第57話 パーティー結成
<ハジメ視点>
エミリーの家出宣言の後。
俺達は馬車で、アバロンへ帰ることとなった。
帰り道も、エミリーは口数少なく過ごしていた。
しかしその顔からは、どこかスッキリしたような印象を受けた。
俺としてはやや胕に落ちない所もあるのだが。
彼女のその表情を見たら、特に何も言う気にはならなかった。
彼女の中で決着が着いたなら。
俺の違和感など、余計なものでしかないだろう。
帰りも7日間かけて、豪華な馬車でアバロンへと向かう。
景色の流れを眺めながら。
ゆっくりと時間は過ぎていった。
3日目を過ぎたあたりで、エミリーの感傷的な表情も消えて、いつものように会話できるようになった。
「……でもエミリー、お前アバロンの家は使えなくなっちゃうんだろ?
住む所はどうするんだ?」
雑談の1つとして、エミリーに尋ねてみた。
「そうね。
生活に困らないくらいのお金はあるから、しばらくは宿暮らしになるわ」
エミリーはすまし顔で答える。
「大丈夫か? 見るからに貴族だから、ぼったくられたりしそうで怖いんだが」
「もう貴族じゃないわ。それに余計なお世話。
宿の手配くらい、1人で問題ないわよ」
「そうか。まぁ無駄遣いはできないわけだし、そんなに高級な宿には泊まらないよな?
ちなみに、1泊いくらの宿に泊まるつもりなんだ?」
「そ、そうね……金貨1枚くらいかしら」
「はいダウトー。
エミリーダウトー。
全然相場分かってないじゃねーか。
そんなんじゃすぐ金がなくなって、借金のカタに売り飛ばされちまうぞ」
「うるさいわね。
そのときは、その相手を空のカナタに吹き飛ばすことにするわ」
エミリーは軽くドヤ顔。
いやいや。
「そうやって、すぐ力に頼るのは良くないと思うぞ」
「すぐじゃないわ。
最終手段として、いつでも撃てるようにしておく心構えを説いてるのよ。
あなたも私から魔術を教わった身なら、私の意見を尊重しなさい」
なんという暴論だ。
その理屈だと、俺は何も言えなくなるではないか。
なんだか、こいつを野放しにするのは危険な気がしてきた。
庶民の生活に慣れるまで、少し面倒を見た方がいいかもしれない。
「……しょうがないな。
俺もついていって宿を決めてやるよ」
「……そう。
まぁ、私の役に立とうという、その姿勢は悪くないわ。
ハジメがどうしてもと言うなら、連れて行ってあげてもいいわよ」
「へいへい。連れて行って下さいまし、エミリー様」
「急に投げやりになるんじゃないわよ」
ゴトゴトと音を立てながら、馬車は進んでいく。
「エミリー、家族ともっと話さなくてもよかったのか?
お兄さんもお母さんも、心配してたじゃないか」
「発つ前に話はしたわ。
2人とも、理解してくれた。
……思えば私は、結構甘やかされて育ってきたのかもしれないわね。
別れ際、お母様に、いつでも頼ってきなさい、なんて言われてしまったわ。
離れるとなると、やっぱり寂しく感じる。
貴族のしがらみは嫌いだったけど、あの人達のことは好きだった。
……ただ。
誰にでも、別れの時というのはあるものでしょう。
私の場合は、それが少し早くて、唐突だっただけ。
私の人生には、それがどうしても必要だった。
逆らうと痛みがあるからといって、流されるままに生きるのは、もうやめたの」
珍しく、エミリーが自分の内面を語っている。
そういえば彼女から受ける印象が、これまでと少し変わった気がする。
これまでのエミリーは、何をしていてもどこか他人事で。
未来に対する諦念を感じさせる空気を纏っていた。
それがなりを潜め、代わりに澄んだ空のような爽快さを、今の彼女からは感じた。
その変化を、好ましく思う。
「まぁ、お前が納得できてるならいいんだけどさ」
「なら、問題ないわ」
きっぱりとエミリーが言い、その後はしばらくふたりで外の景色を眺めていた。
外には相変わらず、長閑な風景が広がっている。
風が吹いて、木々をそよがせる。
風が顔を撫でるのが心地良い。
エミリーのツインテールも揺れていた。
なんだか、悪くない気分だ。
何気なくエミリーの方を見ると、目が合った。
俺が目を逸らさずにいると、彼女も見つめ返してくる。
しかし改めて見ると、人形みたいに綺麗な顔だ。
ネコ科の動物のような、クリッとしたつり目に、銀色の長い睫毛が華を添えて。
雪のように白い肌は、その美しさを際立たせている。
まだ成長しきっていない蕾だが、いずれ咲くその花は、人々を魅了する大輪となるかもしれない。
「――何よ? 人の顔をじろじろ見て。
気持ち悪いわね」
……思わず見惚れたが、思い出した。
綺麗な花にはトゲがある。
エミリーには毒舌がある。
「世の中、ままならんものよなぁ」
「何の話?」
思わず呟いた俺の言葉に、エミリーは不可解そうな顔をしていた。
滞りなく旅は進み、アバロンに到着した。
エミリーは邸宅に戻って荷造りをするという。
引っ越しのためだろう。
俺はその間に、クリスに事情を話しに行くことにした。
―――――
クリスの家を訪ねると、伯母さんが出てきた。
「あらあら、いらっしゃいませ。
クリスに用事かしら?
呼んでくるわね」
俺の顔を見るなりそう言うと、伯母さんは家の中にクリスを呼びに行ってくれた。
話が早くて助かる。
俺は一言も発してないのだが。
十数秒の後、クリスが出てきた。
出てくるの早っ。
「どうしたハジメ。
エミリーとの旅は終わったのか?」
そう言いながら、軽く首を傾げるクリス。
久しぶりに見た彼女も、相変わらずの美しさだった。
化粧をなどはなく、髪も適当に後ろで縛っているだけ。服も部屋着だ。
だというのに、その立ち姿に野暮ったさは全く感じない。
金色の眼差しは今日もまっすぐで、その眼を見ると謎の後ろめたさすら感じてしまう。
エミリーが温室の薔薇なら、クリスは野に咲く百合といったところか。
改めて考えると、なんでこんなに綺麗な女の子が俺なんかと関わってくれてるんだろうな。
「――ハジメ?」
「……あ、いや、ちょっとクリスに話があってな。
今、少しいいか?」
「ああ、構わない。
それなら居間じゃ落ち着かないだろうから、2階の私の部屋に入っていてくれ」
クリスの部屋は、2階の端にある。
机と箪笥とベッドが置かれているだけの、簡素な部屋。
机には小箱がいくつか置いてあるものの、生活感が感じられない。
なんともまぁ、クリスの性格を表している部屋だ。
鎧とか剣とかは物置にでも置いているのだろうか。
「入るぞ、ハジメ」
ノックの音がして、クリスが部屋に入ってきた。
手には、ティーカップを2つ乗せたお盆を抱えている。
クリスはそれを机に置き、1つを手に取ってベッドに腰かけた。
「どうぞ。安物で悪いが」
残ったカップを手に取り、俺は椅子に座らせてもらう。
「それで、今日はどうしたんだ? ハジメ。
ランクをBに上げるのか?」
クリスが紅茶に口をつけながら尋ねてきた。
俺も飲んでみる。
……うまい。
俺は時折カップを口に運びつつ、事情を説明した。
俺の目的については、既に話してある。
今度はエルフの里を目指すという話を、簡潔に伝えた。
「すまんクリス。
そういうことで、俺はこの街を離れようと思う。
パーティーは解散にしよう。
……今までありがとう。
クリスのおかげで楽しかったよ」
そう言って、話を締める。
クリスは俺の話にずっと頷いていたが、そこで初めて口を開いた。
「ハジメ」
「ん?」
「……私も、連れて行ってくれないか?」
「え?」
それは予想してなかった。
しかし気持ちはありがたいが、流石にそれはリスクが高いだろう。
「いや、エルフの里って、確かな場所は分かってなくて。
危険な道も通るだろうし、たどり着ける保証もないんだ。
途中で死ぬ可能性すらある。
そんな旅に出て、伯母さんはどうするんだ。
ほうって出て行くのか?
心配だろ?」
止めようとする俺の言葉に。
クリスは微笑んで答えた。
「そんな危険な旅なら、なおさらハジメを一人で行かせるわけにはいかない。
ハジメのおかげで、家族との時間はたくさん過ごせた。
そろそろ私も、独り立ちしていい頃合いだ。
それに、死の危険というなら、普段の狩りにだってそれはあるだろう。
ハジメとの連携は、私が一番うまくやれる自信がある。
それとも私の前衛では、ハジメのお眼鏡に叶わないか?」
一つ一つ、丁寧に反論してくる。
どうやら彼女は譲る気はないらしい。
「……何でだ?
俺なんかの訳の分からない旅に付き合うより、アバロンで騎士にでもなった方がいいじゃないか。
安定してるだろうし、給料も出る。
……そうじゃないか?」
俺は感じた疑問を口にする。
なおも彼女は、微笑んで答えた。
「確かに、世間一般の見方ではそうかもしれない。
ただ、私にとっては違う。
ここでハジメを一人で行かせて、後に凶報を聞いたりしようものなら。
私はまた、後悔の渦に沈んでしまうだろう。
黙って見送るには、ハジメとの友情は大きすぎる。
私はもう後悔せずに生きると決めたんだ。
そのために、ハジメを1人で行かせるわけにはいかない」
……なんと。
それほどまでにクリスが俺を想ってくれていたとは。
ならば、もう何も言うまい。
俺にとっては、本当にありがたい話だ。
「わかった。
ありがとう、クリス。
なら改めて、こちらから頼ませてくれ。
……一緒に、エルフの里を目指してくれるか?」
「ああ、もちろんだ!
……これからも、宜しく頼む」
こうして、俺の旅にクリスがついてきてくれることになった。
―――――
「……おいエミリー、何してるんだ?」
クリスと話した後。
エミリーの家に戻ると、彼女は荷造りをしていた。
「何って、旅の準備よ」
「はい?」
彼女はさも当然といった雰囲気で、いそいそとリュックに物を詰めていた。
「どこに行くんだ?」
「エルフの里よ」
「はい?」
彼女はそう言いながら、手を止める気配はない。
「いやいや、お前魔術協会で研究をしたくて、家を飛び出したんだろ?
それで何で、エルフの里になるんだよ」
「その前に、調べたいことができたの。
エルフの里に行かないと分からないことなのよ。
ずっと疑問に思ってたことだから、研究を始める前に一度訪ねてみようと思って」
「……いや、唐突過ぎるだろ。
俺がエルフの里に行くって言った矢先にそれって……」
「うるさいわね。
あなたがエルフの里なんて言葉を出すから、解決の糸口が閃いたのよ。
たまにはハジメの発言も役に立つことがあるのね。
よくできた偶然だわ」
エミリーは、目を逸らしながらそう言った。
わずかに頬が赤いような気もするが……。
まぁ、深くは詮索しないでおくか。
こうなったエミリーに何を言っても無駄だろうし。
……おそらく、彼女もクリスと同様に、俺のことを心配してくれたのだ。
あんなにやりたがってた魔術の研究を前に、俺のために寄り道をしてくれるほどに。
言い方は相変わらず、素直じゃないが。
そこまで自分に味方してくれる人がいるなんて、以前の世界では考えられなかった。
少し、泣きそうになる。
こんな状況で俺が言うべきことは。
彼女の動機をほじくり返すような言葉じゃないはずだ。
「……今、クリスと話したらな。
あいつは、俺に付き合ってくれることになったんだ。
危険な旅になるとは思うが、偶然目的地が同じなら、せっかくだから一緒に来るか?」
エミリーは、顎を上げて上から目線で、いつもの調子でこう返事をした。
「ハジメがどうしてもって言うなら……行ってあげてもいいわよ?」
―――――
こうして。
俺達3人は、エルフの里を目指してアバロンを発つことになった。
どんな旅になるのか想像もつかないが、彼女らがいるのなら心強い。
どんな困難でも乗り越えて、きっとエルフの里にたどり着いてやろう。
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