくでもないことばかりだ。

 そのせいで、俺は他人を心から信じきれないようになったと思う。

 しかしそんな一面は、極力見せないように振る舞っている。

 そんな自分が嫌だった。


 しかし、もしも人間みんなが、そういう一面を持ってるのだとしたら。

 今よりもう少し、自分を認めることができるかもしれない。


「クリス」


 往来で呼び止めて。

 振り返る彼女は、やっぱり綺麗だった。


「どうした、ハジメ?」


 キョトンとした顔で、クリスが尋ねる。

 別にどうもしていない。

 ただ、言わなきゃいけないことがある気がした。


「……ありがとう」


 そう言うとクリスはキョトンとした。

 何のことだかって顔だ。

 しかしすぐに頬を緩めて。


「どういたしまして!」


 そう、返事をしてくれた。

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