学校サボって神社に行ったら、謎のロリ狐娘にめちゃくちゃ懐かれてしまった件について

道野クローバー

プロローグ 『カミサマ』との出会い

 ────鳥居の上にケモ耳美少女がいた。そこは地面から5、6メートルは離れた場所だというのに、少女は全く怖がる素振りも見せず、足をぶらぶらさせながら座っていて。ご機嫌にいなり寿司を頬張っていたんだ。


「……」


 そんな不思議な光景に僕は驚きつつも、どこか冷静にその様子を眺めていた……そしたら僕の存在に気づいたのだろうか。少女は食べる手を止め、下にいる僕に視線を向けて……いなり寿司を持った手で自分を指差し、こう言ったんだ。


「……えっ。もっ、もしかしてお主、ウチが見えるのか!?」


「見えてる。その色気の無いパンツまでバッチリとな」


「なっ、なななっ!?」


 少女は一気に赤面する。僕が下から見上げる形になってたから、スカートの中が見えるのは自然なことではあるが……まぁ鳥居の上にいること自体おかしいからね。だからこれは事故みたいなものだし、僕は全く悪くないと思うんだ。むしろその白の紐パンを見せてきた、そっち側に非があるんじゃないだろうか。どうだろうか。


 それで……僕の言葉に反応した少女はその場から一気に地面まで降りて来た。そして無傷で着地した少女は、尻尾を左右に揺らしながら僕に近づいて、恥ずかしそうに話しかけてきたんだ。


「いっ……今のは聞かなかったことにしてやるのじゃ」


「はぁ」


「というか……本当に声も聞こえておるんじゃな。ウチが見える人間なんて数十年ぶりに会ったわい。まぁ……そんなの、全然嬉しくなんかないんじゃがなっ!」


 口ではそう言っても、身体は正直というヤツだろうか。少女はそっぽを向きながらも、ケモ耳と尻尾を大きく揺らしたのだった……ここで僕はより詳しく、少女を観察してみたんだ。


 身長は140センチあるぐらいだろうか。それぐらい小柄で、赤と白の巫女服を身にまとっていた。そして肌は透き通るように白く、赤い瞳を持っていた。髪は肩に届くくらいの綺麗な金髪をしていて……その頭頂部には大きなケモ耳が付いていたんだ。


 下に目をやると、同じように尻尾が付いていた。それらはとても滑らかに動いていて、完全に意思を持ったものに見えたんだ。やはりこれは付け耳などではなく、本物のケモ耳である……ならこの少女は狐娘ってことになるのか……?


 でもここは異世界なんかじゃなくて現実世界だ。この世界にもそういうのがいるってことは完全に否定は出来ないし、実際霊感の強い僕は何度も幽霊っぽいのを見たことはあるけど……ここまではっきり見える怪異なんて初めてだ。


 だからこの子は怪異の中でも、相当上位種なんじゃないだろうか……?


「……して、お主。名は?」


米村春よねむらはるだ」


 僕が名乗ると、少女は一瞬だけ考える素振りを見せたかと思えば、すぐに頷いて。


「おおそうか、春か! ならばお主のことを春と呼ぼう! ウチはこの神社の守り神として祀られているミミハじゃ! 気軽にミミハ様と呼ぶが良いぞ……」


 ──ここで僕は、自己紹介をしている少女の左手にいなり寿司のパック、右手にいなりそのものが握られているのが目に入った。同時に僕が空を見上げた理由を思い出し、若干キレ気味に話を遮ったのだった。


「ああいや、そんなのいいから……僕が買ったやつ返してくれない?」


「……え? 何のことじゃ?」


「だから。そのいなり寿司、僕のだよね?」


「…………」


 ミミハと名乗った少女は、分かりやすく視線を逸らす。このタイミングで、さっき僕が買ったいなりを盗んだ犯人が、彼女であると確信した。そして僕が無言で睨み続けていると、少女は空気に耐え切れなくなったのか、か細い声でこう言ったんだ。


「……黙秘権を使用させてもらうのじゃ」


「それ人間しか使えないって知ってる?」


「う、ウチを差別するのか……?」


「区別してんだよ。残ってる分だけでいいから返してくれ、腹減ってるんだ」


 僕は少女に手を差し出す。そしたら少女は今にも泣き出しそうな表情をしながら、パックに入ったいなり寿司を僕に渡してくるのだった。いや、そんな震えながら出されても困るんですけど……そもそもこれは僕のなんだし、奪ったそっちの方が悪いに決まってるんだってば。


 なのに何で僕が、罪悪感に苛まれなきゃならないんだよ。全く……。


「……」


 心の中で悪態をつきながら、僕は少女から受け取ったいなりのパックを持って、この場を去ろうとした……のだが。未だ、彼女のその視線はいなり寿司から離れていなかったのだ。


「はぁ……」


 ため息を吐きながら僕は立ち止まる。そして少女に声をかけたんだ。


「そんなに食いたいのかよ、これ」


「じゃって……そんな美味い食べ物、ここ数年は食っていないんじゃもん……!」


「じゃあお前、普段何食べてんだよ?」


「ウチは神じゃから、何も食わんでも生きていられるんじゃよ。だから普段は何も食うとらんのじゃ」


「……え?」


 ……なんか矛盾してない? 


「じゃがな、いなりだけは別なんじゃよ! あれほど美味い食べ物は、ウチは知らんのじゃ!」


「……」


「……あのな、春。昔はな。多くの人がここにいなりをお供えしてくれたんじゃ……でも今じゃめっきりでな……」


「……分かったよ。じゃあこれも食ってくれ。僕はまた別の買いに行くから」


 話が長くなりそうだと察した僕はそう言って、いなり寿司を彼女に返したんだ。はぁ仕方ねぇ……またあのクソ長ぇ階段を下りて、店に向かうか……でもまた来たなって思われるの、スゲー嫌なんだよな……。


「あ、待っとくれ、春!」


 僕は少女に呼び止められる。振り返ると彼女は、残り1つになったいなり寿司を半分に切り分けていて。


「だったら半分こするのはどうじゃろうか? それじゃったら2人とも『はっぴー』になるじゃろ?」


「お前なぁ……」


 僕はその提案に呆れつつも、半分に分けられたいなりを受け取って、それを口に含めた。それを見た少女も微笑んで、同じようにいなりを食べるのだった。


「ふふっ、やっぱりいなりは美味しいなっ、春!」


「……まぁな」


 別に味は至って普通のものだったが、こんな風に誰かと喋りながら食事するのは久しぶりで、新鮮で。楽しい気分になったのは確かだったんだ。まぁそれと……学校をサボって食う飯ってのも、背徳感が混ざっていいスパイスになったのかもな。


 ……まぁこれだけじゃ、腹は膨れないんだけどな。


「なーに笑っとるんじゃ、春?」


「うっさい。あと食った分は今度、ちゃんと返してもらうからな?」


「……」


 僕の言葉を聞いた少女は、犬のようにケモ耳をぺたーんと折りたたむのであった。


「おい」


「あーあー何も聞こえなかったのじゃー」


「……」


 …………まぁそんな感じで。これが僕と『カミサマ』の最初の出会いだったんだ。

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