一日一編集『夏風と熱帯夜と星は輝かない』

朶骸なくす

苦虫を噛み潰したような顔を

不味い虫を噛んでいる

寝ながらも噛んでいるので

喉の薬やら飲んでいる

それでも虫は胃から喉に

ぞわぞわと湧き出しては

口から出ずにいるのだ


とうとう我慢できずに

指を口の中に突っ込んだ

何も出なかった

もっと奥に、奥にと

でも虫は出なかった


今日は学校に行った

ここは腹の中で虫が暴れる

帰りたい、帰りたい

でも成績があるだろうし

将来を考えないといけない


諦めきれないものがある

親友とケンカをしてしまった

逃げたいわけじゃない

お互いに顔を合わせるのが

ただ辛かった

探すのと見るのが嫌だった


虫がこおろぎになる

鳴くのだ。鳴いている

仲直りしたいでしょう?

もうアイツはいいんじゃない?

鳴いている


進学すれば会えない

それが恐ろしかった

虫の為か、そんなのどうでもいい

本当は、また一緒に帰りたい

虫が喉までせりあがってきた


日々は早い


一年間、口をきかなかった

もう話しかけることさえ怖い


卒業が近い


忘れる、という手段を使った

帰り道を変えることも

いつものコンビニも

ダメだった。どこもかしこも

他人が帰る姿を見るだけで

虫がざわめく


親友だったんだよね?

布団の中で泣いた

虫は腹の中で静かだ


こんなことで

学生生活が終わるのか

ぞわぞわと虫が胃の中に現れた

勝手に謝って終わりにしよう

自暴自棄になった


「すみませんでした」


人通りの多い廊下の中

見つけた親友に告げた

「じゃあ」と踵を返したら

がっしりと腕を掴まれた


「ズルいだろ、それ」


虫が静かだった

代わりに涙が溢れてきて

身体が熱くなる


「なあ」


親友は、

笑う顔でもなく

困った顔でもなく

泣きそうな顔でもない


苦虫を噛み潰したような顔


「ダメだろ、卑怯だろ

 俺にも謝らせろよ

 勝手に終わらせるなよ」


段々と怒りに変わっていく顔

それを見ながら

ケンカした時以上の気持ちが

ただ溢れ出した

ねえ、もしかして

君も虫を飼っていたんですか


「――俺も悪かった」


ゆっくりと虫が消えていった

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