第30話 クリスとの出会い
「大丈夫か?」
女性が尋ねてくる。
俺は右脚と背中にもヒールをかけ、万全の状態になって立ち上がった。
もう痛みはないが、貧血でクラクラする。
失った血は、治癒魔術では戻らないらしい。
「助かりました。ありがとう。
俺はハジメ=タナカです」
「クリスティーナ=ローレンツだ。
危ないところだったな」
そう言いながら、女性は兜を脱いだ。
金髪金眼の、キリッとした顔立ち。
同い年くらいに見える。
長い髪をポニーテールにして、頭の後ろでなびかせていた。
加えて、それに強く興味を引かれたというわけではなく、あくまでも情報の1つとしてあえて述べるならば、巨乳だ。
「どうして、助けてくれたんですか?
自分の身まで危険になるのに」
その胸から目を逸らしながら尋ねた。
もしかしたら、死に瀕したせいで、そういうことを強く意識してしまっているのかもしれない。
きっとそうに違いない。
つまり、そちらに目がいくのは、俺のせいじゃない。
クリスティーナは彷徨える俺の視線には気づかず、少し驚いた顔をして答えた。
「人を助けるのに、理由なんていらないだろう?
私もこれまで、多くの人に助けられてきた。その恩を、別の形で返しているだけだ」
まるで模範解答のような答えだ。
俺はこんなことを言う人間を、そのまま信用するようなおめでたい性格はしていない。
無償の献身に裏がない訳がない。
警戒しなければ。
……と、そう思うはずだった。
しかし、クリスティーナの眼を見た瞬間、そんな考えは吹き飛んでしまった。
凛々しく、純粋で、真っ直ぐな瞳。
こんな眼をしたやつは嘘をつかない。
もし嘘をついたとしたら、それは相手を思いやってのことだ。
出会って間もない俺にそう確信させるほど、その瞳は澄んでいた。
あっという間に、疑う気が失せてしまった。
眼を見ただけでそんなバカな、と自分でも思う。
しかし何故だか、信じられると思ってしまった。
そもそも裏があろうとなかろうと、命を張って俺を助けてくれたことは、紛れもない事実だ。
相応の礼をしなければ。
「本当にありがとう、クリスティーナさん。
あなたが来てくれなければ、間違いなく俺は死んでました。
何かお礼をさせて下さい。
俺にできることなら、何でもします」
その言葉を聞いたクリスティーナは。
急に態度を翻し、ん? 今何でもするって言ったよね? と迫ってきた。
というのは嘘だ。
「礼はいい。
感謝は既に受け取った。
互いに無事だったんだ。それでいいだろう。
ところで1人で帰れるか? 付き添った方がいいか?」
現実にはまた模範じみた言葉を重ね、俺の身まで案じてきた。
「それでは俺の気がすみません。
少なくともあなたには、あなたが倒したグレイウルフの毛皮代と、俺のクエスト達成報酬を手にする権利があるはずです。
せめてそれだけは、受け取ってください」
俺はそう主張するが、あまり響いた様子がない。
「いいんだ。
私は君を助けるためにやつらと戦ったんだ。
お礼を受け取るためじゃない」
なんだこの女は。
正義の味方でも目指してるのか?
ここまで頑なに拒否されるとは思わなかった。
もういいか。
この女の言う通り、報酬は総どりしてしまおうか。
そんな考えも浮かぶ。
……いや、さすがにダメだ。
そんなことをしたら、俺の自尊心が傷つく。
吹けば飛ぶような、ちっぽけなやつだが。
「頼みます、クリスティーナさん。
受け取って下さい。
でないと、俺の気がすみません」
しつこいとは思うが、もう一度頼む。
すると、彼女は少し驚いた表情を見せた。
「……うーむ。
そこまで言うなら、受け取るとしようか。
それで、今から皮を剥ぐのだな?
私も手伝おう」
その後、辺りに倒れているグレイウルフの死体から皮を剥がす作業を行った。
一番最初に倒したやつは距離が遠かったが、忘れずに回収する。
肉なんかも売れるらしいが、これ以上は持てない。
なにより俺は、出来るだけ早く森を出たかった。
気を抜くと恐怖で足がすくみそうになる。
結構トラウマになってしまった。
「ケガの直後で辛いだろう。毛皮は私が持とう」
クリスティーナはそう言うと俺から毛皮を奪い取り、5枚の毛皮を紐で纏めて軽々と肩に担いだ。
恩人にそこまでさせるのは申し訳なかったが、確かに貧血で運ぶのが辛かったので、厚意に甘えることにした。
「何故、1人で森を歩いていたんだ?
仲間は?」
帰りがけ、クリスティーナが聞いてきた。
「俺は冒険者で、グレイウルフ討伐のために森を歩いてました。
仲間はいません。1人で活動してます」
「魔術師だろう?
1人で狩りなんて、無茶じゃないか?」
それは、受付嬢からも言われたことだった。
やっぱり無茶だったということか……。
受付嬢に言われたときに、その意見をもっと真剣に検討するべきだった。
俺よりも遥かに長く、色々な冒険者を見てきた人の意見だというのに。
自分を過大評価して、驕っていたのだ。
今回、クリスティーナが来てくれなければ、確実に死んでいた。
あっさりと。狼どもに腹わたを食いちぎられて。
思い出すと、背筋に震えがくる。
使う魔術の威力が高くても、やはりそれだけではダメなのだ。
俺にできることは限られている。
接近されたら為す術がない。
帰ったら、パーティーを募ろう。
それとも、地道にD級クエストだけで目標額を貯めるかだ。
どちらかを選ばなければならない。
「確かに無茶だったみたいです。これが初めてのC級クエストで、思い知らされました」
「そうか……まぁ、死ぬ前に気づけて良かったじゃないか」
「そうですね」
本当にその通りで、ははは、と乾いた笑いがこぼれた。
「そういえば、なんでそんな丁寧な喋り方なんだ?
歳はそう変わらないと思うが」
「命の恩人ですからね」
「やめてくれ。なんだかこそばゆい。名前も長いし、クリスとでも呼んでくれ」
「わかりました。クリス」
「わかった、だろう?」
「わかったよ、クリスティーナさん」
「こら」
なんとか、冗談を言う余裕くらいは出てきた。
そのまま森を歩き、ギルドへと戻った。
交通費を除いた報酬は、銀貨14枚と、大銅貨4枚。
胴体で真っ二つにしてしまったやつが2匹いて、その分の毛皮は半額になってしまった。
「はい、これ」
俺がクリスに全額渡そうとすると、拒否された。
「私が倒したのは1匹だけだ。全額なんてもらえない」
とのこと。
仕方ないので、折半にした。
俺の取り分は、銀貨7枚。
1日の稼ぎとしてはダントツの最高記録だが、これに目が眩んではいけない。
「では、また。
次からは気をつけるようにな」
そう言って、クリスが立ち去ろうとする。
俺は慌てて声をかけた。
「待った!」
「何だ?」
クリスが振り返り、首をかしげる。
「まだ礼をしてない」
「今、銀貨を受け取ったじゃないか」
「それは狼捕獲の分であって、俺の恩は別だ」
「律儀なやつだな。いらないというのに」
「それじゃ俺の気が済まない。
……せめて食事くらい、奢らせてくれないか?」
クリスは思案げな表情をした後、ふっと息を吐いて言った。
「……まぁ、いいか。
ではお言葉に甘えて、ご馳走してもらうとしようかな」
その後、待ち合わせをして、その場は一旦別れた。
その足で店の予約をして、家へと戻った。
しかし、冷静に考えると、口説き文句みたいになってしまった。
これはきっと、ユリヤンとの旅のせいだ。
あいつがよく言うセリフを無意識に頭がインプットしてしまっているのだ。
別に深い意味はない。
命の恩に対する礼だ。
安すぎるとは思うが、あの堅物はそれくらいしか受け取ってくれなそうだから、しょうがない。
俺は着替えて、待ち合わせ場所に向かった。
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