世にも奇妙なペンギン協定①
「カケルさん、おはようございます。といっても、まだ深夜ですけどね」
「あ、お、おはようございます……。もしかして、ここはソラさんの自宅ですか?」
柚希は自分の置かれた状況を懸命に整理した。しかし、どこをどう間違えば、自分の自宅ではなく他人の家に、しかもこんな時間まで寝ていたのか__。寝起きである上に、まだ酔いの残る身体では思考回路が十分に働かず、ついに最後まで考え抜くことは出来なかった。
「カケルさんがどこまで覚えているのか分かりませんが、一応順を追って、簡潔に説明するので聞いてください。カケルさんは「福岡小説の会」で……」
肇は柚希に説明をする。会の途中から浴びるように酒を飲み始めたことから、ベロベロに酔ってしまい自分の足では帰宅出来なくなったこと、介抱した肇の自宅で寝てしまったこと。肇は怒り狂っても構わなかったが、恐らくほとんど覚えていないといった表情をしている柚希の様子を見ていると、もはや怒る気力さえも萎んでいった。結果として肇は、極めて冷静に、淡々と時系列を説明することとなった。
「……で、今こうして日付が変わってからカケルさんが起きたというわけです」
説明を一通り聞き終えた柚希は、全身から血の気が引くのを確認出来た。もはや、自分には弁明の余地などない。柚希はそう観念し、そして今からやるべき行動のために、一度大きく息を吸った。
「本当にすみませんでした!!!」
柚希は深夜にもかかわらず、自分が出すことの出来る最大の声で肇に謝罪した。でこと床が一体化するかのごとく、頭をずりずりと床にこすりつける。
「お、おい、近所に迷惑だろ……。僕はいいから、頭を上げて……」
「い、いや、しかし、私は取り返しのつかないことを……」
「終わっちまったことは仕方がないですから、大丈夫ですよ。そんなことより、明日はお仕事大丈夫なんですか?」
「明日は夜勤なので、朝から仕事ではないです。だから私は大丈夫なのですが、ソラさんは……?」
「僕は朝からだけど、カケルさんと違ってこうして自宅にいるから大丈夫です。夜勤なんですね? じゃあ明日電車で帰宅すれば間に合いますね」
「い、いえ、これ以上迷惑かけるわけには! 今から帰宅します!」
柚希は立ち上がり、肇の自宅を後にしようとする。しかし、寝起きかつ酔いの残る身体は制御が効かない。2、3歩ふらついてまた座り込む。
「そんな身体では危ないですよ。 第一、もう電車も動いてないし、ここらへんじゃタクシーも走ってない。今日は大人しくここにいた方が良いです」
意地でも帰ろうとする柚希を、肇は全力で制止する。本来なら柚希を止める義務などないはずだが、半ば押し付けであっても一度柚希を預かっている身であるのには間違いない。多少の違和感は覚えつつも、今晩は柚希をここに留めておくことに尽力する。
「……本当に良いんですか?」
労力の割に何の生産性も無い押し問答を繰り返した結果、ついに柚希が折れる形で決着が着いた。
「気にしなくていいですよ。明日の朝、僕と一緒のタイミングで出ましょう。そうすれば、夜勤の時間まで余裕があるでしょう?」
「何から何までご迷惑をおかけして申し訳ありません……。この借りはいつかお返しします」
「いいんだって。それよりもさ、カケルさん。なんでまた、あの時急に酒をガブガブ飲み始めたのさ?」
「そ、それは……」
「あ、もしかして日下部さんに勧められたんでしょ? あの人、誰に対してもグイグイいってたもんなぁ」
「ち、違いま……」
「まぁ、初対面だから断りにくいのもあるけど、ちゃんと断る時は断らないとダメですよ? 飲酒は節度を守って楽しむものなんだから……」
「ソラさんが悪いんです!」
「そもそもお酒というのは……、え? 今なんて? い、今なんておっしゃった?」
明らかに自分に向けられた、柚希からの出し抜けの発言に驚いた肇は、一旦自分の発言を自分で制する。そしてもう一度、先程の発言を柚希から引き出すように努めた。
「お酒をガブガブ飲み始めたのは、そもそもソラさんが悪いんです! せっかくお会いして、色々とお話を伺いたかったのに、私を避けよう避けようとするから……」
「お、俺がいつ避けたんだよ……! 完全に濡れ衣じゃねぇか! それを言うなら俺もあるぞ、カケルさんに文句の一つや二つ!」
「ソラさんが私に? そんなのあるわけないじゃないですか! 被害者はこっちなんですよ!」
「うるせぇ! 僕の邪魔ばっかしやがって!」
「邪魔? 私がソラさんの邪魔をしたって言うんですか?」
「そうだよ! 僕からたまゆらちゃんを奪いやがって! 僕とたまゆらちゃんの時間を返せこの野郎!」
「……は? たまゆらさんをソラさんから奪った? 何を言ってるんですか! 被害妄想も甚だしいですよ!」
「うるせぇうるせぇ!」
またもや始まってしまった、労働性の割に生産性皆無の押し問答。よく分からない暴言の嵐と、よく分からない例えによる罵り合い。それがしばらく続いた後、両者共に少しずつ落ち着きを取り戻す。
「……私はただ、ソラさんと話がしたかっただけなんです。日本語の使い方や文章の作り方が下手なので、それが抜群に上手いソラさんに色々とアドバイスを頂きたくて……。それが、あの時ソラさんとたまゆらさんのお時間を邪魔したような形になってしまい、大変申し訳ございませんでした」
「いえ、こちらこそ、そんなこととは露知らず取り乱してしまって申し訳ありません……。実は僕も、カケルさんから発想力や物語の構成力なんかを教わりたいって、前から思っていました。それがこんな形で喧嘩になってしまって……。改めて、申し訳ございませんでした」
両者共に先程までの熱量と悪意に満ちたエネルギーはどこ吹く風、まるで枯れた木のように意気消沈としたまま、互いに謝罪の言葉を口にする。
「とりあえず、今日はもう寝よう。カケルさんも、酔いはさめてきたとはいえ、身体を休めないと明日キツイですよ。明日に備えて寝ましょう」
「ソラさんこそ、明日は朝からお仕事ですよね。今日は何から何までお付き合いいただき、ありがとうございました」
互いに締めの言葉を残し、それぞれ迎える明日に備えて寝る体制に入る。肇が部屋の明かりを消す。今日は色々あったなと、肇は一日を回顧する。まさかこんなことになるとは思わなかったと、苦々しく笑った。
肇の脳が、そろそろ現実から夢へと歩みを進めようとしたその時、突然部屋の明かりが付いた。急に明るくなった部屋に目が眩む。そして、少しずつ、また少しずつと部屋の明るさに目が順応してくると、目の前には、先程まで寝る体制を整えていたはずの柚希が立っていた。
そして、肇に向かってこう言い放った。
「ソラさん! 私たち、タッグ組みませんか!?」
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