#7 初体験
「魔法を学びたいのではなかったのか?」
「は、はいっ! よろしくお願いします!」
脳内でこのわずかな間の出来事をもう一度おさらいする。
ゴブリンのお腹を押してしまったときのドサクサに紛れてスルーしていたあの不自然な「いいぞ」は、魔法を学びたいという俺の申し出に対するOKだったのか。ありがたい。
「では、こちらに来たまえ」
カエルレウム様は羽根ペンを再び赤髪の少女に手渡すと、椅子から立ち上がる。少女がインク壺の蓋を締め、お手紙セットを片付けるのを横目に見ながら、俺も椅子から立ち上がる。
キラキラとした目でずっと俺を見つめ続けるゴブリンを避けつつカエルレウム様の隣へ。
俺よりけっこう身長が高いな――近くに立つだけで緊張する。
「魔法の第一歩は、寿命を意識することから始まる」
そう言いながらカエルレウム様は俺の両手を取り、みぞおちの辺りで組ませる。お祈りポーズみたい。
さらに俺の後ろに回り込むと、背後から覆いかぶさるようにして、俺の両手の外側からカエルレウム様自身の両手を添える。
肩にも何かが添えられている感触――これが伝説の「当ててんのよ」ってやつか。こんなとき、体の無反応がありがたい。
「わかるか?」
あわわわわっ。
これ絶対、心が読まれてるでしょと脳内ツッコミしかけた俺は、突如それに気づいた。
「あっ……ああっ……両腕がムズムズしています。温かい、というか」
俺の手の内側にじわじわと感じる何か。
添えられているカエルレウム様の手の温もりとは違うもの。
「体内を循環していることから寿命の渦という意味で、
目を閉じて、腕の内側に意識を集中させる――
「
「はい!」
「その流れを意識できるようになったなら、
一部を? 集める?
皆目見当がつかない――じゃダメだよな。思考を手放さない――まずは
「か、形って変わっても大丈夫なんですか?」
「
さっきからわかりやすく安心できる例え。普段から魔法を教え慣れているのかな――もしかして赤髪の子は、魔女様のお弟子さん?
「リテル、集中しなさい。君が今、動かそうとしているのは君自身の
「はい!」
そうだ。特にこの体は
本体の渦からは離れているけれど、つながっているというか、どちらも自分の内側にある感は変わらない。これは一安心。よし。次は削いだその一部を……う、動け……こうか?
さっき
「リテルは勘が鋭いな。ルブルムはずいぶん苦労していたからな」
ルブルム? もしかして、あの赤髪の――いやいや、ここで集中を途切れさせてはいけない。
切り離した
「よし。切り離した分を戻すのだ」
「はい!」
言われた通りにする――と、切り離した分が、元の俺の
静かに「∞」の形のまま回り続けている。
「
回避しやすくなる――それでも完全に回避できるわけではななさげな口ぶり。
そんな簡単なモノではないんだな、魔法は。
「その要求というのは、魔法を使う前に予めわかるものなのでしょうか?」
「使用したことがある魔法はな。使用したことがない魔法については経験則だな。似たような思考方法の魔法ならば要求も近い。実際、効果と要求との法則は、どの魔術師も経験でしか知らぬ。ただ、魔法を発動する者に触れ、その者が
魔法発動するときに触れるとか、弟子とか仲間とかじゃないと難しそうだな。
「あの、『魔力感知』というのは……」
「今、リテルが
『魔力感知』――もう一度、自分の
「ふむ。上達が早いな。早速、魔法を発動してみよう」
魔法!
初魔法!
「ど、どんな魔法ですか?」
「『発火』という魔法だ。ルブルム、ロウソクを用意してくれ」
「はい、カエルレウム様」
赤髪の子――ルブルムさんが、奥の扉へと消え、ロウソクが一本乗った銀色の燭台を持ってきた。そのロウソクには既に火が点っている。
「魔法は思考の具現化だと先程言った通りだが、その思考というのが魔術師の腕の見せ所となる。同じ結果だとしても、その現象をもたらす思考によって要求される
俺の両手に重ねられたカエルレウム様の指先にごくごく小さな
「わかったか?」
欠片が消える瞬間、そこにこめられた思考までもが、伝わってきたような気がした。
「ロウソクの火を運んできた、そんな印象を受けました」
「よし。次はこれだ」
カエルレウム様の指先に再び
「火打ち金と火打ち石とで火をつける、そんな印象を受けました」
「両方とも正しい。前者は、火を運んでくる火元から距離が離れるほど要求される
なるほど。火元から持ってくる『発火』だと、距離に応じて要求
それにしても、そんな大事な寿命を、俺みたいなのに魔法を教えるために……ありがたいけれど、申し訳ない。
「俺なんかのために、カエルレウム様の貴重な寿命を消費してしまい、申し訳ないです」
「謝ることはない。私自身の選択だ。そもそも寿命は生きているだけで消費するのだ。どう使うかがとても大事だと言っただろう」
この人に一生ついていきたいと、本気でそう思った。
魔法、すごいやる気でてきた。
「あの、さっき要求された
「素晴らしい思考だ。君は本当にあの村の者か?」
ドキリとする。
「『魔力感知』の操作能力次第だな。操作能力が高ければとっさに追加することも可能だろう。例えば川の流れに逆らわずに立つことを考えてみよ。流れの緩やかな小川ならば容易だが、流れの早い急流であれば困難になる。小川であっても急に
命を削って超常的な効果を発動する魔法。油断は死につながる。身が引き締まる思い。
「では発動してみろ。方法は自由だ」
『発火』を、ってことだよね。
前者の小さな
あ、空気中の酸素を摩擦して発火とかはどうなんだろう……イメージを固めて、集中する。
「『発火』!」
その呪文を発した途端、指先に魂が吸い込まれそうな何かを感じた。これが要求か?
● 主な登場者
・
リテルの想いをケティに伝えた後、盛り上がっている途中で呪詛に感染。寄らずの森の魔女様への報告役に志願した。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。
リテルとは両想い。熱を出したリテルを一晩中看病してくれていた。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
・ゴブリン
魔女様の家に向かう途中、リテルが思わず助けてしまった片腕のゴブリン。
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者のようで、魂は
・ルブルム
魔女様のお使いと思われる赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な
リテルとマクミラ師匠が二人がかりで持ってきた重たい荷物を軽々と持ち上げた。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである
魔法の使い方を教えてほしいと請うたリテルへ魔法について解説し始めた。ゴブリンに呪詛を与えた張本人。
■ はみ出しコラム【瘴気】
瘴気は、肉眼では捉えることはできないが、『魔力感知』を用いれば、その者の
瘴気の効果は、症状としては酷い酩酊状態に近い。感覚の鈍化、肉体機能の制御困難、生物によっては嘔吐感なども発生する。そのため、瘴気の影響を受けた状態を「
瘴気は時間経過と共に薄れてゆくため、その瘴気量により、いつ
・瘴気の残る期間
身にまとった瘴気が霧散し、
・周囲への影響
一次的な
・水溶性
瘴気は水に溶け易い。瘴気の溶けた水と、溶けていない水との区別は一見して分からないが、これを誤って飲んでしまうと
『
・瘴気耐性
実際に、異界へ渡り
魔物の発生しやすい地域に作られた砦の新兵は、
また、
こちらについては、特に
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