第84話 過去を知って

<ハジメ視点>


 気付けば、日が沈みかけていた。


 俺は廃墟から手に入れたその本を、ひたすらに読みふけっていた。

 日の出からずっと、この場でこの姿勢のまま読んで、読み終わった。


 分かった。

 分かってしまった。

 この俺が何者なのか。


 こんなにも突然に。

 こんなにも劇的に。

 それを知る機会が訪れるとは、予想だにしていなかった。


 俺は、1000年前に、この場所で生まれ。

 魔族に襲われ、父の転移魔術で地球へと飛ばされた。

 俺の名は、レオナルド=フォン=ヴィルガイア。

 ヴィルガイア王家の末裔だったのだ!



 ……と、言ってみても。

 実感は全然湧かんな。


 とりあえず、得た情報を整理してみよう。


 まずこの本によって発覚した、驚きの事実が一つ。

 なんとこの世界は、地球と同じ宇宙に存在したのだ。

 地球の科学力をもってしても発見できていない、遥か遠くの宇宙の彼方に、この星は存在するようだ。

 いつの日か、宇宙船に乗って地球人がやってくることもあるかもしれない。


 しかし、疑問はある。

 この本は、約1000年も前のものということになる。

 時代考証はエルフの長老の話と照らし合わせても、矛盾ない。

 おそらく事実だろう。

 しかし、俺が地球で過ごした年月は15年だ。

 全く計算が合わないではないか。


 ……少し考えて。

 一応、筋が通らなくもない理論をでっち上げることはできた。

 子どもの頃に何かで知って、結局よく分からなかったアレ。

 相対性理論というやつだ。

 光ほどの速さで進む物体は、周りの世界と比べて時間が極端にゆっくりになる。

 転移魔術も高速移動の一つと考えれば。

 往復で1000年くらい時が進んでても、一応の辻褄は合う……んじゃないか?


 ……まぁ、どうであれ。

 俺の記憶と胸の魔法陣、この状況を照らし合わせれば。

 俺がレオナルドなのは、もはや間違いないだろう。


 ……どうりで、地球では仲間外れにされ続けたわけだ。

 なんたって、一人だけ宇宙人だったんだから。

 外見に違いはないが、子ども達はどこかに異質なものを感じ取っていたのかもしれない。


 ――ずっと間違っていたのだ。

 なんだかんだ言っても、俺のホームは地球だと思っていた。

 生まれも育ちも、地球の孤児院だと。

 しかしそれが間違いだった。

 俺が本来いるべきなのは、こっちの方だった。

 むしろ地球にお邪魔していたのだ。


 こっちの世界に来てからの方が、なんとなく気分が晴れていたのは。

 在るべき場所に、帰ってきたからなのだろう。


 そして、俺の魔術の規模が馬鹿でかい理由も分かった。

 俺はどうやら、地球から魔力をいただいて使っていたらしい。

 地球の魔力は、こちらに比べて非常に濃密という話だ。

 魔術を使う人間と、魔力を食べる魔物がいないからだと書かれていた。

 俺が魔力切れを起こさないのも、そこら辺が原因なのだろう。


 色々なことが一気に分かって、すごく気分がスッキリした。


 ……そして、状況を整理したら。


 少しずつ、勇気が湧いてきた。

 胸のあたりが暖かい。

 ずっと欠けていた身体の一部を、ようやく取り戻したような。

 そんな感覚。


 俺はもう、眠るときにおびえなくていいんだ。

 明日俺がいなくなることは、あり得ない。

 地球に戻ってしまうことも、絶対にないんだ。


 ……俺はこの世界で、生きていくことができるんだ。


「――よっしゃああぁあぁぁあぁ!!」


 思わず、叫んだ。

 叫び声は、夕焼けの空へと吸い込まれていった。

 両手を握り、喜びを噛み締める。

 たまらなく嬉しかった。


「よしっ……よしっ。

 よかった……うぐっ……うっ……」


 涙が零れてきた。

 人生で初めて流す、うれし涙だ。


 涙でぼやけた視界に、夕日が滲んでいた。



 ―――――



 泣き止んだ後。

 残った疑問について考えた。


 魔族はどうやってヴィルガイアにやって来て、それからどうしたのか。

 これが全く分からない。


 エルフの長老の話では、魔族がやった、なんて話は一切なかったようだ。

 数千体いたらしい魔族達は突如現れて、煙のように消えた。

 奇妙な話だ。


 そういえば、エルフの森にいた魔族。

 あいつももしかしたら、ヴィルガイアを滅ぼしたやつらのうちの一体だったのかもしれない。

 あいつに聞いとけばよかったかな。

 答えてくれやしないだろうが。


 ……まぁいいか。

 1000年も前のことを、今を生きる俺が考えたって仕方ない。

 なんたって、俺はこれからずっと、この世界で生きていくんだ。

 もっと有意義なことに時間を使おう。


 例えば、なんだろうな。

 例えば……。


 そういえば、俺の名前はどうしようかな。

 これまで通り、田中 一でいくか。

 レオナルド=フォン=ヴィルガイアでいくか。


 ヴィルガイアの両親は、俺のことを想ってくれていたようだ。

 命を賭して、俺を守ってくれた両親。

 その想いを想像すると、これまでに感じたことがないような温かさを胸に感じる。

 二人がつけてくれた名前を、大切にしたい気持ちはある。


 とはいえ。

 レオナルド、なんて呼びかけられて、振り向ける気がしない。

 これまでずっと、俺は田中 一だったのだ。

 俺が関わってきた人達は、俺をハジメと呼んでくれている。

 そこには親愛の気持ちを乗せてくれているだろう。

 それを変えるというのもなかなか抵抗がある。


 うーむ。

 ……よし、決めた。


 折衷案として、ファーストネームだけはハジメにしよう。

 こっちの世界風に呼ぶなら、ハジメ=レオナルド=ヴィルガイア。

 違和感はある。

 違和感はあるが、他に思いつかないので、これに決めた。



 最後に、この本をどうするか。

 本来なら、すぐにでも魔術協会に提出して、その情報を共有するべきだろう。


 しかし、この本は俺の家族が残してくれた、唯一のものだ。

 しばらく手元に置かせてもらって、感傷に浸りつつ。

 この本に載っている魔術を会得させてもらっても、バチは当たらないのではないだろうか。


 ……よし。

 これを公表するのは後にする。


 しばらく、この本で勉強することにしよう。

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