第34話 侍女とデート
婚約披露宴はあっという間に過ぎて行った。
宰相の件やシン様が変なことを言うのもあったりして私の頭には全然残らなかったけど。
ただただ挨拶していた記憶しかない。
せっかく美味しい料理が並んでいるのに食べられなくて無念だった。
夕食はいっぱい食べようと決意する。
そんな感じでぐったりしていたら、目の前に白いお皿が出された。
「食べるか?」
乗っているのはクッキーだ。シン様が持ってきてくれた。
私が見上げると、シン様は肩を竦めて言った。
「腹が減っていそうだったのでな」
「……よく見てくださっているんですね」
「当然だ。俺は君を大事にしているからな」
「……っ、に、偽の妻としてですよね。分かります」
(ちゃんと私のことを見てくれていたんだ……)
なんだか首のあたりがむずむずして恥ずかしい。
さっきのこともそうだけど……
あの夜からシン様はぐいぐい来るから、ちょっと困ってしまう。
まさか本当に……いやいや、それはないでしょ。
「やっぱりシン様、女たらしですよね」
「なんでそうなる」
「だってクッキーって」
夕食が近いから軽く済ませられるもので、私が気後れしないようなもの。
それでいて女の子の好きな甘いベリージャムが乗っているのだから食欲がそそられる。このあたりのチョイスに女性慣れしている感じがして、なんだかもやっとした。
あれ? 私なんでもやっとしたの?
「食事はどうする。家でゆっくり食べるか?」
「そうですね。人が多いところは少し疲れたので……あ、でも甘いものは食べたいです」
「よし。なら買いに行こうか」
「いえ、申し訳ありませんが」
私は後ろに控えていたリーチェの腕を取ってシン様から離れる。
「今回はリーチェとデートをしてみたく思います。シン様はご遠慮ください」
「お、奥様!?」
「ぬう」
シン様は眉根を寄せた。
「俺よりリーチェがいいのか」
「今日はそんな気分です」
「……そうか。分かった。行ってくるといい」
心なしかシン様が拗ねたように思うのだけど、たぶん気のせいだろう。
最近はずっと二人でいることが多かったのでシン様も疲れているはずだ。
というより、ぶっちゃけ私が疲れてる。
だってシン様、ことあるごとに褒めたり好意を伝えて来るんだもん……。
もちろん嬉しいのだけど、その気持ちを真正面から受け止めるのも体力が必要なのだ。
(偽の夫婦を演じるのも大変だわ。シン様、よくやるわね)
「奥様、いいんですか?」
「夫婦にもそれぞれの時間は必要よ。それが大人の恋愛なの」
「か、かっこいい……!」
「ふふ。そうでしょう?」
得意げに胸を張る、恋愛経験ほぼゼロの私である。
ごめんねリーチェ。私も見栄を張りたい時くらいあるのよ……。
「奥様奥様、デザートは何にしますか?」
「そうねぇ」
王都の街並みを歩きながら、リーチェが楽しそうに言った。
「ケーキですか、クッキーですか、タルトかパイもいいですね!」
「んー……全部買っちゃいましょう。お義母様や使用人たちの分も。私の奢りよ」
「きゃー! 奥様素敵! リーチェ、惚れ直しました!」
何気なく言われた『惚れ直す』という言葉を私は舌の上で転がした。
惚れ直す、惚れる。好きの類義語。
言葉の定義だけは分かるけど……。
「ねぇリーチェ。惚れるってどういうことなのかしら」
「はい?」
「私、未だによく分からなくて」
旦那様は偽の妻として私を好いてくれているけれど。
好き、とか、惚れた、とか。最近はよく言ってくれているけれど。
そもそも人を好きになるという気持ちが、私にはもう分からないのだ。
前は分かっていたかって聞かれたら、それも微妙だし。
「恋は冷めるものっていうでしょう。長年の恋が一瞬で終わるのも珍しくはないし……人が人に惚れるときってどういう時なのかしら」
「……奥様は難しいことをおっしゃいますねぇ」
リーチェは苦笑して、
「まぁリーチェは恋愛経験ゼロの糞雑魚なのですが~」
やめて。その言葉は私にも刺さる……!
「大事なのは惚れたとか好いたとかじゃなくて、一緒に居たいかじゃないですか?」
「一緒に居たいか」
「リーチェはそれが本質だと思いますです」
この子はたまにすごく鋭いことを言う気がする。
リーチェは笑って、
「魔術の授業でししょーがそう言ってました。本質を大事にしろって」
「シン様が……」
「奥様は、旦那様と一緒に居たいですか?」
別にシン様のこととは言ってないのだけど。
それを口にするのも野暮な気がして、私は考えてみる。
……シン様と一緒に居たい、かぁ。
うーん。
…………
………………居たいかどうかはともかく、嫌じゃないわよね。
辺境伯であり暗殺貴族だという彼のお話は面白い。
子供のように悪戯っぽいかと思えば、ゴーリさんになったり。
かと思えば、私のように冤罪の人を見過ごせない熱い心も持ってる。
さっきみたいに子供っぽく拗ねることもある。
色んな顔があって、一緒にいて飽きない。
それに私のような平凡な女の子を大事にしてくれるし……。
心地よくないと言えば嘘よね。
ただ、それが私本人に向けたものなのか、偽の妻に向けたものなのか。
そこだけは、まだ信じきれないのだけど。
そう、全然嫌じゃないのだ。
あの夜もそれは分かっていた。
「リーチェは奥様と一緒に居てーですよ!」
照れているのか、冗談っぽく笑うリーチェに私は微笑んだ。
「えぇ。ありがとう」
「旦那様も、奥様が来てから変わりましたし。一緒に居てーんだと思うですよ」
「……うん」
「奥様もそう思ってたら、それをぶつけてみたら旦那様も喜ぶかと!」
「そうかしら?」
「そーですよ。男なんて単純な生き物なんですから」
「そっか」
帰ったら言ってみようかしら。
『シン様。私、あなたと一緒に居たいです』
『そうか。なら結婚するか』
『はい』
…………あれ?
かぁああ、と顔が熱くなった。
ま、待って。これって告白同然では!?
私、シン様のこと好きか嫌いかで言えば好きだけど恋愛感情は……
でも一緒に居たいって思うってことは……
そ、そういうこと?
──私、シン様のことが好きなの!?
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