第9話 私のご主人様 ※リーチェ視点


貴族なんてみんなクソ喰らえです。

市民たちの税金を食い物にして生まれながらの血統だけで生活をする。

たまに街にでて来たかと思えば平民に八つ当たりをして暴力し放題。


しかも、憲兵と繋がっているから誰も立件しようとしない。

リーチェからすれば理不尽の権化です。ありえねーです。


だから、ほんの出来心のつもりでした。

ちょうど苛々してて、どうにか貴族を攻撃したい気分で。

腰の低いあいつが来たから、リーチェの苦労を分からせてやろうと思ったです。


でも、まさかこんなことになるなんて……。


「お前、本当になんなんですか」


リーチェの目の前には鍬を振るって土地を耕す貴族令嬢が居ました。

おこがましくもご主人様の奥様の座に潜り込んだ嫌な女です。

でも、これが貴族なのかと言われたら首をかしげる変なやつでもあります。


「何と言われましても」

「……」

「……」


返事を待っていますが、いくら待っても返事が来ません。

しびれを切らしてもう一度聞こうとした時、ようやく返事が来ました。


「私はどこにでもいるごく普通の令嬢ですが」

「うそつきやがれですよ!」


普通の貴族は鍬を握って土地を耕そうとはしないし!

普通の令嬢は暇さえあれば掃除しようとはしないですよ!


「リーチェさんは休んででください。私がやっておきますので」

「……ほんとに何なんですか」

「あ、ついでに記録水晶を貸してもらえますか? あとで検証したいので」

「……物置きにあるので取ってくるといいです」

「分かりました。ありがとうございます」


調子狂うです。

これじゃ、クソ貴族なのにいい奴みたいじゃないですか。


「なんだ。面白いことをしているな?」

「!?」


大好きな人の声が聞こえてリーチェは振り返りました。

そこにはやっぱり、シン・アッシュロード様がいらっしゃるです。


「アッシュロー……いえ、旦那様。おかえりなさい」

「あぁ、ただいま。それで何をやってる?」


どくんッ、と心臓が跳ねました。

その可能性を考えてなかったわけじゃありませんけど、リーチェのやったことは間違いなく悪いことで、嫌なことです。これを旦那様に告げ口されちゃえば、リーチェは捨てられてしまうかもしれません。そうしたら、旦那様に拾われる前の、また暗くて寒い路地裏に一人きりで……。


「農業をしていました」

「……農業?」

「はい。リーチェさんに手伝ってもらっていたんです」

「え」

「そうですよね、リーチェさん」


ルビーの瞳に見つめられて、リーチェは慌てて頷きました。


「はいです。なんでもご夕食を充実させたいそうで」

「ふむ……やはり不満が?」

「不満はありませんが……」


あの人は考え込むように言いよどんで。


「出来れば食事の質を向上させたいと考えています。いけませんか?」

「いや、構わない。やはり面白いな、君は」


旦那様は興味深そうにあの女を見ています。

あの目、スリを行ったリーチェに魔術の才能があると分かった時と同じ目です。


その目が自分以外にも向けられていることが嫌で……。

リーチェはただ、俯くことしか出来ませんでした。


夜、旦那様と魔術修業をするときだけがリーチェの楽しみなのに……。

今日の旦那様はあの女のことばかり聞いて来て、苦痛でしかありませんでした。


「やっぱり貴族なんて、大嫌い」






それから何日か経ちました。


「リーチェは夕飯の準備をしてくるです。ここで待ってるです」

「はい。分かりました」

「……」


リーチェはあの女にどう対応していいのかいまだにわかりません。

あの女は偉そうにしないですし、リーチェを叩いたりしないです。

クソ貴族はいつも威張り散らしてるくせに仕事も出来ず、リーチェに押し付けて……。


「あら、臭い。ゴミがお屋敷に入り込んでるわ?」


あぁほら。こんな風に。

同じメイド服を着ているのに居丈高に笑いながら、リーチェに水をぶっかけてきます。


べちゃん。


……あーあ、びしょ濡れです。


「……何の用ですか」

「まぁ、ゴミと話すことなんて何もなくてよ。ちょっと汚れていたから掃除しただけ」

「……そうですか」


この金髪女は伯爵家から奉公にやってきたっていう女です。

確か名前はフォルナとか言いましたか。

リーチェはこの女が旦那様の魔術の秘密を盗むために送り込まれていることを知っています。


「ねぇゴミ。いい加減、旦那様の部屋の鍵を教えなさいよ」

「旦那様に言いつけるですよ」

「あはは! ゴミのいうことと私のいうこと、辺境伯がどちらを信じるかは明白では?」

「そんなこと、」

「その証拠に、アッシュロード様はあのアイリとかいう女に首ったけではないですか」

「……っ」


リーチェは悔しくて奥歯を噛みしめました。

確かに言う通りだと思ったからです。

リーチェは平民で、替えのある駒でしかなくて、だから……。


「ほら、痛い目に合わないうちにさっさと──」


その時でした。


「私の侍女になにか御用でしょうか」

「!?」


廊下の端から現れたあの女が、リーチェの前に立ちました。


「お、奥様……!?」

「あなた、フォルナ・フィルド伯爵令嬢ですよね。何してるんですか?」

「こ、これは……その、平民の侍女に教育を」

「……教育。なるほど」


その時、奥様は手に持っていた水晶版を操作しました。


『あはは! ゴミのいうことと私のいうこと、辺境伯がどちらを信じるかは明白では?』

「「!?」」


そこには、さっきリーチェをいじめていたフォルナの姿が映っていました。


「これが教育ということですね。旦那様に確認してきます」

「ちょ、ま、待ってください……いえ、大体それの何が悪いんですの!? そのゴミは平民! 貴族の私たちに使われてしかるべき存在ではありませんか!」

「平民であろうと貴族であろうと」


心なしか、いつも口数の少ない奥様が怒っているようでした。

ふつふつと煮えたぎる鍋のように、言葉に力が宿ります。


「リーチェさんは私の侍女です。それ以上の理由が要りますか」

「…………っ」


なに、それ。

なんでそんなこと言うの?


リーチェはたくさん、嫌なことしたのに。

どうしてそんなに優しいの……?


「ほらリーチェさん、行きますよ」

「……は、い」


瞼が熱くて声が上ずってしまいます。

リーチェはどんな顔をしてアイリの顔を見たらいいか分かりませんでした。


「……どうして?」

「何がですか?」

「リーチェは、嫌な子です。どうして、助けてなんか」

「だって」


アイリは振り向いて言いました。


「あなたの目が、寂しそうだったから」

「……ぁ」

「悪戯をされたのも最初だけですしね。エミリアに比べれば可愛いものです」


視界が滲みます。まともにアイリの姿を見られません。

全身の熱が集まって、ぽろぽろと雫が落ちていきます。


「ごめん、なさい……」

「はい」

「ごめんなさい、ごめんなさい……リーチェが、悪かったです……!」

「はい、許しました」


袖で涙を拭うリーチェの背中を、アイリは……いえ、アイリ様は優しく押してくれます。


「さぁ、ご飯にしましょう。今日は野菜パーティーですよ」



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