冤罪令嬢は信じたい~銀髪が不吉と言われて婚約破棄された子爵令嬢は暗殺貴族に溺愛されて第二の人生を堪能するようです~

山夜みい

プロローグ

「アイリ・ガラントが殺されたのは自業自得だと思います」


 昼下がりのお茶会で告げられた言葉に、私の表情筋は硬直した。

 ひゅう、と東屋に風が寒々しく吹きつけてきて、銀色の髪を巻き上げる。

 カップを持つ手をガタガタと震わせながら視線がさまよった。


(ま、まさかバレた……!?)


 幸いというべきか、友人たちは影の薄い私の挙動に気付かず、


「さすがに第三王子と婚姻状態にありながら複数の男性と不貞するのはどうかと思いますし、幼馴染で恋のキューピットでもあった子爵令嬢に嫌がらせの数々を行うのは人間性を疑います。前々から口が悪い悪女という噂がありましたが、どうやら本当のことだったようですわね」


 あれ?

 ど、どうやらバレてはいないみたい……?

 思わずホッとした私に令嬢たちは吐き捨てるように続けた。


「天罰が下るとはこのことですわ」

「正直なところ、死んで当然かなって思います」


 ひどい言い草だけど、悪いやつが嫌な目に合ったらいい気味だと思うのは当然だ。特にお茶会の話題に飢えている令嬢たちは同い年の末路に思うところがあるのだろう。私はそう言い聞かせて平静を保とうとしたのだけど。


「その点、同じアイリという名前でも、アッシュロード様とは大違いですわ」

「!?」


 あぁしまった。話題の矛先が私に向いてしまった!

 びくりと震える私が顔を上げると、茶髪のご令嬢は柔らかな笑みを浮かべた。


「アッシュロード様はあの『氷の貴公子』の心を射止め、領民たちからも厚い支持を得る優しさの塊のような女性ですもの」

「良い噂しか聞かないわよね。博学で頼もしいし」

「どうやったらアイリ様のようになれますの?」


 周りの目が集中しているのを見て一気に身体がこわばる。

 大量の冷や汗にまみれた私に、さすがの令嬢たちも不審に思ったようだ。


「アイリ様、どうかなさいまして? 震えているようですが」

「むむ、武者震いですわ! その、もし私が件のアイリに会ったら天誅を下してやろうと思っていたものですから」


 苦し紛れの言い訳だったけど、令嬢たちはどっと笑ってくれた。


「まぁ、アイリ様ったら勇ましい!」

「さすがは西部の期待の星ですわね!」

「宮廷魔術師様から求婚されるお方はいうことが違うわ」

「そういうお茶目なところが気に入られたのでしょうねぇ」

「あ、あはは……」


 私は全力で明後日の方向を向いて誤魔化した。

 ……だって、ねぇ?


 


 なんて、言えるわけがないもの。

 アイリという名前は創世神話に出てくる癒しの神から取られていて、国の中でも珍しい名前ではないから気付かれないのだろうけど。シン様と出逢う前の私は、ただでさえ前髪を伸ばしていたしね……断じて私の影が薄いわけじゃない。断じて。……違うよね?


「ほら、噂をすれば宮廷魔術師様だわ」

「アイリ様、迎えにいらしたわよ」

「え?」


 令嬢の一人が指を差し、私は後ろを振り返る。


「……シン様」


 見れば、貴族屋敷の門扉の向こうに見慣れた後ろ姿があった。

 長い髪を後ろでひとくくりにした武人のような立ち姿。

 腰に佩いた杖がひとたび唸れば、大きな魔獣をめちゃくちゃに出来ることを私は知っている。


 シン・アッシュロード。

 私の夫であり、ここエルシュタイン王国の宮廷魔術師だ。

 こちらの視線に気づいたのか、彼は片手をあげて手を振って来た。


 きゃー! と黄色い悲鳴がご令嬢たちから上がる。

 それを歓迎の知らせと取ったわけじゃないだろうけど、彼は門扉を開けて入って来た。


「ご機嫌麗しゅう。ご令嬢方。お邪魔をしてしまいましたか?」

「と、とんでもない! ちょうどシン様のお話をしていたところですわ」

「そうそう、アイリ様ったらシン様のことになると惚気ちゃって!」


 え、私そんなこと言ってない!

 思わず抗議の視線を向けると、ご令嬢はパチンとウインクしてきた。

 いや、やってやりましたわ、みたいな顔をされましても……。


「それはいいことを聞きました。家では全然甘えてくれないもので」


 ほらぁあああ! 閣下が獲物をみつけたみたいな顔をしたじゃない、もーー!!


「まぁ、それでしたら今日は甘えてもらえそうですわね?」

「あぁ。このお礼は後日」

「アイリ様、たくさん甘えていらしてね」


 面白がるご令嬢方に見送られて私はシン様とお茶会を後にした。

 きゃーきゃーと後ろが騒がしいけど……あの人たちはなんていうだろうか。

 今、私の肩を抱いてるこの人が、


「今日は何事もなかったか?」

「は、はい……あの……」


 ひとまず私をからかってきたことは置いておく。

 本当はぷんすこしたいところだけど、面白がるのは目に見えてるし。

 だから今は……。


「あの、その」

「なんだ?」

「えっと、ですね」

「うん」


 こちらの顔をじっと見て私が話しだすのを待ってくれるシン様。

 ああ、こうやってちゃんと待ってくれるところがすごく素敵だわ。

 切れ長の蒼い目は暖かくて、じっと見つめてしまいそうになる。


 思わず見惚れてしまいそうになった自分を叱りつけて、私は言った。


「私がアイリ・ガラントだと誰も気付いてくれないんです……今日お話ししたご令嬢方は、皆一度は会ったことがあるのに……ひどくありませんか?」

「ぷッ、ははッ! そうか、気付かれないか」

「ム。どうして笑うんですか」


 こっちは真剣に話してるのに。


「すまんすまん。気付かれないのはいいことじゃないか」

「それはそうですけど……乙女心は複雑なんです。私、もーれつにぷんぷんです」

「俺から見ても初めて出会った頃の君とは違って見えるぞ」

「え?」


 シン様は足を止めて、私の腰に手を回して抱き寄せた。

 至近距離で抱き合う形になると、顎がくいっと持ち上げられる。


「あの、シン様……?」

「前の君も好きだが、今の君も魅力的だ」

「~~~~~っ」


 な、なんて恥ずかしいことを……!

 私は赤くなった顔を悟られないように目を逸らす。

 それから咳払いして、口元に笑みを作ってからシン様に向き直った。


「ふふ。ちゃんと偽装・・妻が出来ているようでよかったです」

「……そういう意味ではない」

「?」


 どうしたんだろう? シン様はなぜか不満そうな顔だ。

 まさか本当の意味で私のことを好きだと言っているわけじゃないだろうし。

 だってここ、公衆の面前よ? さすがにそんな恥ずかしいこと……ねぇ?


「ともかく……君が変わったのは事実だ。そうだろう?」

「……まぁ、いろいろありましたからね」


 そこに異論はないので素直に頷いておく。

 変わったというか、変わらざるをえなかったというか。


「あれからもう、半年になるんですね……」


 茜色がにじんだ空を見上げながら、私は呟いた。

 お風呂の泡のように浮かんでは消える、この半年の記憶に思いを馳せる──。

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