第37話 クリス視点

<クリス視点>


 私は今日、ついに目的を達成した。


 6年間。

 今日という日をずっと夢見て生きてきた。


 学校で友人も作らずに剣の腕を磨き。

 卒業後は道場に通って鍛え上げた。


 全ては今日のため。

 今日だけのための努力だった。


 しかし、私ひとりでは、恐らく達成できなかった。

 自分の愚かな心得違いに、気づくことすらなかっただろう。


 ハジメがいたから。


 彼がいたから、私は今、こうしていられる。

 彼には感謝しても、しきれない。




 最初は、何とも思わなかった。

 魔物に襲われている人がいたから、助けた。

 私にとっては、当然のことだった。


 思えば、そうした善行を重ねることで、過去の記憶から目を背けて過ごしていたのだ。

 振る舞いを演じた結果、たまたま彼を救ったに過ぎない。


 同じようなことは、これまでにもあった。


 私は遠くの魔物の気配が分かる。

 それ故に、襲われている人を見つけることも多かった。


 これまで出会った人は、全て同様に助けてきた。

 皆、礼を言い、謝礼を渡してきた。

 私が必要ないと断ると、礼だけ言って去っていく人が殆どだった。


 ……ハジメだけだった。

 あそこまで頑なに、礼を返そうとしてくれた人は。

 だから私はハジメに、話してしまった。


 思えばこの6年間、誰にも自分の思いを明かさずに生きてきた。

 家族には言えるわけがないし、打ち明け話ができる友人もいなかった。

 あの時私は初めて、自分の思いを打ち明けたのだ。


 そして話してしまえば、期待してしまう。


 私はずっと、自分が不安だったのだと気がついた。

 勝てるかわからない相手に挑むことへの不安。

 死ぬかもしれないことへの不安。

 身勝手にも、それらを分かち合ってくれる人を欲していたのだ。


 そしてハジメは、手伝うと言ってくれた。

 本当は、私の行動は全て私のためのもので、恩に報いる必要なんてないというのに。

 それから、ハジメと長く一緒に過ごすようになった。


 ハジメとの日々は、心地よかった。

 ハジメといると、ワクワクした。

 ハジメといると、何だか浮き足立った。

 ハジメといると、心臓が高鳴った。


 不思議な感覚だったが、決して嫌なものではなかった。

 こんな日々が、いつまでも続いてほしいとさえ思った。


 そんな時、夢を見た。

 あの時の夢だ。

 あの夢を見るのはいつものことなのに。

 その日は何故か、自分の抱えている感情に、違和感を感じた。


 今にして思えば、それは事の成り行きを初めて自分以外の人に話したからだった。

 話したことで、顛末が整理されてしまったのだ。

 しかし、私はそのことを深く考えずに過ごしていた。


 違和感は次第に大きくなり、その矛盾を確信したのは、戦いの直前。

 ハジメとの会話によってだった。


 私がキマイラに挑む理由は、両親のためではなく、自分のためだった。

 私の利他的な振る舞いは、他人のためではなく、自分のためだった。

 そんなことに、今更になって、気づいたのだ。



 取り乱した私に、ハジメは言った。


 復讐の目的がなんであれ、関係ないと。

 どんな理由であれ、私の行動は、私のものだと。

 私のことを信じてくれると。

 そう、言ってくれた。


 ――その言葉に、救われた。


 もしハジメがそう言ってくれなかったら。

 私は動揺した心でやつに挑み、あっけなく死んでいただろう。


 ハジメは私の、命を救ってくれたのだ。

 私が彼の命を救ったのは、私のためだ。

 なのに。

 彼は私のために、私の命を救ってくれた。


 ……本当に、感謝しても、しきれない。



 やつの首を落としたとき。

 それまでの葛藤が、全て吹き飛んだ。


 最初に浮かんだのは、両親の顔だった。

 両親は、笑顔だった。

 私が我が身可愛さに逃げたことなど全く気にせず、ただ私の幸せだけを願ってくれているような。

 そんな都合のいい空想を、信じることができるような。

 そんな笑顔だった。


 ――初めて自分の事を、好きになれそうな気がした。


 燃えていくキマイラを見ながら、私は過去の私と決別した。

 これからが、本当のスタートだ。

 何にだってなれる。

 私は自由なんだ。

 そんな風に思えたのは、子どもの頃以来だった。


 ひとまず、これからしたいのか、考えた。

 ハジメと冒険者を続けたい。

 浮かんだのは、そんなことだった。

 彼といる時の。

 ワクワクするような、浮き足立つような、心臓が高鳴るような。

 その感覚の正体が何なのか、知りたい。

 そう思った。


 また、毎日が始まる。

 今度こそ、後悔をしないように生きていこう。


 手始めにまずは、ハジメに、パーティーの継続をお願いしてみよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る