第2話 スタッフルームの騒動

 工芸展の前まで来て、私はやっと一息つくことができた。

 このエリアはかなりガランとしていて、おじいちゃんとおばあちゃんが数人いるだけだ。人が少なくて寂しいが、今日ばかりはありがたい。嫌な事があったけど、その分思いっきり楽しもう!



「それは我が家の蔵にずっと大切に保存されてきたものだ!偽物なはずがないだろ!」



 今日の私、ツイてなさすぎじゃない!?

 入り口で貰ったパンフレットを握りしめながら思わず苦い顔をする。

 言い争っているような声は、関係以外立ち入り禁止という紙が貼ってある部屋から聞こえているようだった。普通なら閉まっているはずの扉は大きく開かれ、そのせいでここまで話し声が聞こえているのだろう。



「名家が大切に保管してきた品でも、実は偽物だったというのは残念ながらよくことなんです。大変申し上げにくいのですが、こちらの陶器もそういう物かと」

「でも、家から持ち出す前にちゃんと鑑定してるんだ!」

「と言われましても、私には模造品にしか見えないんですよ。それに、鑑定は一条家お抱えの鑑定士が行たんでしょう?世界を回った私の方がいろんな骨董品を鑑てきたと思うんですよねえ」



 よくないと思いつつも内容が気になって、そっと中の様子をうかがう。

 一人はスーツを着た神経質そうな男の人で、イライラしているように何度も眼鏡のブリッジを触っていた。

 もう一人は驚いたことに、私とそう年が変わらない男の子だった。ドアに背を向けているので顔は見えないが、背丈は私よりちょっと高いくらいだ。

 彼が着ている黒いセーターはかなり有名なブランドの新作で、話の内容から一般家庭の子じゃないと思う。



「っ、お前は、俺たちの目が節穴だと言いたいのか?」

「そんなまさか!天下の一条家の目利きを疑うわけないじゃありませんか。ただ、人間は誰しも間違いをするんですよ。そもそも、坊ちゃんは骨董品の真偽など分からないでしょう?」



 どこか馬鹿にしたような物言いに、ドア越しても黒いセーターの子が怒るのを感じる。

 というか正直、関係のない私が聞いてても気分がいい話じゃない。やれやれと言ったように男は首を振ったが、とても真剣な態度に見えない。例え黒いセーターの子が骨董品に詳しくない子供だったとしても、仕事に誇りを持っているのならしっかり説明しているはずだ。


 __私のが役に立つかもしれない。



 こので辛い思いもたくさんしたから、できればもう使いたくなかった。

 でも、どれだけ本気で向き合っても、相手にされない無力感は私も良く知っている。

 それに、あの陶器がかわいそうだ。このままじゃ真実をそっちのけで偽物にされてしまう。



(大丈夫、誰もいないし。とりあえずあの陶器を視てみよう・・・・・。本当に偽物ならこのまま立ち去ればいい)



 まぶたを閉じる。

 大きく息を吸って、眼鏡をはずす。

 祖母から貰ったもので、これをかけている間は何故か不思議なモノ・・・・・・を見ることはない。人前で外したことがないから、眼鏡を持つ手が震える。

 

 肺を空にするように息を吐きながら、目をゆっくり開けた。



(__いる!)



 陶器の上。さっきまで何もなかった空間に、半透明な小人が立っていた。ダルマのようなまあるいフォルムで、まるで漂白剤をかけられたように白い。所々に入っている青い模様は陶器のツボと似ている。

 手のひらサイズの小人はじっと私の方を見ていたようで、目が合った瞬間ひどく嬉しそうに駆け寄ってきた。……手足が短いからほとんど転がって来たに近いけど。



『気づいてくれた、やっと気づいてくれた!とても綺麗な眼なのに全然応えてくれないから、ボクとうとう消えちゃったのかって思ったよ!』

「ごめんね、わざとじゃないの。ええと、あなたはあのツボの付喪神?」



 物は百年大切に使われ続けると、命が宿る。

 それは付喪神とよばれ、色んな姿をしているんだ。彼らとは言葉を交わせ、人間や動物のような姿から本体とそっくりな子まで多種多様なデザインをしている。

 私は、小さい頃からそういう存在が見えるのだけど。



(この子、なんでこんなに透けてるんだろう)



 そう首を傾げた私に気付いたのか、小人は現状を思い出してわっと泣き出した。



『ボクはあの伊万里焼の付喪神だけど、このままだと消えちゃうんだ!お願い助けて!もうボクが見えるキミしか頼れないんだ!』

「落ち着いて、消えるってどういうこと?」

『ボクは百五十年前に作られたものだけど、ずっと蔵に仕舞われていたから付喪神に成れたのは最近なんだ。だからまだ弱くて……あの男が偽物ってボクを否定する度に力が削れて、存在できなくなっていくの』



 存在の消滅は、付喪神にとっての死だ。

 さっきまで言葉を交わしていた相手が、次の瞬間に忽然と消えている。まるで、最初からそこにいなかったように。私にしか感じ取れないから、誰かに聞いても意味がない。

 それは、とても__。



「……分かった!ツボが本物だと証明できればいいんだよね?」

『……!ありがとう!こんなに力が削れているのは、所有者がボクを偽物だと思い始めたからだと思うんだ。だからあの子さえ説得できれば大丈夫だと思う』

「でもそれって、結局先にあの男を説得しないとダメだよね?」



 いくら黒いセーターの子が鑑定士を疑っていたとしても、私の話よりは信憑性が高いと思う。目の事を話したところで、信じてもらえるはずもない。

 でも、小人は小さく頭を振った。



『あの男はボクをオークションに出そうとしているから、たぶん本物だって分かってる。だから、あいつには何を言っても無駄だよ』

「詐欺じゃん!」

「誰だ!」


 まずいっ、つい大きな声出しちゃった!

 慌てて口を押えるも、時すでに遅し。私に気付いた男の子が声を上げた。


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