第11話 暗殺貴族は立ち上がる


「なぜそう思う?」


 私は言葉を選んで、


「……いくら西部が荒れている土地だからといって、国の重要な役職にある辺境伯様があの程度の食事しかとらないことはありえません。それと、裕福ではないとおっしゃいましたが……魔術具の特許をいくつも持ってる宮廷魔術師が裕福じゃないわけありません」

「……うん、そうだな」

「私を試したんですか?」

「その通りだ」


 アッシュロード様は悪びれることなく言った。


「君がどういう反応をするのか見たくてね。豊かさにつられる凡愚か、あるいは……」


 ふ、と彼は笑った。


「まさか自分で農業を始めるとは思わなかった。面白い女だな、君は」

「リーチェさんを虐めていた令嬢を放置したのもわざとですね?」

「そうだ」


 眉間に皺が寄る私に彼は言う。


「あの子はスラム出身で私が見出した子だ。才能もあり、明るく、働き者なのだが……少々私に依存しすぎているきらいがあった。そろそろ成長してほしかったから、わざと放置した。君がああいった手合いに対して悪役の侍女に対してどう振舞うのか気になったしな」

「……ずいぶんと、好奇心旺盛・・・・・なのですね」

「これでも暗殺貴族だ。慎重といってくれたまえ」


 アッシュロード様は楽しそうだ。

 私は全然楽しくないから、きっぱり言う。


「趣味が悪いかと」

「だが結果的には上手くいった。俺は君を信用に値する令嬢だと確信できたし、リーチェは俺への依存が和らいだ。愚かな令嬢をクビにすることも出来た。どうだ、実に合理的だったろう?」

「……」


 確かに結果的には誰も傷つかなかったし、この人はきっと影で見ていたんだろう。

 いざとなれば止めに入ろうとしていたのは分かる。分かるけど……ねぇ?

 慎重といえば聞こえはいいけど……。


「あの」

「ん?」

「……」

「……えっとですね」

「うん」

「失礼ですが」


 ごほんと咳払いして、


「……性格悪いって言われませんか?」

「あぁ、よく言われるぞ」


 でしょうね!


「もし私が偽妻に相応しくないと判断したらどうするつもりだったんですか」

「記憶を消して家族の元に返していたが?」

「優しさの塊……!」


 性格は悪い。悪いけど、こういうところが憎めない。

 私も面倒な性格をしている自覚はあるけど、アッシュロード様はも大概だ。

 そもそも暗殺の依頼をした私を見逃してくれたのは彼なのだし……。


「しかし、君の発想は面白いな」

「はい?」

「魔獣の糞で土地を耕すという発想だよ。どこで学んだんだ?」

「えっと……独学です」

「は?」


 アッシュロード様の顔から笑みが消えた。

 何がそんなに不思議なんだろう?


「正確に言えばたまたまですね。私が学院の裏で野菜を栽培していた時に嫌がらせとして魔獣の糞が捨てられていたんですが、それが思いのほか効果があって。魔獣の糞には荒れ地を豊かにする性質があるみたいなんですよ。まぁ多少、土地を混ぜる必要はあるのですが……」

「待て待て待て、情報量が多すぎる」


 アッシュロード様はこめかみを押さえた。


「君は、あれなのか。その……虐められていた?」

「そのようですね。つい最近まで犯人が誰か分かりませんでしたが」

「……エミリア・クロックか」


 そういえば旦那様には婚約破棄にまつわる件は話していたのだっけ。

 ただ、嫌がらせの件については言っていなかったのを思い出した。


「……腐ってやがる」

「……アッシュロード様?」


 さっきまで私の反応を見て笑っていたのに、なぜだろう。

 もしかして、怒ってらっしゃる……?



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